まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

雨上がり晴れ間の光卯月尽

2021年04月30日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、昼過ぎから夜のはじめ頃は、上空の寒気や湿った空気の影響で雨や雷雨となる所があるらしい。気温は10.7度から20.8度、湿度は88%から36%、風は1mから7mの西の風が少しばかり。明日の5月1日のさぬき市地方は、前線や低気圧の影響で曇り、昼前から夕方は雨となる見込みで雷を伴う所があるらしい。

 

 111/58/78 36.4c-98% 64.6Kg 18.5c-48%-1006hPa 体調に変化はないが、足のしびれはおさまらない。

 

 MSA-003 NEMO-UNICORN Ver1 は形になった。本来ならば、これの最後の調整やら塗装漏れを直したり、汚しをかけるのだが、今日はそんな気分にもならないのでこれでおしまいにした。

 

 で、右から3番目に置いてみた。顔がブルーなものがNEMOである。

 

 本家ガンダムの前に置いてみた。ピンクのものが「シャー専用ザク」である。

 

 もう一つ頂いたガンダムがあるのだが、これはまた今度。

 

 これは家の裏手、北東の方向にあたるところで左に曲がれば勝手口に行ける角であるが、ここに自生の野イバラが生えてきて、それをクスの木に引きつけてとめてある。つまり、野イバラのアーチになっている。

 

 今の時期には、こういう花が咲くものだから、奥方が大事に大事にしているが、ここを通るときはイバラを避けて頭を下げて通らなければならない。

 

 それはさておき、今朝の朝ドラ、つまり朝のドライブで見た門入ダム公園である。大型連休二日目だからか、まだ、テントの数は少ない。

 

 山ふじも、そろそろとおしまいの時期になってきた。

 

 そうそう、我が家のベランダの巣箱に、いつものようにシジュウカラがやってきている。

 

 うまく子育てができるといいのだけれど。

 

 一方、西側の巣箱はアパート探しだろうか、これまたシジュウカラがのぞき込んでは飛び立ってゆく。今年もまた、そういう季節がやってきた。

 

 このあたりは、この連休で田植えをやってしまう計画らしい。近年は農作業だからと会社を休ませてはもらえない。だから、連休をアテにしての農作業になるらしい。

 

 今日の掲示板はこれ。「何事もすぐに信じてはいけない。本に書いてあることや、誰かが言っていたこと、昔からずっとある伝統。まずは疑い、自分で考えなければいけない」というもの。カーラ-マ経の言葉らしいが確かなことはわからない。最近のSNSやツィッターなどの情報は、そのまま頷いたら危険だと思うことはいくらもある。「まずは疑ってみよ」と思うことばかりである。それに新聞やテレビの情報もまたしかり。テレビで云うていたからとか新聞に載っていたからとか週刊誌に出ていたからなんぞは危険極まりない情報が多い。昔からの伝統だという教えもあるが、よくよく調べてみたら明治になってからや昭和になってからのことだって多いのである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えると、いいね。


雨の中新緑身に受け地蔵堂

2021年04月29日 | 時には日々是日

さぬき市地方は前線や低気圧の影響で雨が降っていた。気温は16度から14度、湿度は96%から88%、風は1mから4mの北北西の風が少しばかり。明日の30日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れるが、午後は上空の寒気や湿った空気の影響で次第に曇り、雨や雷雨となる所がある見込み。

 

 114/60/79 36.5c-98% 65.2Kg 9.4c-48%-1014hPa 体調に変化はない。

 

 今日は終日雨。この雨ではステイホームしかないじゃないか。少し前には、今日一日で田植えを終わらせて、5月の連休には島の家に急行したものだったが、最近は5月の連休どころではないさわぎ。5月の2日が、「お大師まいり」「おせったい」の日なのだが、今年も昨年に続いて「中止」になったらしい。年寄りの多い島だから、よそからのお客さんは歓迎しない様子。

 

 「ガンダムユニコーン」の頭部と胸部ができているが、今日はその続きをやってみることにした。

 

 ヘッドライトに拡大メガネ装着で作業開始。

 

 まずは両腕が付いた。最近のプラモデルは接着剤を使わない。パチンパチンとはめ込んでゆくばかりである。だから、左右を間違えたり上下を間違えたらたいへんなことになる。この場合、左手(向かって右の手)が裏表が逆というか右手を左手に取り付けてしまったもの。

 

 雨は本降りになっている。まるで早くも「梅雨」がやってきたみたい。

 

 気分転換にハーモニカの練習やらクロスワードパズルやら。雨に濡れた若葉の鑑賞やらと・・・。

 

 野イバラである。自然に生えたものを奥方が大事に育てている。今の時期には白い花が咲いて可愛いというのである。だから勝手に切ると叱られる。

 

 確かに今の時期の花は可愛いのだけれど、このイバラのとげが邪魔になって仕方がない。でも切らせてはもらえない。

 

 少しずつ足ができてきた。腰もできてきた。しかしのかかし、これを設計して、こういう形になるように部品を成形できるものだ。

 

 我が家の「まほろば地蔵」である。若い頃の職場の倉庫にころがっていたものを、我が家に引き取って「まほろば地蔵」として安置したもの。

 

 これは、にころこさんにいただいたお地蔵さんのよだれかけ。裾に「にころこ」マークが残っていた。今はすっかりと色あせてしまったけれど。

 

 今日のお昼もおうどんで、いつもの富山の氷見うどんの細麺である。最近はこちらのほうがおいしいと思うようになってきた。さぬきうどんの小麦粉くさいのが面倒になってきたし、コシの強さも飽きてきた。

 

 お昼過ぎには一応、形にはなった。まだまだ部品や装甲板や武器類が体中に貼り付けられる。でも、今日はここまでだ。あんまり続けると肩こりがぶり返す。

 

 午後からも本降りになっている。

 

 今日の掲示板はこれ。「人生は出会いによって豊かになり 別れによって深くなる」というもの。いつもの町内にある善楽寺さんの掲示板からである。人との出会いにもさまざまな縁がはたらいている。見えるもの、見えないもの、無数の縁によって出会いが成り立っているもの。しかしのかかし、縁は出会いだけではなくて、別離もまた縁である。「つくべき縁あればともない、はなるべき縁があればはなるる」(歎異抄)という言葉もあるように、出会いの縁は喜ぶが、別れの縁などまっぴら、というのは余りにも自己中心的である。好ましいことも、好ましからぬこともともに縁として受けとめ、向き合う人生には真の喜びがあり、安らぎがあるのではないだろうか。しかし、それがわかっていても、自己中心的になるのが人間であることも知っておけば、人さまを大切にする気持ち、人さまの気持ちを察する人間性を養い、良縁が多くなると信じている。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


雨の中濡れてツツジが立ち尽くす

2021年04月28日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で雨が降っていた。気温は15度から18.7度、湿度は88%から96%、風は1mから3mの東南東の風が少しばかり。明日の29日のさぬき市地方は、前線や低気圧の影響で雨が降るらしい。

 

 119/70/78 36.3c-97% 64.4Kg 18.3c-43%-1024hPa 体調にこれという変化はない。

 

 昨夜は蒸し暑かったものか、毛布を蹴り飛ばして寝ていた。奥方なんぞ4月に入ってすぐに毛布を片付けてしまったらしいが、私は惰性でそのまんまだったもの。今日にも毛布は片付けておく。

 

 数字的には問題ないが、心臓が弱ってきて、食事なんぞの水分が心臓に送り込まれずに体内に残ってしまうからおなかがふくれるし、足がしびれて歩けないのだという。だからといって腹水を抜いたり、肺の水(胸水)を抜いたりもできないのだという。だから、その日によって体重が変化するのは水分量だということである。

 

 今日は朝から雨・・・。待望の雨である。

 

 というのも、ずいぶんと前から落葉や枯れ木が溜ってきて困っていた。最近は大きな山火事もあったし住宅火災もあった。昨日だかには隣町でたき火から竹藪に火が移り、それを消そうとしたおばあちゃんが竹藪の中で焼け死んでいたという。だから、待望の雨だからと、落葉や枯れ葉や枯れ木や燃えるゴミなども燃やしてしまった。

 

 天気予報では明日も雨になるという。奥方の畑の野菜も生き生きとしている。

 

 朝の散歩のつもりで朝のドライブ「朝ドラ」に行って来た。目覚まし代わりである。

 

 今日は雨だというのに、いつものダム公園にはテントが何張りか。どういう楽しみ方をしているのだろうか。

 

 さて、奥方の職場の人からいただいたプラモであるが、ずいぶんと肩こりで悩まされていたから、そのまんまになっていたのを久々に開けてみた。

 

 既に塗装もしてあるので、暇つぶしに組み立ててみることにした。職場のおばちゃんのご主人が買って塗装はしたが、なんやかんやでそのままになっていたのでくれたものらしい。

 

 いざ、組立始めて見ると、これがまぁ小さいこと小さいこと。拡大メガネをかけてパーツを切り離し、バリ取りをし、ヤスリがけをしてから組み上げるのだが、小さい物だから目がかすんでどうしようもない。それに指先が微妙に震えるのだ。

 

 こういう小さな所にシールを貼るのも一苦労。右にずれたり外れたり裏返しになったりと10分以上もかかってしまう。

 

 結局の薬局で、今日はここまででやめにした。またしても肩こりがぶり返しそうになった。

 

 今日の掲示板はこれ。「普通の人は普通に生きているのがいちばん幸せです しかし 何事もなく普通に生きていくのがいちばん難しい」という、荒了寛さんの言葉から。ありのまま」に受け入れることができれば「幸せ」で、人はそれがなかなかできないから「幸せ」に気づかない。つまり、いつでも「いま」を「ありのままに受け入れる「自分」がいれば「幸せ」だと、解釈できるのかも知れない。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


山ツツジ勇気と希望を背負う朝

2021年04月27日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷や湿った空気の影響で夜は雲が広がるらしい。気温は8.8度から21.3度、湿度は80%から58%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の28日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で断続的に雨となり、朝からは雷を伴う所がある見込み。

 

 112/63/80 36.2c-97% 65.4Kg 17.4c-40%-1024hPa 体調に変化はない。足もしびれはあるが歩くことに支障はない。肩こりはすっかりと消えた。

 

 昨晩も1時間ごとにトイレに起きたような気がする。今朝は6時まで寝ていた。奥方が出勤前に起こしに来てくれてようやくに起きた。

 

 今朝も初夏のようなさわやかな朝になった。

 

 気候はいいのだが、散歩に出る勇気はなかったので、人混みを避けて、ドライブに出ることにした。まだ、左足のつま先に自信がない。

 

 で、久々に所属寺院をのぞいてみた。今年になってからは何の連絡もない。春の永代経の案内もなかったように思うのだが・・と。でも、なんか違和感のある風景・・・。

 

 これは三年前の今月今日の画像である。関係者だからあれこれとは口に出来ないけれど、何か腑に落ちない風景になっていた。

 

 それに、こんな看板が立っていた。そういえば「谷口庄松翁資料展示室」はどこにありますか」とか、「その入り口はどこにありますか」という電話がかかってきたことがある。「庄松さんの遺品」なら書院の床の間にありますけど・・・くらいしか答えられないではないか。「谷口庄松翁」なんて、いつから出世したんじゃろうか。

 

 このアーチ型の屋根が表玄関で、入ると書院がある。だから、ここを「谷口庄松翁資料展示室玄関」だというのである。私がしばらく入院している間に、世の中は大きく変化しとるらしい。しかしのかかし、私的には、この雑草が気になって仕方がない。

 

 で、勝覚寺(しょうかくじ)から小砂(こざれ)説教所跡へ向かう途中で異様な花を見つけた。東かがわ市横内という所にある「誉田(ほんだ)神社」である。

 

 これはまぁ、見たことのない木に咲く花である。地元のおばさんに聞いても「ハーベとかいうたかのぉ」とあやふやな話。しばらく聞いて回ると、「ブラジル国花」の「イペー」という木の花らしい。いつの間にか「おろこばえ」で生えて育ったらしいという話だった。「おろこばえ」たって、ブラジルから種が飛んできた訳ではないだろうに。

 

 ブラジルの花が、なんでここにあるかまでは知らないと言う。

 

 で、久々に小砂(こざれ)説教所跡を訪問してみた。ここには庄松同行のお墓もあるが、私はお墓にお参りする習慣がないので素通りである。

 

 中はこうなっている。中央にあるのが阿弥陀如来立像のご本尊さま。合掌礼拝お念仏。左余間に庄松同行さんゆかりの品々が置いてある。

 

 その後、なにやらかんやらあって、今日も山の旧宅に行って来た。ようやくにイノシシもサルも飽きたのか、これだけを見つけてきた。この三つの小さなものは皮を剥いたら栗の実ほどにしかならなかった。

 

 皮を剥いたら三分の一くらいにしかならない。第一にパワーがないから深く掘れないし力不足で途中から切ってしまったからだ。それだけ体力が落ちてしまっている証拠である。

 

 いつもの鍋だと底の方にしか入っていないが、一時間ほど湯がいておいた。あとは奥方がいかようにでも調理する筈。

 

 今日の掲示板はこれ。「元気を出せ。人生に必要な者はイマジネーションとカレッジとサムマネーだ」という喜劇王チャップリンの言葉からである。これは、チャールズ・チャップリンの不朽の名作「ライムライト」の有名なセリフで、主人公であるチャップリンが、自信をなくして失意のどん底にあった踊り子を諭した言葉である。「夢とは希望であり、目標である。常にしっかりとした目標を持ち、それに向かって邁進しなさい。そして、その目標を達成するには、強い勇気がなければならない」と彼は力づけた。これと同じようなセリフが、今から三十年以上前に観た映画「フラッシュダンス」に出て来る。昼は溶接工、夜は大衆酒場のダンサーとして働いている若い女性が主人公の映画である。その若い女性は将来、プロのダンサーになりたいと思っているが、バレーの学校にも入っていないし経験もない。すべては自己流の踊りである。そんな主人公は、オーディションを受ける勇気が持てず、迷った日々を送っていた。この主人公を可愛がる老女は「夢を捨てることは死ぬことだ!」「自分の人生を信じなさい!」と言って励ました。老女の励ましにより、とうとう主人公はオーディションを受けることになるのだが、この映画のラストシーンは圧巻で、とても感動したことを思い出していた。この二つの映画に共通していることは「夢と勇気」である。バブル崩壊以降、自信を失いかけている日本人、東日本大震災はじめ、さまざまな自然災害で被災され、意気消沈しておられる方々に、一度は観ていただきたい映画だと思った。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


初夏の風怠惰な午後を見て過ぎる

2021年04月26日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は8度から19.1度、湿度は62%から40%、風は3mから1mの北の風が少しばかり。明日の27日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れるらしいが、気圧の谷や湿った空気の影響で午後からは次第に雲が広がる見込み。

 

 115/67/87 35.9c-98% 63.8Kg 14.8c-42%-1022hPa 足のつま先の痛みは軽くなって、スリッパで歩いても平気にはなったが、靴を履いて散歩に出たら100mほどで戻って来た。やはり遠くへはムリみたい。

 

 昨夜は夜中の3時半にトイレに起きただけで、今朝は6時前までぐっすりと寝た感じがする。

 

 数字的には問題ない値である。

 

 久々の高額医療費請求である。最近は歯医者さんの医療費が入ってくるので少しばかり支払いが多くなっているらしい。ここしばらくは入院をしていないので、高額医療費請求が少なかったのだが。

 

 で、さぬき市役所の寒川分館の国保課に行って請求手続きをしてきた。

 

 で、1万8千円ほどが戻ってくるらしい。

 

 先日に娘(今はアラフィフ)のコレクションの人形を洗ったのだが、今度は「ソフビ(ソフト・ビニール)人形」の数々を洗ってみた。これも、14年も放置していたら、こんな姿になっている。

 

 このアヒルさんなどはカビだらけみたいになっている。

 

 今日はとりあえず、このくらいを洗ってみた。

 

 すると、こんなにかわいらしくなってきた。

 

 薬屋さんのマスコットたちもさっぱりとした。

 

 これでまた、しばらくは安泰のようだ。

 

 今日のお昼はタケノコご飯になった。今日は奥方がお休みで、お友達と一緒に「野フキ」を採ってきたらしい。それで「伽羅蕗(きゃらぶき)」を作るらしい。もう、このあたりでは、フキノトウも終わったし、タラの芽も大きな枝になっているし、ワラビも葉っぱになってしまっている。もう夏の気配がする。

 

 今日の掲示板はこれ。「自分の都合で他人を善人したり悪人にしたりはしない」というもの。いつもの町内の善楽寺さんのお寺の掲示板から。とかく私たちは、自分に得をさせてくれる人は善人であり、損をさせる人は悪人である。相手が善人であるかどうかではなくて、自分にとってどうであるか・・。損か得かで善人にしたり悪人にしたりするかだけのことなのである。そんなことで、人を区別したり、差別したりはしたくないものだ。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


香る風今日の荷物は軽すぎる

2021年04月25日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は14度から23.6度、湿度は96%から46%、風は1mから5mの北の風が一時は強かった。明日の26日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 118/79/81 35.9c-97% 63.8Kg 20.4c-45%-1018hPa 体調に変化はないが、今日は無性に眠たくてたまらない。いつものように寝ていつものように起きたのだけれど。今が春眠という時期なんだろうか。

 

 それに左足のつま先、それも親指の先っぽが痛い。

 

 というのも、昨日、マダケのタケノコを見つけて、それを折ろうとして・・・、

 

 足を取られてというかバランスを崩して、窪地に落ちてしまったのだ。昨日は痛みもなくて平気だったのだが、今日になるとつま先が痛くてスリッパや靴だと痛くて歩きにくい。全くドジになってしまったものだ。

 

 そのタケノコは昨日のおかずになったし、当分はタケノコだらけになりそうだ。

 

 ということで、今日はステイホームで日本文学のお勉強。いや、文学や国語のお勉強だけではなくて世界地理や生物学やら世界菓子学やらと多彩なお勉強である。「オーストラリアの世界最大の珊瑚礁は何か」と聞かれても分かるはずがないじゃないか。

 

 ダルメシアン・・って何だ?それをトイレで考えていて、肝心の用事を忘れて出てきてしまったりする。その答えを「シーリー」に応えてもらうのはなしだ。それでは脳トレにはならないではないか。

 

 でも、こういうのばかりでは気分が滅入ってしまうし、こんないい天気なのにもったいない。そこですこしばかりドライブをしてきた。これだと人には会わずに済むし、会話をすることもない。

 

 今の時期、山ではヤマフジが咲き乱れている。

 

 ここのダム公園にもテントがたくさん。ここ以外にもあちらこちらで密集を避けてテントを立てている人がいる。これからの時期にはアウトドアもいい季節になる。

 

 山の新緑、若葉もきれいな季節になってきた。

 

 今日の掲示板はこれ。「かけがえのない自分の人生を そのまま受け取れない自分がいる」という、いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。二階堂行邦(にかいどう・ゆきくに)1930年、京都生まれの先生のお言葉である。『同朋』2002年9月号「真宗シリーズ」(東本願寺出版部)から。人はこの世に生まれた限りは、必ず死を迎える時が来る。誰一人として死を避けることはできないし、人生に代理人はあり得ない。しかし、私自身そうした人生 の無常性を感じながらも、どこかで自分だけは特別であり、例外であると思っている。いつも死を日常から遠ざけて、生に執着し続けている。代わってもらうこ とができない人生であるにもかかわらず、欲求ばかりが先行し、自分自身をそのままを引き受けることができずにいる。まさに「わかったつもり」でいることの 無明性から抜け出せない私がいるのである。私が「いつ死んでもよい」と覚悟をきめるものでもなく、思案をつけるのでもなく、かけがえのない人生にたいする まことの目覚めを持たない、あくまでそのような私のためにこそ思案をつけてくださった仏さまのお手回しにうなずき、ただおまかせしていくほかないと気づかされるのである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


緋の牡丹静かな寺の庭飾り

2021年04月24日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇っていた。気温は15度から22.4度、湿度は88%から58%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の25日のさぬき市地方は、気圧の谷や寒気の影響で概ね曇る見込み。

 

 113/62/79 36.2c-98% 65.2Kg 22.2c-43%-1022hPa 今日はなんだか身体が重い。数字的には問題ないから気分的な問題なんだろう。

 

 今日はお昼に歯医者さんの予約が入っているので、なんだか気分的には中途半端。いつもは11時からがお昼なんだが、今日は12時から歯医者さんだから食事は後にしようかと考えた。

 

 で、真宗の人は四国遍路に出てはいけないのかという質問をよくされる。確かに、みんなが「南無大師遍照金剛」をお唱えしているしているのに「なんまんだんぶ・・」はちと気恥ずかしい。それに、みんなが般若心経をお唱えしているのに、「讃仏偈」は雰囲気に合わないし・・。そんなことをまとめていた。

 

 で、12時少し前に歯医者さんに行ってみた。すると三人もの人が待っている。結局の薬局で12時20分からの診察になって義歯の噛み合せ確認をやっていた。

 

 で、13時前には治療も終わったので、これでおしまいかと思えば、今度は連休明けの5月の14日に来いという。まだまだ治療は続くらしい。もう、一年がかりの歯の治療になっている。

 

 歯医者さんの治療は終わったけれど、今からお昼を食べたら夕食が入らない。それに食べるタイミングを失うと食欲も湧いてこない。

 

 そこで、気分転換に大窪寺に行ってみた。今は新緑がきれいになっている。これは表山門の「二天門」である。梵天と帝釈天が守護しているから「二天門」である。

 

 私のお目当ては大師堂前のこの牡丹である。別名は「富貴草」「富貴花」「百花王」「花王」「花神」「花中の王」「百花の王」「天香国色」 「名取草」「深見草」「二十日草(廿日草)」「忘れ草」「鎧草」「ぼうたん」「ぼうたんぐさ」など多数。

 

 今日は土曜日だからか、数人の若い娘さんらが牡丹の花に群がっていた。

 

 藤棚はもう少しかなぁと思う程度だが、娘さんらは藤の花にもスマホを向けてにぎやかなことだ。

 

 帰りに元屋敷の竹藪をのぞいてみたら、あそこもここもサルがタケノコを食い荒らしている。今年はもう、タケノコは食べ納めかなぁと思っていたが、ひょんなことから真竹のタケノコを見つけた。マダケが食べられるかどうか記憶にはないが、持って帰ってみた。

 

 祖母が、「包丁が入ったら食べられる」と教えてくれていたので、鍋に入れて湯がいておくことにした。奥方が「食べられないわ」と云えば捨てればいい。

 

 とりあえず、鍋に入れて湯がいておいた。

 

 今日の掲示板はこれ。「たのしい人はなんでもたのしむ 苦しむ人はなんでも苦しむ」という、荒了寛さんの言葉から。私の周りにはいつも楽しそうに人生を謳歌している人がいる。でも話を聞くと様々な苦労・苦難を乗り越えてきているのである。そうかと思えば、仕事でもプライベートでも恵まれているはずなのに不平ばかり言ってる人がいる。この違いってなんだろうか。物の考え方、とらえ方だろうか。よくコップに入った水のとらえ方が例に出される。コップに水が半分入っているのをもう半分しかない、と落胆する人と、まだ半分もあるじゃないか、と喜ぶ人、その違いで心持ちが変わるというもの。友達も楽しそうな人の側にいるのが、良い影響を受けるというものだ。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


藤棚に願いも添えて地蔵堂

2021年04月23日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で薄雲が広がっていた。気温は13.6度から21.9度、湿度は66%から54%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の24日のさぬき市地方は、気圧の谷の影響で曇るけれど、午後からは高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 116/78/80 36.2c-97% 64.8kg 17.6c-39%-1023hPa 今日も眠たいばかりだ。

 

 夜はしっかりと寝ているはずなんだが、なんだか眠たい毎日。

 

 今日はふと思い立って、86番札所の志度寺さんにやってきた。大窪寺ガイドをする上で、志度寺さんのガイド法を学びたいと考えていて、その下見というか、現状確認のためである。これは「海女(あま)の墓」と言われているもの。

 

 というものだそうだが、

 

 少し前までは、このような柵がしてあった。倒壊防止と毀損防止の意味だと聞いたことがある。これを削って持ち帰る人がいるとかいないとか。

 

 それが最近は、こういう簡易な柵になっている。何かの工事が行われる雰囲気が漂っている。

 

 それに、手前に、何かの舞台のようなしつらえがしてある。

 

 ここは、「志度寺植物園」と呼ばれるくらい多種多様な植物が植えられている。それも無造作に置かれた・・・という景色である。

 

 本堂前も、これこの通り。少し前には、ここで大護摩供養が行われたくらい広かったのだが、今は植物の群生になっている。何か被写体になるようなお花はないかなぁと探してみたが、多くの花が終わった感じ。

 

 広い境内に、このお遍路さんが一人だけ。一般のお参りの人も見かけなかった。動いているのは園芸屋さんの重機だけ。

 

 一通り、境内を歩いて調べてから、今度は、志度寺さんと長尾寺さんの中間地点にある「玉泉寺(ぎょくせんじ)」さんに寄ってみた。宗派は天台宗山門派。山号は霊雲山。本尊は日切地蔵菩薩。四国八十八箇所第八十七番札所長尾寺奥の院、新四国曼荼羅霊場第九番札所である。

 

 ここの本堂前にはこうした藤棚があって、今が見頃だと聞いたもので寄ってみた。この藤の木の詳しい情報はない。

 

 本堂の中からはホラ貝の音が聞こえて、お寺さんらしい雰囲気の境内である。住職さんは尼さんだったような記憶がある。

 

 帰ると、ガイド用のハンドフリーのミニ拡声器が届いていた。おもちゃのようなものだが、少人数でのガイド、感染症対策用として準備したもの。これでOKならば、幾つか用意したいもの。

 

 今日の掲示板はこれ。「この世にはいろんな山がある それぞれにそれぞれの頂きがある」というもの。「この世にはいろんな花がある それぞれにそれぞれの花びらがある」みたいなことか。人によって、それぞれの山のイメージがあり、山というと乗り越えなければならない試練にも感じるけれど、もう少し身近なものでイメージすると目標であったり、目的であったりするかも知れない。頂きはそれを乗り越えたとき、達成したときに感じるもので、そこから見えるものは、それまでの景色とは違うはず。これも「荒了寛」さんのことばから。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


槌音の響くお寺や藤の房

2021年04月22日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は13度から23.8度湿度は23.8%、風は0mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の23日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れるが、気圧の谷や湿った空気の影響で夕方から次第に曇る見込み。

 

 106/55/79 36.2c-98% 64.8kg 21.2c-42%-1026hPa 数字的に問題はないが無性に眠たい。寝ようにも明るくなると寝てはいられない性分なのである。

 

 昨晩はトイレの回数も少なく、しっかりと寝た積もりだが眠たくて仕方がない。

 

 そこで、昨日同様に道路ナビに任せての徳島藤探しのドライブに出た。ここは何年か前に藤の花を見せてもらいに行ったお寺。

 

 ここも我が家から一時間ほどの距離である。

 

 ここは、「郡里(こおざと)廃寺跡」という古代寺院の建物跡地である。

 

 こういう広い敷地が保存され、草刈りなどの管理が行われている。そのすぐ西手に「寺町通り」というお寺さんが並ぶ地区がある。

 

 そこでもひときわ目立つのが、この「赤門寺」と呼ばれている「美馬・安楽寺」さんである。寺伝によると、ここは平安時代から続く天台宗の真如寺を正元元年(1259)に東国から来た千葉彦太郎によって安楽寺に改め、浄土真宗に改宗したと伝えられている。豪壮な朱塗りの山門から、赤門寺の別名を持ち、本格的な能舞台を備えている県内唯一の寺で、平成21年(2009)8月7日に本堂、鐘楼、書院、山門が国の登録有形文化財に登録された。

 

 こちらが本堂で、実に重厚などっしりとした建物である。

 

 その隣にあるのが「大玄関」で、ここを開けると能舞台がある。能舞台のあるお寺というのは、四国広しといえど、ここだけだろう。

 

 前回にお邪魔したときの画像である。これがお寺の玄関だというのだから恐れ入るばかりである。

 

 本堂西手に建物が建築中。門信徒会館だろうか。そこにあった「親鸞聖人像」が見えないなぁと探していたらば、

 

 本堂脇に移転されていた。実に厳しそうな聖人像である。

 

 ほれぼれとするようなお姿である。

 

 で・・と、藤の花を探すと、まだ、このように咲き始めたばかりのようである。少しばかり時期が早かったかしらん。

 

 今日の掲示板はこれ。「他人とくらべるのやめると 人生はぐっとらくになるよ」という、いつもの荒了寛さんの言葉から。私ら団塊の世代は「比べられっこ」で子供の頃から育って きたが、それはいつの世でもそうなんだなぁと思うようになった。今はお仕事もやめて、自由気ままに暮らしているから、自分では誰かと「比べっこ」はしてい ないつもりだけれど、誰かからは「比べられっこ」されているのかもしれない。でも、その分、楽にはなったけれど、さみしくもなった。背比べの相手がいな い・・・というのは、鬼のいない鬼ごっこみたいだなと思ったりもした。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


マスク越し藤の香匂う阿波の寺

2021年04月21日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は11度から24.2度、湿度は94%から34%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の22日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 114/62/77 36.3c-97% 64.8Kg 21.3c-42%-1025hPa 数字的には問題ないが、今日も足がしびれて歩きにくい。むくんでいるわけでもなく腫れている訳でもない。

 

 昨夜は10時半から1時間ごとに朝の4時半までトイレに起きた。で、時間が20分あまりと永いから寝不足気味。どういう加減なんだろうか。

 

 数字的には問題ない。

 

 「やっぱり、ワカメは干して頂戴」というので、またもワカメを干しておいた。すると、今度は乾きすぎてパリパリの枯れ葉のようになってしまった。

 

 で、お天気もいいことだしとやってきたのは徳島県名西郡石井町にある「童学寺」という真言宗善通寺派別格本山のお寺さん。山号は東明山、本尊は薬師如来。空海学問所の由緒から学業成就の寺として広く知られる。四国別格二十霊場二番札所。四国三十六不動尊霊場十一番札所。 本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか。

 

 我が家からだと、ほぼ1時間ほどで行ける距離。行きは左の灰色のラインで阿波市経由。帰りはブルーの国道318号線経由。

 

 ここは変わった山門で、落書きがひどかったのだが、きれいに落書きは消されているが、その傷跡は残ったまんま。

 

 『阿波志』等に伝える寺伝によれば、飛鳥時代、行基が創建したという。奈良時代末から平安時代にかけて空海が7歳から15歳まで当寺で書道や密教などを学び、『いろは四十八文字』を創作したと伝わる。その由緒から寺号を童学寺と称するようになったとされる。弘仁6年(815年)、空海が42歳のときに再び当寺を訪れて伽藍を整備し、自らが彫刻した薬師如来、阿弥陀如来、観音菩薩、持国天、毘沙門天、歓喜天を安置したということになっている。

 

 ということで、今日はこの藤の花を眺めるためにやってきたもの。今日も何人もの方が大きなカメラを提げて藤の写真を撮っていたが、密になるほどの人出ではなかった。

 

 童学寺は平成29年3月25日午後5時半頃、庫裏から火災が発生し、本堂と庫裡を焼失した。あれから4年が経過し、多くの方の協力で約1億3000万円の再建資金が集まり、現在は本堂の設計段階に入っているそうな。

 

 その直後の29年4月24日に、そんなこととも知らずに、私は今日と同じように藤の花を愛でるためにやってきて、その惨憺たる光景に絶句した。

 

 これがその時の本堂である。

 

 ぶしつけながら、その本堂の中を写真に収めてあった。

 

 今は、さっぱりと後片付けがされ、本堂再建を待っている。庫裏のあった場所は広場になっている。

 

 今日の掲示板はこれ。「人付き合いは思うようにはいかない あの人もこの人も修行の種」という小薮実英師のことばから。いつもお世話になっている町内の善楽寺さんの掲示板からである。小籔氏は教員生活を経て「丹波あじさい寺」住職に。あじさいのシーズンには約2万人もの人が訪れる関西花の寺第一番札所として有名なお寺。秋は美しい紅葉が楽しめるそうだ。

 

 確かに大人の世界では人付き合いは思うようにはいかないもの。出過ぎては叩かれ、引っ込めば引きずり出され、黙っていれば愛想が悪いと噂され、明るく話すと騒がしい人だと叱られる。いまさら修行なんてしなくてもいいから、静かな老後を過ごさせてもらいたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


いつまでも花冷えという道の駅

2021年04月20日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は11度から24.9度、湿度は76%から32%、風は1mから4mの西南西の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 111/63/84 36.0c-97% 64.8Kg 19.5c-44%-1018hPa 体調に変化はないが健康体ではない。依然として足がしびれるようでふらふらとする。

 

 21時に寝て5:30に起きたのだから2時間しか寝ていないというのは不思議な数字だ。でも、眠たいのは事実。

 

 奥方が、「朝露のある間にワカメを取り込んでおいて頂戴」と言い残して出掛けたが、折角乾かしたワカメが朝露でベトベト状態。一応、ゴミ袋に詰め込んでおいたが、カビが生えたり腐ったりしないのだろうかと疑問譜ばかり。

 

 今日も山寺さんに出掛けてみた。相変わらず静寂そのものの88番札所である。ときおり、年配のご夫婦がお参りに来る程度。それでも、門前のお店は平常営業中。

 

 御衣黄桜も最終段階。今年は春が早かったみたい。今日はもう夏になったような気候になった。

 

 この御衣黄桜は江戸時代に京都の仁和寺で栽培されたのが始まりとされ、荒川堤で栽培されていたサトザクラの一つ。江戸時代にシーボルトが持ち帰った標本が現存しているらしい。最大の特徴は、ウコン(鬱金)、スマウラフゲンゾウ(須磨浦普賢象)、ソノサトキザクラ(園里黄桜)、ソノサトリョクリュウ(園里緑龍)と同じく、黄色・黄緑・緑色系の花を咲かせることである。

 

 大師堂前の藤の花はこれからというところ。

 

 同じく大師堂前の牡丹はおしまいの時期かも。そういう花具合はよくわからない。

 

 帰りに旧宅跡を歩いていたら、猿が見逃したタケノコがあった。タケノコを掘るのは奥方に禁止されているのだが、目の前の宝物を見逃すわけにはいかない。ワカメとタケノコの煮物はおいしそうではないか。

 

 よくタケノコをどうやって湯がくかが問題になるが、我が家では祖母から母から、こうした方法を取っている。縦に半分に切り、そこでそのまま中身だけを取り出す。そうすれば皮を剥く手間が大幅に省略できる。

 

 すると、中身はこれだけにしかならない。よく皮ごと湯がく人を見かけるが、燃料の無駄だと思うわけ。いらない皮など湯がく必要はない。

 

 それを細かく切って湯がくと早くゆであがるので経済的。弱火で1時間ほど湯がくとあく抜きも必要ない。調理するのはそれからの話だ。

 

 早くもワカメの煮付けができていた。これが今日のお昼である。

 

 今日の掲示板はこれ。「親切が過ぎると怨まれます 親しすぎると疎まれます」という、荒了寛さんのカレンダーから。親切が過ぎるとおせっかいにもなるし、親しすぎるとなれなれしいと思うようにもなってくる。そのかねあいが難しいところ。遠く成らず、近くならず・・・という距離感も必要なのかも。親切が過ぎると怨まれる。親しすぎると疎まれる。親しき中にも礼儀ありだが、気を許しすぎると失敗する。歓送迎会の季節は過ぎたが、上司の「今夜は無礼講!」も秤にかけて!

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


岩肌を染め上げていく山つつじ

2021年04月19日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は8.5度から20.1度、湿度は78%から50%、風は2mから5mの西の風が一時は強かった。明日の20日のさぬき市地方は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 114/70/81 36.1c-98% 65.2Kg 17.2c-49%-1015hPa 数字的には問題がないが、やたらと眠たいばかりである。

 睡眠時間は21時から朝の5時30分。しっかりと寝たと思うのだが熟睡はしていなかったんだろうか。それに足がしびれて歩けない。

 

 ほかの数字的には問題はないみたいだけれど。

 

 さて、今日もワカメの切り分けをしようと思うと、妙に軽くなっている。おそらく奥方が施設のお友達のところへ持って行ったに違いない。

 

 ま、何なりと頂くこともあるので、そのお返しかも知れない。私も手間が省けて楽になったというものだ。

 

 昨日のワカメの軸は、「茎煮」になっていた。これも、こんな量ではなかったように思うが。

 

 それでもまだまだ、こんなにワカメが残っている。

 

 それを包丁で軸と葉っぱを切り分けていたが、最後には面倒になってきて、葉っぱを引き千切ったり、無理矢理引き裂いたりする。

 

 それをバーベキュー用の網に載せて天日干しにしておく。

 

 10時には、ケアマネさんの月に一度の家庭訪問があって、現状確認やら身体の具合を確かめたりする。それと月間の介護計画とかと。

 

 今、どこの病院にかかっているかとか、どういう治療を受けているかとか。

 

 「ワカメがよく匂いますが、海でリラックスしてきたんですか」と言われたのだけれど、リラックスしてきたんだろうか。

 

 リラックスするために島の家に帰ったんだけれど、雨には降られるし、草刈り機はまだ使えないし、散歩に行っても長靴が重くて歩けなかったし・・。動きたいのに動けないというストレスもあったのかなぁ・・などと。

 

 今日の掲示板はこれ。「云うべき時に云わず やるべき時にやらなければ いかほどの知識があろうとも何の役にも立たない」という荒了寛さんの言葉から。なるほど!そうだなって!って思って、なるべくその言葉を意識して行動しようと思ってはいるのだけれど、わかっていてもなかなか行動できないもの。言葉ひとつで、今の自分の意識を変えてみたり、すごく刺激になったり、落ち込んでる時に励みになったり....言葉の力ってすごいものだなぁと思いつつ、今日は今日の風に吹かれてばかりの私。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


花すみれこの時期だけの褒め言葉

2021年04月18日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて概ね晴れていたが、気圧の谷や寒気の影響で昼過ぎから夕方にかけて曇り雨が降ってきた。雷雨の所がある見込み。気温は11.5度から15.9度、湿度は66%から50%、風は2mから7mの西の風が一時は強かった。明日の19日のさぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れる見込み。

 

 119/67/78 36.1c-97% 64.2Kg 24c-46%-1022hPa 数字的には問題ないが、昨夜はいささか飲み過ぎに食べ過ぎたし夜更かしもしたようで重苦しい雰囲気。

 

 三男のたっくんのおかげで裏庭もさっぱりとした。今度は7月の夏休み前の草刈りになる予定。いつものことだけれど、島に帰るときにはわくわくとして、あれもこれもと準備をして島に帰るのだが、最終日は朝から掃除や片付けを済ませて、ただ、ひたすらに8:35分発のフェリーを待っている。

 

 しわく広島の江ノ浦港の歓迎門もイメージチェンジして「日本遺産と石の島」をアピールしている。以前にはトライアスロンの島だったのだが、それがやまって久しくなった。

 

 島の人が「しわく富士」と呼んでいる「王頭山」も今日はすっきりとして見える。この島にはアサリも絶えてしまったし、牡蠣やトコブシも姿を消した。もちろん魚の影すらもない。だから、一時は釣りにも凝ったけれど、今はそんな元気もなくなった。秋のサビキ釣りくらしか楽しみはない。

 

 島には200人ほどの人しかいなくなって、島を一周しても人にも犬にも猫にも出会わない。むろん、車とすれ違うこともない。だからフェリーの乗客もこんなもの。

 

 右上が「塩飽本島(ほんじま)」、下に牛島、左上が「しわく広島」で、右下が丸亀港。フェリーで海上45分、高速艇だと20分の距離。

 

 朝のデータである。

 

 この頃になると、ようやくに元気が出てきた。

 

 今回のお土産はこれ。奥方が欲しい欲しいと言うていたワカメである。二人の弟が腰まで海につかって切り出してくれたもの。

 

 それを軸と葉っぱに切り分ける作業。これが私の役目である。

 

 こちらが葉っぱの部分。これを天日干しにする。これでまだ、三分の一である。

 

 今日の掲示板はこれ。「険しい道ではつまずかないが 平らな道でつまずく」という荒了寛さんのカレンダーから。危険な場所や困難な仕事には慎重に慎重に行動して、結局何もなく終わることがあったりするもの。逆に、『なんでこんなことで?』とか『そんなことも出来んのか』といわれる仕事なんかで、思わぬ失敗をしたりするもの。慢心や油断がそういうことを起こしてしまうのだろう。初心を忘れず、丁寧な仕事や行動を心掛 けたいものである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


ただ無心今日山吹は咲ききって

2021年04月17日 | 自然ありのままに

 丸亀市地方は気圧の関係で朝から雨が降っていた。気温は14度から18度、湿度は96%から82%、風は1mから5mの西の風が少しばかり。

 

 117/77/80 36.2c-98% 63.4kg 19.8c-69%-1027hPa 数字的に問題はないがなんだか眠たいばかりだ。朝の5時過ぎに起きて6時過ぎに我が家を出て、丸亀市の三男の弟を乗せて9時前に丸亀港着。9:25分発のフェリー「しわく丸」でしわく広島の江ノ浦港を目指している。

 

 小雨は降っていたが風はほとんどなかった。

 

 島の家には10時前に付く。思ったより草の量は多くはない。背後にある筈の王頭山が霧に隠れて全く見えない。

 

 そこで、弟二人で軽トラに乗って島を一周してきたが、今の時期、何の収穫も見所もない。島の各地に、こうした標識が立てられている。日本遺産に認定されたかららしい。

 

 昔の灯標(灯台の小型)は灯油(石油)で明かりを灯していたらしい。その灯油倉庫がしわく広島には残されている。

 

 これがしわく広島沖にある「羽節岩灯標」である。今は無人の電気点灯式になっている。

 

 これが我が家近くにある標識で、「王頭山(王頭砂漠)」についての標識である。正面に見える家の裏側に我が家がある。

 

 夕方になると雨もあがったので、弟は草刈りを始めた。私はまだ草刈り機は使えない。

 

 だから、弟が草刈りをするのを眺めているばかりである。次男のよっくんは夕方でないと来られないという。その間に、二人は簡単な夕食を食べておくことにした。

 

 男の食卓はこんなものだ。

 

 急遽、スーパーで買い集めてきたものを並べただけのもの。18時過ぎに次男がやってきて、急遽、ワカメ取りに弟二人は出掛けて行った。

 

 ワカメをゴミ袋にいっぱい採ってきてからが三人揃っての夕食になった。

 

 次男はこうしたシーバス狙いに出掛けて行ったが、釣果はまるでなかった様子。

 

 今日の掲示板はこれ。「心の中に降る雨に 人の情けが傘をさす」というもの。この言葉は、人それぞれの感じ方によって解釈してよいのではなかろうか。人生の一番の悲しみの時や最大の危機の時に感ずるものであろう。人生において大嵐で難破しそうなときもある。助言・支援などで立ち直ることもある。 物質的なものは、支援・援助で再起できるが、心の痛みは難しいものだ。これまた千差万別である。心の中に降る雨は人の情けが傘となって立ち直ることもあろう。その傘はいろいろだ。傘のような役割を果たすものから傘そのものであることもある。私たちは誰もが一人で生きることはできない。誰だかの支え、願い、支援によって辛うじて私たちは生きているように思う。それらの支援が自分の目に見える場合もあれば、見えないところで支えていただいている場合もあって・・・。他人様の親切の暖かさに触れて、元気をいただき、落ち込んだときも起き上がることができるのである。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


筍の皮剥く妻の手には皺

2021年04月16日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇っており、夕方には雨が降るらしい。気温は13度から22.5度、湿度は88%から78%、風は1mから6mの東南東の風が一時は強く吹き荒れていた。明日の17日のさぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で雨が降り、朝から夕方にかけて、雷を伴う所がある見込みらしい。

 

 118/60/81 36.2c-98% 63.4Kg 14.4c-44%-1022hPa 体調に変化はないが足がしびれるようで歩きにくい。打撲とか骨折とか打ち身とかではない。かといってむくんでいるわけでもない。

  

 だからと言ってデスクワークばかりでは余計に足が動かなくなるのではないのかと、集落内を散歩してきた。最初は50mで戻ろうか、100mで戻ろうかと考えながら、それでも集落内一周の4Km弱を歩いて戻って来た。

 

 真ん中あたりの出発点と到着点が我が家である。

 

 これは娘が集めていた人形である。でも、我が家が再建されて15年にもなるとほこりが溜ってきて恐ろしい顔になってきた。

 

 そこで石けんや歯ブラシを使って洗ってみたら、こんなにさっぱりとした。だからどうした・・ということではないが、それだけホコリやゴミがたまってきたんだなぁと知らされた訳である。

 

 で、ついでにこれである。これにもちゃんとした名前があるのだろうが、まるきりわからない。これも、妙にホコリっぽいではないか。

 

 で、これもせっけんと歯ブラシを使って洗ってみた。それを二日ほど乾燥させてみた。多くのホコリは落ちたのだけれど、白いエプロンが赤い染料で染まってしまって洗っても落ちなくなった。顔のあたりももっと丁寧に洗えば良かったかな。

 

 さて、時代の趨勢で、ようやくにスマホ、iPhoneSE にしたのだけれど、相変わらず一件の着信もないしメールも届かない。で、何に使っているかというとデジカメ代わりとバイタルサインの管理用。

 

 さすがに、このウエアラブル端末では体重までは測れないらしい。

 

 で、スマホで撮影した画像は、OneDrive というクラウドに送り込む。すると、ここいらにあるパソコンから自由自在に活用できる。それに、Instagramも、LINE も、これらの端末から操作できるようにしてある。もちろん、フェースブックやブログも、これらの端末からである。私はスマホの画面からは操作できないのである。

 

 そんなどたばたをやっている最中に、弟からのメールで、明日の17日から島の家に行くという。だから、自分用の食材は用意しておいた。

 

 次男・三男は何を食べるのか、どういう計画なのかはわからないが、私はお肉が食べられないものだから、それなりに考えて食材を買ってみた。

 

 ま、一泊二日だから、そんなにたくさんはいらないはず。いつものように三男と一緒の時のように夕食だけはしっかりと用意した。明日の朝の買い物を少なくするように。

 

 今日の掲示板はこれ。「私の耳に念仏」というもので、どこの誰の言葉かはわからない。印刷された市販の法語集からのことばらしい。古いことわざに「馬の耳に念仏」というものがあり、馬にありがたい念仏を聞かせても無駄である。いくら意見をしても全く効き目のないことのたとえである。馬の耳に風とか馬耳東風ということばもある。今の時代、忙しかったり、深く考えることなく日々を過ごしていたりばかりで、私もあなたも「馬」と一緒になってはいないだろうか。人の相談事や頼まれごとが右から左へと流れてはいないだろうか。大事なお念仏も同じように右から左に流れ去ってはいないだろうか。私の耳にお念仏は届いているのだろうか。聞こえているのだろうか。今一度、確かめて見る必要がありそうだ。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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