まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

盆過ぎて 深い疲れが 降って来る

2016年08月16日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、午後は大気の状態が不安定となるため次第に雲が広がり、雨や雷雨となる所があるらしい。気温は27.4度から33.5度、湿度は93%から74%、蒸し暑い一日になった。風は1mから2mの北東の風が少しばかり。明日の17日は、高気圧に覆われて概ね晴れるらしいが、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みなのだとか・・・。

 

 ご案内の通り、昨日はお盆の打ち上げ会というか、「追い出し飯」というか、午前中に出して置いた奥方の預金でうどん屋さんに行った。私はそれまでに、缶ビールを2本と、そのあたりにあるものをつまんで食べていたので、「生ビールだけ付き合うわ・・」ということでついて行った。

 

 「枯れ木も山の賑わい」の積もりだったのに、生ビールが出て来ると、ついつい手が出てしまい、

 

 おでんが目の前に来ると食べてしまい・・・。その上に、ビッグなきつねうどんを食べてしまった。やがて、神戸の親子や京都組が高速バスで帰ってしまい、娘家族が帰ってしまうと・・・急に呼吸が苦しくなった。「寂寥感(せきりょうかん)」というのか、「孤独感」というのか、急にさみしくなってきて、頭が重くなって、胸が圧迫されて・・・横になってしまった。

 

 連日の飲み過ぎ・食べ過ぎに夜遅くまでのカラオケ大会・・・。おなかが張ってきて、肺を圧迫するし、心臓を圧迫する。大急ぎで「利尿剤」を飲んで横になった。おかげで夕食も夜のビールも欲しくなくなってダウンしてしまった・・・。だから、17時あたりから寝ていたことになる。

 

 やがてのことに利尿剤が効いてきて、30分ごと、1時間ごとにトイレに起きる。そこでのどが乾くのでコップ一杯の水を飲む。だと、1時間ごとに起きる。また、水を飲む・・・の繰り返し。でも、朝になれば普通の私に戻っていた。で、昨日の手続きの後処理に出かけた。

 

 というのも、私がうっかりと、「カードを紛失してATMが使えないので、通帳からの引き出しをしたい・・」とかと言うたもんだから、カード事故届け(本人用)と(代理人用)の二通の書類を書いたが、本人確認用の免許証がない・・というので、「カード停止」の処理をされてしまったのだ。

 

 だから、カードが見つかったから、カードを使えるようにしてください・・とお願いしたら、「カード発見届」が必要だというので、それを書いた。すると、電話番号が違う・・という。少し前までは「ネット電話=050・・・」だったのを、さぬき市のCATVに変えたので、番号が変更になっていたのだ。そこで、「電話番号変更届」というものを書かされた。そのたんびに印鑑が必要になる。

 

 「別の支店からの情報では携帯電話をお持ちになっておられるのですが・・」という。「そんなものは必要ないでしょ」というと、「大事なお客様の情報です。この書類に携帯番号の記入をお願いします」という。結局の薬局で、いらんことをしゃべったばかりに、延々と1時間半ほど掛かってしまった。「カードをなくした・・」なんてことは、よくよく探した上で処理をお願いしないと無駄な時間をつぶしてしまう・・・。昨日だって30分以上はかかってしまったのだから。

 

 そこで、頭を冷やして気分を収めるつもりで、先日の氷菓の「古都の氷華」を買いに行ったら全くない。売り切れだった。そこで仕方なく、これを買ってきた。

 

 これには、本物のスライスされたレモンが入っていたが、苦い苦いものだった。あ~あ、気分が苦い時には、お菓子までもが苦いのか・・・。

 

  気分を変えて、今月下旬の法話会用の原稿の作成に入った・・・。

 

 前席30分、休憩30分、後席30分の1時間半で良かったのかしらん・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「見る気がなければ何も見えない。聞く気がなければ何も聞こえない」という荒了寛さんの言葉から。だからと言って、何でも見たがって、余計なものまで見てしまって気になってしまったり、何でも聞きたがって、余計な事まで聞いてしまって不安に陥ってしまったりするのもどうかと思う。他人の事も、自分の噂も、事実とは違ってる事が勝手に出回っているということはよくある話である。そういうことに翻弄されない心構えが必要な時代でもあるなぁと感じる今日このごろである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


敗戦忌 つくつく法師も 黙祷し

2016年08月15日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は26度から33.9度、湿度は92%から71%、風は1mから3mの西南西の風が少しばかり。明日の16日は、引き続き、高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 台風一過、祭りの後・・・みたいな今朝。帰るものは帰ってしまい、残った者はのんびりとし、奥方は急ぐ用事があるからと出勤して行った。

 

 時間が来たので、郵便局で奥方の口座から現金を引き出して・・・

 

 銀行に行って、私の口座から年金を引き出そうとしたら・・・カードがない。カードを入れているケースもない。通帳は持って行ったが、通帳だけでは現金は引き出せない・・・。

 

 あれれ・・・と記憶の糸をひもといて・・。確か、13日に奥方のお買い物の運転手をして、燃料のガソリンを入れるのにカードを使って・・・。

  

  車の前にぽんと置いた筈・・・。そこで、奥方の勤務先まで走って行って確認をしたが、ここには何も見えない。「あれれ・・・」と、今度は自宅に戻って机回りを調べてみたが、カードケースは見つからない。

 

 仕方がないので、印鑑を探して、通帳で現金を引き出すことにした。ま、なんとか、現金は引き出せて、税金やら国民健康保険の保険料を支払った。

 

 ついでに、酒屋さんにも寄って、15リットル、7リットル、7リットルの合計29リットル分の支払いを済ませた。2万円弱だった、

 

 で、帰宅して、やれやれ・・と、冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲もうとすると、「お父さん、身体は大丈夫なの?」と娘が言う。「あ、身体は大丈夫やけんど、気分は大丈夫やないな・・・」

 

 「どないしたん・・・???」、「あぁ、カードがない、免許証もない・・・」というので大騒ぎになった。奥方にも娘にも叱られて・・・くっしゅん。13日に買い物をしてきて、夕方から宴会になって・・・。そこから記憶の糸はぷっつんだ。

 

 ま、とりあえず、今日のお昼はおうどんにしよう・・・」ということで、みんなでおうどんを食べに行った。

 

 みんなでおつかれさん会・・ということで、生中のビールにおでんと、このビッグなきつねうどん。

 

 で、戻ってきたらば、「これでしょ・・」と、孫のなぎちゃんが持って来たのがカードケース。そうそう、これこれ。「どこにあったん??」

 

 「けいこばぁの車のダッシュボード・・・」。ここ、何回も確認したし、けいこばぁもよしつぐさんも気がつかなかったという・・・。見る目が違えば見えるのか・・・。ともかく、お小遣いで2000円をプレゼント。やれやれ、泰山鳴動カードケース1個。

 

 今日の掲示板はこれ。「今この命 ご先祖さまが命の道をつないでくれた 感謝」というもの。今回はお盆ということで、親戚が集まってお墓まいりや盆礼をし、楽しい食事会にもなった。こういった行事があると改めてご先祖様への感謝の気持ちを確認することができるというもの。自分の命が今あるのも、ご先祖様が命をつないでくれたおかげ。命つながりって不思議なもので、
ものすごい数のご先祖様達の掛け合わせで今があるということになっている。組み合わせが一つ違っただけで私は存在していないかも知れないのである。全ての人が奇跡のような確率で存在しているのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


咲いて散る 花火はかなし 色の跡

2016年08月14日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は26.3度から35.2度、湿度は92%から62%、風は1mから2mの西北西の風が少しばかり。今期最高の蒸し暑い一日になった。明日の15日は、引き続き、高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、大気の状態が不安定となるため、夕方から雨の降る所がある見込みらしい。

 

 ご案内の通り、昨日は「盆礼」だということで、私の弟や娘家族、神戸のよしつぐさん親子らと12名のこじんまりとした宴会になった。

 

 お料理は奥方・けいこばぁの手作り料理になった。手作りだと言うても、うなぎや魚をけいこばぁが作った訳ではない。けいこばぁが調理したものばかりである。

 

 で、宴会は16時半から始まって、延々と23時過ぎまで続いたのであった。

 

 おきまりは家カラオケで、右が次男のよっくん、左が三男のたっくんである。まぁ、実によく歌う二人であった。

 

 少し前にはこんなお子だった「たつや君」が・・・

 

 こんなに大きくなって歌ってくれたし、

 

 少し前にはこんなお子だった「なぎちゃん」が・・・

 

 こんなに大きくなって歌ってくれた。

 

 弟たちは眼が覚めると早々にわが家へと帰っていった。娘家族と神戸からの親子はのんびりと過ごしていたが、ゴルフだ海だと遊びに出かけたが、今晩の花火大会を楽しむ予定らしい。

 

 例年、8月14日は、町内で「みろく納涼夏まつり」というものが行われるらしい。同じ町内だけれど、そうしたお祭りに出かけたことはない。

 もっぱら、リビングの窓から、こうした花火を眺めるだけである。

 

 エアコンの効いた部屋で座布団に座って花火を見るには特等席なのだ。

 

 そのために、もう一組の家族がやってくるらしい。そんなんで、樽生ビールが追加になった。今夜もにぎやかな夜になりそうである。

 

 今日の掲示板はこれ。「千万(ちよろず)のいのちの上にさづかれし 平らけき世を生くる悲しさ」という、元本願寺お裏方大谷嬉子さまのお歌からである。

      「海をよごし
       川をよごし
      空をよごし
       あさましい人間 
      然し地球は
       このあさましい人間を抱いて
      悠悠自転している」

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


蓮の花 弥陀の香りを 仏前に

2016年08月13日 | 時には日々是日

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。気温は26.3度から33.5度、湿度は88%から70%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の14日も、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 本格的な夏になった。朝早くからヒグラシが鳴き始め、ミンミンゼミが泣き出すと朝になる。

 

 朝の間の涼しいうちに全ての部屋や廊下などに掃除機をかけて掃除を済ませておく。

 

 9時前になったので買い物の運転手を頼まれた。今夜の「盆礼」の準備のためである。世の中は「お盆だ」「お盆だ」と賑やかだけれど、私的には「お盆」らしいことは何もしなかったし、お盆という意識もなかった。それは子供の頃からで、お盆だから何かをする・・・ということはなかったと記憶している。唯一、「盆礼」という食事会があるということくらいなものだった。

 

 お盆だから家族で旅行に行く・・なんてことがなかったし、お盆だから出かけるということもなく、ボン・ダンスがあったわけでもないし、演芸大会があったわけでもない。最近の10年余りは、島の家に神戸からのお客さんがあって、みんなで魚釣りをしたり、クルージングをしたり、ウエークボードや海水浴で楽しんだりしたが、子供たちが大きくなると部活だ受検だということで、それらもやまってしまった。

 

 でも、この「盆礼」と「正月礼」というのはずっと継続している。ちなみに「盆礼」をぐぐってみた。

 「盆に行われる訪問、贈答。盆を凶礼とするのは仏教の影響によるもので、もともとは正月と同様に祖霊祭の日であったため、子方から親方へ正式の訪問がなされ、そうめん、米、あるいは塩さばなどの食品の贈答が行われた。」(ブリタニカ国際大百科事典より)

 

 母が健在の頃には、母方・父方の叔父や叔母、母のいとこや甥や姪、それに弟たち家族などで30人から40人の大宴会になっていたが、今は叔父や叔母などがいなくなって、私の弟家族らの10数人になってしまった。今夜もそんなものだろう。

 

 樽生ビールは大繁盛で今年はお店に在庫がなくて、15リットルを今日と明日一本ずつの30リットルになる予定。わが家の冷蔵庫は容量が小さいのでビールを冷やす容量がない。そこで、いつも、こうしたサーバーをお借りしている。これを飲み干してしまうと、ぬるい缶ビールになってしまう。

 

 今夜も神戸から「よしつぐさん親子」が来る。

 

 みんなでお勤めをしてから小宴会になる。

 

 こうした盆礼や正月礼というものが、それぞれの家で行われてきたのだが、最近は、どういう訳か、わが家でのみ行われるようになった。だから、私たちが親戚筋の盆礼に出かけることはなくなってしまった。

 

 その後は、恒例になった「カラオケ1番」での歌合戦になる。

 

 一番の歌いたがり屋は私のすぐ下の弟の「よっくん」である。今夜も彼の一人舞台になることだろう。

 

 今日の掲示板はこれ。「蓮は泥沼で華開く 憂世の苦しみの中でこそ人は磨かれる」というもの。お釈迦様は「高原陸地に蓮華生ぜず、卑湿汚泥にこの花を生ず」と話された。蓮華は泥中にあって、はじめてきれいな花を咲かせる。泥なくしては決して美しい花は咲かない。泥が大切で、泥があってこそはじめて咲く蓮華である。泥を如何にして肥料として昇華していくべきか、私たちの生きて行く道にも泥中に学ぶことがたくさんありそうである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


雲湧いて 空を見上げる アイス菓子

2016年08月12日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れている。気温は24.8度から33.9度、湿度は92%から72%、風は1mから4mの東南東の風が少しばかり。明日の13日は引き続き高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 7月末の父の命日前に弟が草刈りをしてくれたが、やはり、お盆前にも草刈りは必要だろうと、朝の7時過ぎにここにやってきた。そんなに草は伸びていなかったが、やはり、きれいなほうが良かろうと草刈りを始めた。

 

 ピンピンと伸びたものを刈り払うだけでも見た目はきれいになる。

 

 ところどころに、こんな穴が幾つもあいている。で、黒くて大きな(ごきぶりくらい)羽を持った虫である。で、中から砂粒をくわえて運び出している。

 

 穴へ入っていく虫だが、なんだかわからない・・・。

 

 帰って調べたら、「クロアナバチ」らしい。

 

 40分ほどでお墓の掃除は終わった。家に帰ってシャワーを浴びて、着ていた物を洗濯して干して一休み。

 

 奥方に「お仏壇用のお花を買ってきておいて。明日になれば高いから・・」と言われていたので、近くの産直店に行ってみた。

 

 すると、誰も考えることは同じようで、駐車場に空きがないほどの混雑だし、レジ前には長蛇の列・・・。「だめだ、こりゃぁ・・・」

 

 で、行きつけの小さなスーパーに行ってみた。だと、ここは駐車場も店内もガラガラ・・。

 

 で、仏花と・・・。

 

 明日、あさって用の飲み物を調達した。メインは樽生ビールで、明日は15リットル、あさっても15リットルである。これは、二次会・三次会用である。

 

 その後、お盆灯籠を出しておく。なくてもいいのだが、あるのだから出してみた。

 

 点灯試験もしておいた。これでお盆の準備はOKだ。ご用が終わったので、昼からビールを飲んで高校野球でも眺めながらのお昼寝をしよう。

 

 お昼の食後はこれにした。「古都の氷華」という氷菓子。

 

 かき氷みたいな感触である。冷たくておいしいが、食べて終われば少しも涼しくなったとは思えない。

 

 そうそう、スーパーから戻る途中では、早くも稲刈りをやっていた。今日みたいな日の稲刈りは暑いやろうねぇ・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「年をとったら遊ばないのではなく、遊ばないから年をとる」というもの。バーナード・ショーの言葉である。George Bernard Shaw (1856年~1950年)はアイルランド出身の劇作家、劇評家、音楽評論家、社会主義者、ノーベル文学賞受賞。856年、アイルランド共和国の首都、ダブリンに生まれる。母は、アルコール依存症の夫に見切りをつけて、娘達とロンドンに移住。音楽教師として生計を立てる。ショーも20歳のときにロンドンに出て、音楽評論家のゴーストライターを始める。27歳のときに最初の小説を書くも小説家としてはあまり世に認められていない。翌年、フェビアン協会(英国の社会主義知識人による運動。労働党の基盤の団体として現在も存在)に入会。36歳になり『やもめの家』で劇作家としてデビュー。1898年、42歳で結婚する。1925年、69歳のときにノーベル文学賞を受賞。初めは固辞するも賞金を寄付するという条件で受賞した。1943年に妻が死去。妻の死以来、生きる気力をなくしつつあったショーも1950年、94歳の生涯を閉じた。(Wikipediaより)

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


山の日に 山寺の風 聞いていた

2016年08月11日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は24.7度から34.2度、湿度は94%から46%、風は2mから1mの東の風が少しばかり。セミもツクツクボウシが啼くようになり、夕方からは虫の声が聞こえるようになってきた。明日の12日は、引き続き、高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 ポチの散歩を済ませると、空き缶回収場へ空き缶を運んでおく。ホントはブルーの袋に入れないとアカンのだが、わが家の空き缶は入りきらない。

 

 その後、リハーサルをやってみたら、今度は時間がオーバーするようになった。それは適当にはしょったり、テンポ良くいけば済む話なので、この講演会のスライド作成はこれで「完了」とする。直前に、もう一度、リハーサルを行えば充分だろう。

 

  今日は初めての「山の日」で「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨としているらしいが、山に関する特別な出来事などの明確な由来があるわけではない。「国民の祝日に関する法律の一部を 改正する法律(平成26年法律第43号)」が2016年1月1日に施行されて、8月11日は同年より国民の祝日「山の日」となったが、 この祝日が制定されたことで、祝日の制定がない月は6月のみとなった。だから、6月20日を「まほろばの日」ということで、6月にも休日を制定してくれるとありがたい。

 

 で、お昼からはさぬき市多和兼割にある大窪寺さんへ行って来た。例年は8月20日に行われていた「柴灯大護摩供養」を今年から「山の日」の8月11日に行うようになったらしい。四国内の霊峰や集験場で修行している山伏たちが集まって弘法大師の恩を報い、徳を慕って供養を営む八百年余りの伝統行事だといい、春は、春分の日に開催されている。

 

 このおじさんは有名な方で、火の付いたたいまつを右の袖から左の袖へと通すという、いかにも熱いセレモニーを行う方である。四国内のあちこちで、その芸当を見せている。

 

 このとき、衣装の下では火が燃えているらしい。それで衣装が焼けたとか、やけどをしたということもないらしい。熱いのは熱いようで汗まみれで「行」をやっている。

 

 こちらが大窪寺の住職さん。今回の護摩供養の導師さんをやっている。そのご挨拶である。

 

 この「お先達さん」は昨年の護摩供養にもお見えになっていた。お先達さんというのは、お遍路さんの信仰上のガイドさんである。もちろん、境内などでは観光ガイドもやってくれる。

 

 こちらが、「院代さん」と呼ばれている「副住職さん」。護摩供養の「願文」を奉納している。

 

 それが終われば護摩壇に点火される。

 

 この中には、お遍路を回り終えた人たちが収めた金剛杖や護摩木などが収められている。

 

 珍しいライブなのだけれど、今回は最初の山の日ということで、20日から11日になったせいか、一般の参加者が少ないかなぁと思ったし、カメラマンやメディアの方も少なかった。

 

 ま、みなさん、熱い、暑いを連発しての見物だった。

 

 私もこのあたりで勘弁していただいて帰ることにした。とにかく、暑くて熱くてめまいがするほどだった。

 

 帰るとすぐに「ガリガリ君」。でも、こんなものもあっという間に消えてしまう。

 

 今日の掲示板はこれ。「どんなに好きでも最後は別れるんです。どちらかが先に死にます。 人に逢うということは必ず別れるということなんです。 別れるために逢うんです。だから逢った人が大切なのです。」というもの。瀬戸内寂聴さんのことばかららしい。「愛別離苦」という言葉がある。「怨憎会苦」ということばもある。「求不得苦」という言葉もある。「五蘊盛苦」という言葉もある。とかくこの世は苦ばかりだ。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたらいいね。


朝顔は いらぬ昨日を 忘れさせ

2016年08月10日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていた。気温は25.2度から33.8度、湿度は90%から55%、風は1mから2mの東南東の風が少しばかり。明日の11日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 今日は孫のなぎちゃんのテニスの試合があるので送迎を頼まれていた。5時前に起きて、6時過ぎにわが家を出て、屋島の娘家族の家に向かい、そこから高松市生島町にある「香川県総合運動公園」に向かった。

 

 テニス場は20面のコートがあって、5,300人が収容可能という。ここで香川県内の中学校のテニス大会が行われるらしい。

 

 ここに着いたのが7時半過ぎ・・。そんなに早くからでは行くところがない。孫を送り届けてしまえば帰りまでは用事が無い。で、その帰りの時間も試合次第だという。早くに負けてしまえば早く帰るし、勝ち進めばいつになるか分からないのだという。私はどこで何をすればいいというのだろう。

 

 テニスコート周辺を散策しながら時間つぶしの後、先週の土曜日に「讃岐国分寺跡資料館」で行われた講演会に参加したときに帽子(キャップ)を忘れてきた。

 

 そんなに高価な帽子ではないし、そのあたりにある帽子だから、わざわざに取りに来るほどでもないが、案外とお気に入りのキャップだったもので、ものはついでだからと、一山越えてやってきたという訳。

 

 これが、そのキャップである。ちゃんと、私が座っていたテーブルに挟まって、そのまんまになっていた。

 

 ついでに展示物も見せていただいた。65才以上は無料だというので、タダで見せていただいたが、言うちゃ悪いが、100円の入館料を払ってまで見るような展示ではなかった。

 

  ここは開館時間が9時からだから、それに間に合うようにやってきて、キャップを受け取って、館内展示を見ても9時15分・・・。本物の(四国霊場80番)国分寺も季節が良ければ拝観してもいいのだが、9時を過ぎたら気温も上昇してきて暑くなってきた。

 

 これは、昔の国分寺(教王護国寺)の金堂の20分の1の模型である。スイッチを押せば、正面の扉が開いて、本尊の「釈迦三尊像」が見える仕組みになっている。

 

 さて、これからどこに行こうかと考えたが行くところがない。仕方なく運動公園に戻ってみたら、こんな野球大会が行われていた。

 

 入場無料だというので入ってみた。鹿児島大学と岡山大学の試合で、鹿児島大学が3-0でリードしていたが、岡山大学が8回に1点を返し、9回にも一点を取って追い上げに入ったが惜しくも3-2でゲームセット。

 

 マネージャーさんは背番号ではなくて名前になっている。暑くともこうしてビデオを撮ったり、スコアブックをつけていた。

 

 お昼を少し過ぎたところでゲームが終わって、応援団もいなくなった空っぽの球場でお弁当を食べた。食べ終わったところで、孫から「終わったよ~」という電話。やれやれ・・・。

 

 今日の掲示板はこれ。「他人と過去は変えられないが 自分と未来は変えられる」というもの。これはカナダ出身の精神科医であるエリックバーンの言葉として有名である。他人を変える事ができないこと、過去を変える事ができないことを悩むよりも、自分を変える事、自分の未来を変える事に目を向ける方が良いというのは、なんとなく「そうなんだろうな」と思えてくるもの。例えば自分の子供に向かって「勉 強しなさい」とか「部屋を片付けなさい」と言っても、簡単には聞いてはくれないし、職場で人に迷惑をかけているような人に対して注意をしてもそれが治らなかったりするもの。過去を変える事も、過去に起こった出来事を変えるという事は出来ないけれど、自分の受け取り方を変える事で、その出来事に対しての見方を変えることはできるけれど、その事実が変わる訳ではないし、過去に何があったのかを秘密にした所であなたの過去の出来事がなかったことになる訳でもな い。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


暑い日を なお暑くする 長崎忌

2016年08月09日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、湿った空気の影響で夕方から曇るらしい。気温は25.4度から35.1度、湿度は92%から66%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の10日も高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 今日は全国的に火曜日だということなので、香川県立図書館に出かけてみた。まぁ、一般的にこうした施設は月曜日が休館日だからである。そのついでに、国分寺町の「讃岐国分寺跡資料館」にも立ち寄って、忘れてきた帽子を探して来よう・・とも考えていた。

 

 今月下旬に予定されている「定例法座会」の法話の下準備もしなくては・・ということも考えていたが、なかなかに、そういう話題の本はない。

 

 で、思いつくままに目の前にあった香川県の歴史関係の本を五冊、借りて来たが、どれも読んだことのある本ばかりで少しも役には立ちそうにもない。で、家に戻ってきてしまってから、「あれ、帽子を忘れた・・・」と思っても、今更、どうにもならぬほど遅すぎる・・・。

 

 FBFの森重先生が古地図を探してきて云々・・とやっておられるので、今日はこれをつらつらと眺めておった。

 

 古地図・・と言うても、昭和3年の地図らしい。右の半ばに「小学校」があるが、道路はそこでおしまいになっているが、現在は小学校前から役場や裁判所の前を左に向いて県道が突っ走っている。真ん中の道路は、「旧道」ということになる。で、左端に電車の駅ができている。

 

 現代のマップでは、こういうことになる。場所が変わっていないのはお寺くらいなものだ。銀行も郵便局も場所が変わっている。警察署も場所が違っている。

 

 昔の警察署はこんなだったが、長尾警察署になり、今は「長尾交番」になっている。

 

 郵便局の隣にあった「岸呉服店」は「松屋呉服店」になっている。昭和3年ということは、私の生まれる20年前になる。ということは、68+20=88年前という計算になる。やっぱり、昔の地図なんだなぁと思う。

 

 お昼からは、またも、古川阪次郎の部分の追加修正作業をやっていた。どうにも阪次郎さんの部分が短いので追加をしたら、話のつじつまがおかしくなってしまって。

 

 そこを修正すると、またしても話の前後がややこしくなってしまう。

 

 猛暑(もうしょ)とは平常の気温と比べて著しく暑いときのことである。主に夏の天候について用いられる。日本国内では2007年以降、1日の最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」と言うことになっているらしい。さぬき市でも昨日が36度、今日が35.1度になっていた。

 

 今日の掲示板はこれ。「生涯 初体験の連続である」というもので、町内の善楽寺さんの掲示板にあったもの。これまた、どこの誰の言葉かはわからないが、確かに確かにそうだと思う。毎日毎日が初体験であるし、一時間一時間もまた初体験である。だから毎日がどきどきするし、新鮮であたらしいわけだ・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


ひまわりも うなだれている 午後である

2016年08月08日 | 自然ありのままに

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れている。高温が予想され、熱中症の危険が特に高くなる見込みらしいので暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、充分な対策をとるよう呼びかけている。気温は26.5度から36.0度と今期最高気温をマーク、湿度は96%から54%、風は1mから3mの西の風が少しばかり。暦の上では立秋を過ぎたが本格的な暑さはこれからみたい。明日の9日は、引き続き高気圧に覆われて晴れる見込みらしい。

 

 今年6月19日(日曜日)に、綾川町に「綾川町主基斎田(すき・さいでん)記念館が落成した。綾川町主基斎田記念館は、綾歌郡山田村が大正4年の大嘗祭(だいじょうさい)の斎田に選ばれ、新穀を供納(くのう)してから100周年を迎えられたことを記念して建設されたもの。

 

 主基齊田とは、天皇即位式典の大嘗祭(だいじょうさい)に供奉する新穀を栽培する田を斎田という。斎田には、主基(すき)と悠紀(ゆき)の2カ所が決められるが、京都から東を悠紀、京都から西を主基と呼んでおり、先の大正天皇の即位にあたり、香川県綾歌郡山田村(現在の綾川町山田)に主基斎田が勅定された。

 

 1914年大正3年)2月、宮内大臣から、「来ル11月13日行ハセラレルベキ大嘗祭の斎田ハ香川県ヲ主基ノ地方ニ勅定相成候・・・」の通知が知事にあ り、これに基づき知事は斎田及び斎田奉耕者を決定した。奉耕者は、選考の結果、山田村の岩瀬辰三郎氏に決定した。県、村、奉耕者がこぞって準備をしていた ところ、4月11日、昭憲皇太后の崩御により即位の大礼、大嘗祭は延期となった。関係者は大変驚いたが、その状況は「県民ノ失望限リナク就ク奉仕者ハ落胆 ノアマリ遂ニ発病スルニ至リ・・・」と文書に残されている。その後斎田はそのまま存置と決定され、1915年(大正4年)に実施される事になった。同時に 「斎田作業行事予定」が決められた。

 

 この記念館では、当時の大嘗祭や主基斎田に関する大変貴重な資料が展示されているほか、昨年6月に秋篠宮同妃両殿下のご臨席を仰ぎ、盛大に開催された主基斎田100周年記念式典の様子などが映像により紹介されている。また、小学生の農業をはじめとする校外学習の場としても活用されることになっている。

 

 このお田植え祭りは、大正時代の衣装、作法そのままに今も行われていて、大勢のカメラマンや報道関係者や一般の見学者などが押し寄せている。

 

 服装は規則できびしく定められているようで、どこのお田植えまつりでも似たような服装になっている。

 

 人数も35人と決められていて、農業経験があり、健康で品行方正な者・・・等と決められている。

 

 これが、地ならし(耕運作業)の役目を担った「千代号」で、金の刺繍の入った飾り紐をつけている。齊田近くにお墓が作られている。齊田は神聖な場所であるので、作業中に糞尿をしないようにしつけられているが、万一の場合に備えて柄杓を持った若者が付いて歩いていた。

 

 主な行事は「5月27日 田植」、「9月18日 抜穂」「10月10日 籾摺」、「10月11日 精白」、「10月16日 供納米、県庁を経て京都に出発」、「10月18日京都着」と4月18日から10月18日の間を52項に分け詳細が定められている。また、この主基斎田を実施するための経費は、当時の金額で、県費15,552円、郡費1,913円、村費2,677円、奉耕者678円で合計21,820円となっていた。これは当時の平均月給30円に比べ 大きな経費であった。

 

 齊田で作られた御用米は四石(1石は150Kg、180l、米2.5俵)、600Kg、米10俵が京都の御所に送られたという。このたび、天皇陛下が生前退位のお話をされたが、新しい天皇が即位されたら、やはり、同じように大嘗祭が執行されるのだろうか・・・と、ふと、思ったことだった。

 

 最近、ヤモリをよく見かけるが、このヤモリはいつもいつも下を向いている。この後、飛んできたアブを一瞬のうちに口で捕まえた。やはり、重力を利用して上から下へ下りるのが早いんだなぁと、じっと見ていたものだった。

 

 この、オニヤンマも柱にしがみついていたヤブカを一瞬のうちに捕まえて食べてしまった。

 

 今日の掲示板はこれ。「あるがままに生きる ないがままに生きる」という荒了寛さんのカレンダーの中のことばから。全てのものは、ああしよう、こうしようという主体性をもって生まれて来たわけではなく、「自然に」生まれて来たのである。全ての対象は自分も含めて観察するべき対象というよりも観察されるべき対象と言えるかもしれない。観察できる主体はどこにもない。あると思っているだけである。日本人は自然にまかせて、 あるいは自然と同化してあるがままに生きるということを脈々と実行してきたのではないだろうか。また日本文化に大きな影響を与えた仏教の縁起説では(物事の発生と展開)において、全てのモノに「自性がない」ということがある。そんな難しいことを言わなくても、あるだけの食材で生きる。なければないで、なんとか食べて生きるのである。今の現代に於いては、なかなかに、こういう生き方は難しいのだが、要するに「財布の中身と生き方」とは関係するように思う。財布の中に余裕があれば、「あるがままに生きられる」し、財布の中身がさみしくなれば、「ないがままに生きる」しかない。わが家の今月もまた、「ないがままに生きて行くしかない」のである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


立秋は 風のゆらぎも 柔らかい

2016年08月07日 | お役目ごくろうさまであらっしゃいます。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、午後は大気の状態が不安定となるため雨や雷雨となる所があるらしい。気温は26.1度から32.6度、湿度は98%から74%、風は1mから3mの東の風が少しばかり。明日の8日は、引き続き高気圧に覆われて、概ね晴れる見込みらしい。

 

 さて、この時期恒例の88クリーン・ウォークの日。いつもお世話になっている「おへんろ交流サロン」周辺のへんろ道のクリーン作戦の日というわけ。

 

 「前山をよくする会」とか地元の住民とかが総出でこの周辺のゴミ拾いをするのである。

 

 私たちの「おへんろつかさの会」の会員は10名ほどが参加した。というのも、この日は同じ場所で別のイベントが同時進行しているからである。

 

 私たちの受け持ちは、この前山ダム周辺の遍路道だった。7時半から作業を開始。おへんろ交流サロンからダムの上流に向かい、そこから対岸を下っていってダムの堰堤を渡って戻って来る一時間コース。

 

 集まったゴミはこんなもの。他に空き缶やペットボトル類が同じような量だけあった。

 

 一方、こちらでは、「おへんろつかさ養成講座」の第一回講義が行われていて、駐車場係が受講生たちを誘導整理していた。

 

 「おへんろつかさの会」は、さぬき市観光協会が養成している「観光ボランティア団体」。お遍路さんの信仰的ガイドは霊場会が養成している「お先達」さん。私たちはさぬき市内の遍路道周辺の観光ガイドをする役目である。だから、歴史好きな人たちが多い。

 

 今日は開講式ということで、養成担当の「堀尾副会長」が、「へんろつかさの会」の趣旨などを説明していた。

 

 「お遍路を司る」とか「おへんろを務る」とかの「つかさどる」という意味なんです・・とかと説明していた。

 

 今期で養成講座も第10期になる。今期の受講生は24名らしい。後ろの方に並んでいるのは先輩たちのサポート部隊。今回は、櫻谷大先達から「おへんろと空海」という講義や、木原香川大学名誉教授から「江戸時代のおへんろ」という講義を受けた。

 

 また、先輩の前田チーフガイドから、ここのおへんろ資料室にある資料の説明も受けた。「なぜ、四国霊場は88であるのか」とか、「遍路という言葉はどうして生まれたのか」みたいな基礎講座であった。

 

 一方、私たちは別室での役員会。これまでの活動の総括と反省や感想、これから取り組む事業の概要と、その対応策など。

 

 この方が、四月からおへんろ交流サロンやへんろ資料室などを管理監督している「和田館長」さんである。新任のご挨拶をいただいとところである。

 

 今日の掲示板はこれ。「大切なことは 何年生きてきたかではなく 何をして生きてきたかということです」という荒了寛さんのことばからである。人生に意味があるかどうかを考えればさまざまな考えに出会うのだけれど、その意味も考えることなく、ただ、漫然と年齢を重ねるだけの人生ではなく、この私が何を成し、何を発言し、どのように生きたのかが大切であるよ、と、言うている。先日の「余生」という言葉にも関連するけれど、「静かな余生」も、それは それなりの生き方だから尊いのだけれども、「私が生まれてこなければ、この世に生まれなかったものもある」という生き方もまた、尊いだと思うのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


この暑さ そうであったと 原爆忌

2016年08月06日 | たまには真剣な研究なども

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていた。高温が予想され、熱中症の危険が特に高くなるとかで、高温注意報が出されていた。気温は26.4度から33.3度、湿度は92%から71%、風は0mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の7日は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 今日は遍路札で一緒に作業されている中島先生が、どうしても出席できないので代理聴講してきて欲しい・・と頼まれて、高松市国分寺町にある「讃岐国分寺跡資料館」にやってきた。

 

 ここは、奈良時代に聖武天皇が全国に建てた「讃岐国分寺」跡の資料を展示してある施設で、現在の四国霊場80番札所の国分寺とは全く関係がない。

 

 こうして、旧国分寺跡から発掘された瓦や「セン」と呼ばれるレンガ状のものなど多種多様な資料が展示されている。

 

 こうした瓦類とか・・・

  

 近くには、復元された僧坊もあって見学できるが、今日は暑いのでそちらは遠慮した。

 

 「とにかく、中島の代理で聞いて来て・・・」と言われただけで、どんな先生の、どんなお話なのかわからないで来たのだから始末が悪い。このセンセ、どこかで見たことあるし、この話し方、なんか、クセがあって聞いたことあるなぁ・・と聞いていたが。

 

 あ・・・、おへんろつかさ養成講座で遍路道にある石造物の講義を担当している「片桐孝浩」さんか・・・。香川県の文化財担当の方である。

 

 で、今日は、「讃岐国分寺跡資料館友の会」の行事として、「四国遍路の調査から見えてきたもの」という講題で、世界遺産登録に向けた四国遍路調査から見えたもの・・についてお話された。私は世界遺産登録はちと、ムリなんじゃないかなぁとはいつも思っている。

 

 で、私が聞こうとしたものがこれ。讃岐にある四国霊場の67番札所大興寺には大師堂が二つある。一つは当然、弘法大師をおまつりする大師堂だが、右側には天台宗第三祖智頸(ケンが出ない)を祀ってあるが、その木造座像内部にネズミが引き込んだと思われる納め札である。

 

 ネズミが噛みきったような小片が多く、1,424枚もの納め札になったという。そこには江戸時代後期の文政9年、弘化2年を含むが、多くは明治13年から明治41年の明治ブームのものであったという。出身者は四国4県と広島・岡山などの山陽圏、兵庫・大阪などの近畿圏が多かったという。一般的な数字だなと思った。

 

 その大興寺の成り立ちとか、遍路の記載された過去帳の話とか六十六部廻国者の話とかもあったが、遍路札以外には興味がないので聞き流してしまった。

 

 今日は8月6日、広島原爆忌の日である。朝、ラジオで、慰霊祭の様子を聞きながらやってきた。

 

  今日の掲示板はこれ。「忘れざる ことが供養や 原爆忌」。原爆を、被爆を、戦争体験を風化させることなく伝えていくことこそが、先人への礼儀であり、供養であるというのである。今年で71回目の原爆の日、私の記憶も風化しつつあるが、若い頃の広島の暑い一日を改めて思い出しながら黙祷をした。首相として初めて佐藤栄作さんが広島に来て、原爆資料館を見学したが、資料館を出てきた首相を一目見ようと、みんなが出口に殺到した。私もみんなに押されて、その中に押し込まれた。佐藤栄作さんの顔が引きつったのを鮮明に覚えている。「動くな!逮捕されるぞ!」と誰かが叫んで、流れが止まって、その集団は静かに静かに解散した。あたりは何事もなかったように平静にもどったことを思い出した。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


真夏日が 大股で行く へんろ道

2016年08月05日 | ふるさと散歩

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れている、湿った空気や上空の寒気の影響で雲の広がっている所があった。高温が予想され、熱中症の危険が特に高くなる見込みらしい。気温は26度から32.3度、湿度は94%から78%、風は1mから3mの東北東の風が少しばかり。明日の6日は、引き続き高気圧に覆われて概ね晴れるけれど、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みなのだとか。

 

 さて、ここ3年ほど、8月5日は仲多度郡多度津町にある「多度津町立資料館」へ出かけて、「戦争資料展」を見る日になっている。取り立てて、案内が来る訳でもお誘いのメールが来る訳ではない。なんとなく出かけたら、戦争資料展をやっていた・・・というイメージだろうか。

 

 これが、多度津町立資料館で、普通の民家風。旧多度津藩士浅見邸跡・・・らしい。

 

 毎年、こういう文字の看板になっている。館長さんの川元さんの字だろうか。

 

 こういうチラシが張ってあった。

 

 この将棋・・・。戦時らしいコマになっている。大将が一番なんだろうか。地雷というのは、どんな動きをするんだろうか。

 

 こちらは、東郷減衰元帥いろはがるた・・・というもの。なるほどな・・と眺めていた。

 

 これは兵隊さんのカバンらしい。わが家にも親父のものがあって、子供のころには珍しい者が入っていていじくり回して遊んでいた記憶がある。

 

 貝殻を使った代用しゃもじとか代用鍋とかもあった。

 

 これは「軍国の母」と教科書にも載った人の書である。

 

 多度津町の桃稜公園の上に立っている像の人で「岡田カメ」さんである。一般的に「一太郎やぁい」として知られている人である。ワープロ・ソフト「一太郎」をお使いの人は一度は訪れたい場所だろう。そういうお話も知る人も少なくなったのかも。

 

 こうした疎開児童の写真やら・・

 

 原爆のコーナーが印象に残ったものだった。

 

 今日の掲示板はこれ。「どこか何か 人の世狂い 原爆忌」というもの。いつもの赤松先生のお寺の掲示板にあったことばである。明日はヒロシマの原爆忌。明日も広島は暑いに違いない。私も15回ほど、つまり、15年、ヒロシマの「平和祈念式典」には出掛けたもの。いつもいつも暑い熱いヒロシマだった。こんな暑い夏こそが、広島の夏だなぁと思うことだった。それにしても、最近のニュースは異常だと思う。各地で戦闘は続いているし、爆撃も砲撃も行われている。自死や殺人は後を絶たないし、盗撮や詐欺が日常化し てきている。どこかで私たち人類は「こころ」を失ってしまったのではないか。どこかで、アクセルとブレーキを踏み間違えたのではないのか。「平和」とは一 体、何なのか・・・。そんなことを考えた今日だった。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


蝉ひとつ ベランダで啼く 空の青

2016年08月04日 | 今日もまた、病院に行って・・・。

 さぬき市地方は高気圧に覆われて概ね晴れていたが、大気の状態が不安定なため、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。気温は25.7度から34.0度、湿度は96%から74%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の5日は、引き続き高気圧に覆われて晴れけれど、午後は大気の状態が不安定となるため、夕方から曇りで雨や雷雨となる所がある見込みたしい。

 

 朝方、素知らぬ顔で現場付近を走ってみたら、やはり、上流にある大川ダムの少し広くなった場所で、ダンプカーが転回、ユータンをして、ここに右から左に入ってきて、山土を搬出していた。ま、方法はどうであれ、粉じんが出なければいいだけのことだ。

 

 で、今日は月に一度の「予約診察日」である。今日の予約は11時半だったが、早めに行けば少しは早くなるだろうと思って、9時半に病院にやってきた。

 

 胸部レントゲン検査は、肺に水(胸水)が溜まっていないかを調べる検査である。

 

 検体検査は採血してさまざまな検査を行うもの。検尿検査もあった。

 

 こんな具合なのに、「先生は混んでいますので2時間ほど待っていただきます」とのこと。

 

 隣にやってきたおじいさんは、「そやそや、テレビをみないかん・・」と、この案内板の前に移動した。

 

 移動しても、これはテレビではないので、水戸黄門や大岡越前は出て来ない。しばらく眺めていたおじいさん・・・。

 

 案内板の下にある、この、ドア開閉装置をいじくりだしてエラー音を出して職員に叱られた。これはテレビのリモコンスイッチではないのだけれど。でも、確かにリモコンスイッチに見えなくもないな。

 

 結局の薬局で、レントゲン検査や採血はあっという間に済んだんだけれど、ドクターの診察は11時半になった。ま、いつも通りで問題は無い。ただ、体重が66Kgと、少しばかり増えている。暑いからと運動をしなくなったせいだろうか。うどんもご飯も食べなくなったし、ビールも控えめにしているのだけれど。ドクターは、58Kgにまで落としなさいと言うのだけれど。

 

 病院の診察代や検査代で3,300円に薬代が26,350円の合計3万円弱。年金支給日までは遠い・・・。

 

 「おなかがおきるほど・・・」と、よく言われるけれど、薬でおなかがおきたことは一度も無い。

 

 午後からは相変わらずの「古川阪次郎」に「山口嘉治郎」の講演会用資料の追加や修正作業。

 

 こういった本を「自炊」しておく。

 

 今日の掲示板はこれ。「夏たけて 掘の蓮(はちす)の花見つつ 仏のおしえ 思う朝かな」という昭和天皇の御製のお歌である。夏の訪れと共に、毎年思い出して胸を詰まらせる、昭和天皇の辞世のお歌として知られている。不治の病に苦しまれた晩年のある日、静かに詠まれたこの一首が 最後の辞世の歌となった。皇室の宗教は「神道」であるが、仏教にも深い関心を寄せておられたことがうかがえていたましい。ご存じの通り、天皇家は皇宮神道の宗家本元。その家元さんが蓮の花を愛でて、お釈迦様の教えを改めて知った・・・というお歌を詠まれている。キリストさんがお釈迦さんの説法に感激した・・・みたいなことだ。実に謙虚で誠実な人柄が偲ばれるではないか・・・。私たちにもそんな謙虚さや誠実さがあるだろうか・・・。

 

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。 


少しずつ ヒグラシの声が 多くなる

2016年08月03日 | たまには真剣な研究なども

 さぬき市地方は高気圧に覆われて晴れていたが、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所があるらしいのだが、今のところは雨も雷雨もない。気温は25.4度から32.7度、湿度は94%から59%、風は1mから2mの東北東の風が少しばかり。明日の4日も引き続き高気圧に覆われて概ね晴れるらしいが、午後は大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みなのだとか。

 

 さて、あそこで県道の防災工事とかをやっていて、切り取った赤土をダンプカーで運び出しているのだが、このカーブの向こう側に土建屋さんの作業場がある。そこでダンプカーを転回しているのだが、そのときの粉じんが舞い上がって自家用車や洗濯物を汚しているらしい。

 

 前にも一度、役所宛に苦情を申し入れてあるが、「散水します」ということだったが、この夏場だ。散水したってすぐに乾いてしまう。そこで昨夜にまた役所宛にクレームとしてメールで連絡した。

 

 すると、そこでは転回しておらず、上のダムか、下の三叉路でユーターンしているとの返事が。そんな筈はないやろ・・・。昨年の自治会長はどない、してはったんやろうか。

 

 で、今月20日の歴史講座用のスライドを作っている。

 

 草創の会・・・というのも全国各地にあるらしいが、香川の場合は、こんな本を作っていた。この時に「咸臨丸と塩飽諸島」ということで記事を書いたことがあって、今回の講演会への出講のご縁を頂いたという訳である。

 

 向こうさんの希望では「咸臨丸についての裏話」ということだったが、それも何年か前に皆さんの前でやったことがある。そこで、今回は「開陽丸や榎本武揚」なんかを交えた話にしようと思いつつ、やはり、讃岐の人を・・・ということで、古川庄八・阪次郎のお話になった。

 

 古川庄三の部分はほぼ修正も追加もできたが、今度は阪次郎さんの番になった。

 

 古川阪次郎といえば「笹子トンネル」である。しかしのかかし、「笹子トンネル」といえば「天井板崩落事故」ばかりが出て来る。

 

 四年前の2012年のことだった。

 

 この中央本線の笹子トンネルは明治29年に着工して、6年後の35年11月に完成し、翌36年2月に開通したトンネル。海岸線は敵の艦船や飛行機の標的になるからと山間部を走らせたものだという。

 

 伊藤博文の揮毫になる「因地利」の扁額である。東坑口にある。

 

 西坑口にある山県有朋の揮毫になった「代天工」の扁額である。時代を象徴するトンネルであった。

 

 そういうことをえっちらおっちらとやっていた訳だ。

 

 昨夜は激しい雷雨があったが、セミも空気を読みながら、アブラゼミからツクツクボウシになってきたし、最近は朝の四時からカナカナカナ・・・とヒグラシが鳴いている。

 

 今日の掲示板はこれ。「生きるということは 思い通りにならないということが はっきりとわかることです」というもの。いつも赤松先生のお寺にあったもの。この思い通りにならないからこそ、人は苦しみ、悩み、怒り、泣き、わめいて、暮らすのだ。それが「生きること」だからである。そのことをはっきりとわかれば、悩みも怒りも悲しみもそねみもやわらかくなるというのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


蝉さえも 無言で耐える 峯の寺

2016年08月02日 | たまには真剣な研究なども

 さぬき市地方は湿った空気の影響で概ね曇りで、夕方から夜のはじめ頃まで雨の降る所があるらしい。高温が予想され、熱中症の危険が特に高くなる見込みなんだとか。暑さを避け、水分をこまめに補給するなど、充分な対策をとるように注意している。気温は25.5度から33.2度、湿度は96%から68%、風は0mから2mの北西の風が少しばかり。明日の3日は高気圧に覆われて概ね晴れる見込みらしい。

 

 朝方におしめり程度の雨がふったらしい。今日の空気も蒸し暑い重い空気が漂っていて、メガネやデジカメのレンズが曇る。

 

 遍路札の論文もできたし、報告書の原稿も出来上がったので、参考資料を返却するために、香川県立図書館にやってきた。相変わらずここのクマゼミは賑やかだ。まるで降るように蝉の声が充満している。

 

 今回は趣向を変えて「郷土コーナー」へやってきた。

 

 こういう本を選んでみたが、山口嘉治郎や古川阪次郎の記事は少ない。図書館の検索機で調べてみたら・・・

 

 古川阪次郎で検索しても、山口嘉治郎で検索しても、これ一個しか出てこない。

 

 国立国会図書館で調べても、この本しか出て来ない。

 

 グーグルで検索しても出てくるのは私のHP・・・。

 

 古川阪次郎も、

 

 山口嘉治郎も、私の情報が一番多いらしい。はてさて、どうしたもんじゃろかいのぉ~。

 

 古川庄八で40分、古川阪次郎で30分、山口嘉治郎で20分の計算だが、どうやって時間の水増しをするか・・・だ。

 

 阪次郎の日露戦争での203高地奪還作戦をゆっくりと説明しても時間が余る。

 

 山口嘉治郎の「興亜中学」の情報量も多くが削除されてしまっていて探しようがない。

 

 今日の掲示板はこれ。「口が濁れば愚痴になり 徳が濁れば毒になる」というもの。いつもの赤松先生のお寺の掲示板から。意思が濁れば意地になり、口が濁れば愚痴になり 徳が濁れば毒になる。ああ、意地になってたな。意地にとらわれて、ちっとも子ども達のことを考えていなかった。子ども達のためのつもりの言葉が、いつの間にか愚痴ばかりになっていた。知らぬうちに心が濁ってしまっていたんだ。徳のつもりが独りよがりになっていた。独りよがりの人生観・教育観なんて、子ども達にとってみればはき出すしかない毒にすぎないじゃないか。でも、「ダメ」も濁りがこれれば「タメ」になる。子供を思っての「ダメ」も、濁りがとれれば「タメ」になる。親だって父親だって、もちろん先生だって、ダメ、ダメと言わずに、こどもの「タメ」になるような言葉を用意したいものである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたらいいね。


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