今こうしてキーボードで記事を書いてると、ときおり文字が霞む。
まあ単なる老眼なんだろうが、新聞や本などは眼鏡を外さないと読めないし、長編モノの本は読むのを放棄しまった感がある。
あとやることといったらビールを飲むか、外の景色を見てるしかない。
ときどき旅することあるが、車窓の風景をぼんやり眺めていく、というのがもっとも無難なセンに落ち着く。
けれど初めて乗る路線ではないし、今の日本、車窓風景がとりわけ楽しい訳ではない。
鉄橋を渡ってトンネルをくぐっても、小学生みたいに「走れー走れー」などと心が躍ることはない。
もっとも今どきの子供は、スマホでなにかのゲームしてたり、何かを食ってたりして、走りすぎていく日本の風景を食らいつくように見ている。
なんていう、素朴な少年などまず見ない。
気がつくと、茫然と走り過ぎていく窓の外をじっと見ているのは、自分だけだったりする。
川を渡るが、加工され過ぎている日本の川。
どこも護岸工事がいきわたっていて、人工の川になっている。
遠くの山々は、大きく斜面が切り崩されて傾斜のある住宅密集地か最悪はゴルフ場。
本当の意味の自然のままの日本の風景は、少なくとも列車の走っている周辺にはもうめったに見あたらない。
どこかに必ず家々が見える。
野立ての広告看板も尽きることはない。
だから結局は、みんな同じで窓の外の風景は楽しくないのだ。
つまらぬ記事でした。