何人かの医者を知っているが、どういうわけか自分の健康については無頓着なのが多い。無頓着どころか、素人(医者以外)から見ると無茶をしているようにさえ見える。こちらが健康診断の数値などを心配して聞いてみると盛んに精密検査をすすめるのに、自分の数値が悪くても放置している。本心から「大丈夫だ」と思っているのかどうかは判らない。一つ思い当たるのは、医者は日頃から人間の死が身近にあって、人間いずれは死ぬものという諦念のようなものを持っているのかもしれない。
同じ大学の医学部卒業でたまたま生年が同じであり、何より自宅から一番近い内科医院だったので家族で世話になっていたF医師が先月、すい臓がんで亡くなった。去年の8月、何の前触れもなく突然休診となり、その2か月後には廃業してしまった。そしてその医院は、まだ40代初めの医師が診療所名を変えて、しかし患者はそのまま引き継ぐ形で再開され、その医者も気さくなので引き続きなにかあれば診てもらっている。院長は変わっても建物は同じ、看護婦や事務員は引き継がれているから変化があったとは思えない。再開の後、看護婦にF医師の事を聞いてもよくわかりませんという。学校医や、介護認定など地域医療に熱心だったF医師が無責任な辞め方をするとは思えず、多分なにか体調を崩したのだろうと思っていたが、すい臓がんであっけなく亡くなるとは想像もせず最悪の展開だ。
痩身で少し猫背、薄くなった白髪のために年齢よりは老けて見えた。とても自分と同じ年とは思えなかったが同じキャンパスで過ごした時期もあった(法学部と医学部とはそれほど離れていなかった)わけだから、何度かその頃の話に花が咲いたものだ。もちろん、当時はお互いを全く知らなかったが。わずか数年の付き合いだったがこのように予期しない形で終わりを迎えたことで、今も彼の死が実感としてとらえられないでいる。