旧い友人で大学教授であるアメリカ文化研究の泰斗が、7年間に亘って書きためてきた自身のブログを「Crossing Borders ジャズ/ノワール/アメリカ文化」の題名の単著として出版した。いずれアマゾンでも販売されると思われるが、出版社に手配してわざわざこちらにまで送ってくれた。休み休みだったので6日ほどかけてやっと読了。
著者のブログはこれまでも時折読んでいのたが、単行本として再構成されると、専門的と思われたアメリカ文化論が素人の自分にも理解できるうえに、アメリカ社会についての様々な新しい発見があり、関連する一つのテーマから次のテーマへと読み進んで行ける、まさに越境するような楽しさを感じた。また自分自身今世紀初頭5年ほど駐在したニューヨークが舞台の映画が多く登場していて、同地での生活を追体験するような感覚もあった。この本が特徴的なのは、日記のように日々書き重ねられてゆくブログの「時事的」な性格が全体のリズムとなっていることにある。
この本の中で論じられているアメリカ文化におけるジャズやロック、ヒップホップなどの音楽にまつわるエッセイはいささかレベルが高すぎて正直ついてゆけなかったが、映画については一部自分でも観たものもふくまれていたのでずいぶん想像力を掻き立てられた。例えば、「ポーチの力学」と題するところでは、クリント・イーストウッドの映画「グラン・トリノ」における「ポーチ(日本家屋での縁側のようなもの)」に文化的意味づけがなされていたが、それからは同人の監督・主演になる「マディソン郡の橋」で、ポーチに座っていたメリル・ストリープの人生に疲れた物憂げな姿が連想されたり、「チャーリー・マフィン、再登場」という一節ではこのところの007映画のストーリーと共通するもの(スパイが国家間の争いではなく、資源や環境といったテーマやテロ組織との戦いに関わってゆくように変遷していること)を感じさせられたりした。
この本はつまるところアメリカ文化/文学の専門家のみを対象とすることなく、かと言って素人受けを狙った、単なる読みやすい感想的なものに押し流されていることもない、著者の言葉を借りれば「ポップな文化とアカデミックな考察をつなぐ」ことで普遍性を持たせようとした試みであり、それは十分成功していると言えるだろう。
もちろん、全編を通して改めて著者の博覧強記ぶりと、アカデミックでぶれない視点も良く伝わってくる。このようなアメリカ文化を大きく俯瞰した著書はこれまでに多くはないと思う。
小気味の良いテンポで進んでゆくのと多くの映画が紹介されているので、つい読み流してしまいそうになった。それが気になったので、読みながら登場してくる映画を一覧にして書き留めてみたところ総計400本ほどにもなった。知人にも勧めたい佳書である。