異業種交流というような言葉はもはや死語になっているのだろうが、20年ほど前、ロンドン駐在時に、金融、流通、空運、マスコミ、電機、公務員などの各業界からひと月に一度事務所を掛け持ちで開いていた勉強会というのがあった。ロンドンの日系社会は小さいから、集まるのも簡単、かつ、日本との時差からロンドンの夕刻は比較的平穏な時間を持つことができたのも、このような会合には適していた。駐在員の平均在任期間は5年程度で、離任する際には後継者を指定してもよいししなくてもよいという、緩やかなメンバー構成。長くロンドンに駐在していたから、メンバーの変遷を見守る立場にあった。こういった会合にはつきものだと思うが、構成しているメンバーによって、活発な時期もあれば停滞する時期もある。この会合を通して何か具体的なメリットがあった訳ではないけれども、たとえば東欧で開催された国際会議で偶然会ったりすると、お互い人柄を知っているので話が早くなるということもあったと記憶している。
先日、その隆盛期のメンバーの一人から知人を介して突然の連絡があった。今は第一線からは退いて、或る社団の嘱託となっている。前回会ってから、順調な昇格の後の思いがけない倒産、2年の浪人生活ののち再就職といった、激動の期間を潜り抜けて今があるという。互いの交通の利便性から、霞が関で会うこととし、いささか蒸し暑かった昨夜、涼をとろうとで霞が関ビル前のビアホールへ。待ち合わせ場所では偶々なのか、一目で相手が判るというのは、お互い変わっていないのか、あるいは変わったことに気が付かないのか。
件の勉強会のメンバーについて、こちらは没交渉であったのでその後のメンバーの消息は全く知らなかったが、聞けば一人はすでに鬼籍に入っているというし、また、企業のトップにまで上り詰めながら社の過去のスキャンダルのあおりを受けて失意の中にある人、幾度の転職の末に成功を収めた人まで、まさに波乱万丈の20年だったということを聞かされた。このところロンドンは寒い日が続いているようだ。虎ノ門駅から霞が関ビルに至る、今は緑の濃い階段を上り下りしていると、再開発されたロンドンの金融街を思い出した。