回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

朝の散歩で

2023年05月24日 15時15分40秒 | 日記

去年、かかりつけの医者に勧められ、体に何ヶ所か電極のようなものを付けて血管年齢を調べたところ、淡い期待に反して自分の年齢より2歳ほど上、との結果が出たことに愕然としたことがあった。ただ持病や基礎疾患というものもなく、特段服用している薬もないのでさほど気にしていなかった。

普段は測らないのだが、昨日朝血圧を測ってみると最高血圧が150以上と出た。これまで130を超えたことがなかったのでこれまた愕然。短絡的に運動不足かも知れないと思い早朝に家の向かいの公園を散歩することにした。午前5時半の公園には犬を連れたりジョギングをする若い人が数人。遊歩道のそばに植えられているリラ(ライラックの方が一般的かもしれない)がちょうど満開になっていた。

日本語と同じ音では、ブルガリアにある「リラの僧院」が有名。ただ、発音は同じでもこちらは場所の名前(リラ山脈、リラ川)であって花のそれではない。今から30年以上前、債務交渉でブルガリアに出張した際、空いた時間を使ってその「リラの僧院」を訪ねたことがある。ソフィアから悪路を2時間以上車で走り、疲れ果てて到着したところにこの有名な修道院があった。当時は観光客もそれほど多くなく、壮大な回廊と華麗なフレスコ画でいかにも修道院らしい荘厳な雰囲気に満ちていた。

散歩から戻って一息ついて血圧を測ってみたら127だった。昨日の数値は何だったのか。もうしばらく測り続けなければ安心はできないだろう。明日また散歩して、測ってみよう。

ブルガリア・リラの僧院

公園のリラ(ライラック)

 

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藤の花から

2023年05月22日 14時34分13秒 | 日記

今年はいつになく早く春が到来した北海道だったが、5月に入ってから寒い日が続いていつの間にか例年通り、今、庭の藤の花が見ごろを迎えた。この家が建てられたのとほぼ同時期に植えられたこの藤はいまでは庭の一番目立つところで棚一杯に花をつけている。毎年すこしづつ花が大きくなっているようにも感じる、もう茂り始めた若葉の下に一斉に咲く藤の花は少しの雨や風でも散り始める。庭燈に照らされているとそこだけが明るくなるような気がする。

老いてこそ春の惜しさはまさりけれいまいくたびも逢わじと思へば

橘俊綱

この歌は桜の花の散るのにかけてつのる春への惜別をうたったものだが、すぐにも散りそうな儚げな藤の花を見ていると、段々と歳をとってきた自分はあと何回この光景に出会えるのだろうかと思ってしまう。

半世紀以上前の高校一年の5月、同級生の母親が亡くなってクラスを代表して自宅にお悔やみにあがったことがある。入学したてでまだ顔と名前も一致していないその級友の、玄関のそばの藤が満開だった。泣き濡らした彼女の瞳と真新しいセーラー服姿が今でも鮮やかに思い出される。その後、父親が再婚したという話を聞いた。ほとんどが大学に進学するその高校で、また、父親は大企業の社員だったにもかかわらず彼女は卒業してすぐに銀行に就職した。

卒業アルバムでのどこか憂いを含んだような、色白で少ししもぶくれのその顔は他のクラスメートより大人びて見えた。風の便りでは、就職してほどなくして社内結婚したと。卒業してから一度も顔を合わせたことはない。

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キタキツネ騒動

2023年05月15日 13時36分18秒 | 日記

定期的に様子を見に行っている札幌の空き家にキタキツネが住み着いているのではないか、という連絡があったのは先週の月曜日。向かいの家の奥様から夕方に突然の電話。親キツネと子キツネ2匹の4匹家族がその家の庭から我が物顔に出入りしている。閑静な住宅地であり、犬を連れての散歩や小さな子供がいる家庭もあって不安だと。しかし空き家とはいえ勝手に庭に入ることもできず、町内会で話し合った結果、まずは所有者の許可を得たうえで庭に入り「キツネ一家追い出し作戦」を実施したいということ。その前に区役所に相談したが、キタキツネは鳥獣保護管理法により保護される野生動物であるため住民といえども勝手に捕獲や駆除してはいけない。一方で行政としては公費での追い出し(自然の環境に返す)はやっていないという、役所体質丸出しの対応で役に立たない。

50年以上前から10年ほど前まで義母が住んでいた家であり近隣とは長い付き合いなので迷惑をかけることもできない。町内会長、向かい2軒と両隣の都合を確認したところ14日の日曜日午前、くだんの空き家の庭からのキタキツネ追い出し作戦を決行することになった。運よく快晴、自分も含めて総勢7人が作業着に手袋、熊手やスコップを手にした重装備で集合。向かいのご夫人からは、今朝、キツネ一家が勢ぞろいで道路際のごみ収集箱の上に並んでいたところを撮ったスマホの画面を見せてくれた。そしてそんな話をしていたさなかに庭の片隅でうごめくキツネを発見。写真を撮る間もなく草陰に姿を隠されてしまった。

とにかく初志貫徹と一行で空き家の庭に入ってみた。しかしキツネが巣を作りそうなくぼんだ場所や物陰をしらみつぶしに当たってみたがキツネの生活していたような跡は見当たらない。庭の端まで来てみると人間が一人すり抜けられそうな隙間がありそこからとなりの家の庭に入ることが出来た。そこの庭の片隅に古い木造の物置がありよく見ると土台の下にくぼみが出来ていた。お隣のご婦人はこれまで気が付かなかったということだが、キツネが出入りするには十分なくぼみで、竹の棒を入れてみると奥にはかなり大きな空洞があることが確かめられた。一同、こここそがキタキツネの巣ではないかと確信、しかし事前に人の気配を察してどこかに緊急避難でもしたのか、キツネの姿はどこにも見当たらない。たぶんいくつかある別の巣に移ってしまったのだろう。近くの小石を集め入り口を塞ぎ、念のためにあたりに木酢液をまいておいた。これでしばらくは戻ってこないだろうという期待を込めて。

いずれにしても自分の家はキツネの住処ではなかったから一安心。このために駆け付けた自分に対して町内会長は盛んに恐縮していたが空き家として長年無人だった家が住処としての第一候補に挙げられたのはやむをえないところだろう。

あのキツネ一家、幼い子キツネを連れてどこへ行ったのか、500mほど離れたところにある大きな公園に無事たどり着けたか。そういえばこちらがキツネを探していた間、すぐ近くの家の塀に止まった大柄なカラスが仲間でも呼ぶように大きな声で鳴いていた。このカラスはまだ小さな子キツネを狙っていたのか。

キタキツネと言えば1978年公開のドキュメンタリー映画「キタキツネ物語」(2013年にリニューアル版公開)を思い出す。たかがキタキツネの追い出し作戦。しかし人間と野生動物の共生、子供やペットへの危害の可能性、伝染病の恐れなど、考えれば考えるほどいろいろなテーマが浮かび上がってくる。

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神秘の湖

2023年05月11日 14時50分50秒 | 日記

40年以上前の5月、特に旅程も決めずに北海道を車で旅行したことがある。その時撮ったはずの写真はいつの間にかどこかに散逸してしまい、正確な場所や風景を思い出す術もないのだが、旅の途中、然別湖という、山を抜けて行った先に拡がる、原生林に囲まれた湖を訪れたことがあるのだけは確かな記憶として残っている。

今年春、頭の片隅にあったこの湖をもう一度訪れたいと何故か思った。ただ今回は前回のような行き当たりばったりの旅ではなくあらかじめ宿を予約していこうと。

5月も中旬になろうとしているのに裸の木が目立つ、北海道は早春の景色が広がっていた。湖に向かう途中の開けたところから望む十勝平野。

白樺を中心とした原生林を抜けて目の前に現れたのは曇天の空の下に眠っているような然別湖。

ここは標高800m、周囲の山にかかっているのは霧なのか雲なのか。

トンネルを抜けた先にある湖畔には近代的なホテルが一軒だけ、少し奥まったところには数年前に廃業した無人のホテル。小さな旅行案内所以外には建物はなく、生活感は感じられない。前回観たのは確かにこんな湖だったと思い出したが、泊まったホテル(旅館?)の記憶は全然蘇ってこない。7階の角部屋からは夜になるとさっき通て来たトンネルからオレンジ色の照明が漏れてきていたが車の通る気配もない。湖の桟橋では緑色の貸しボートが船底を上向きにして甲羅干しでもしているようだった、この時期、ボートに乗る旅行者はいないのだろう。

この、いささか気恥ずかしいが神秘の湖(北海道の、森に囲まれた周囲に人家のないような湖ならどこでも神秘の湖、と言えそうだが・・・)と称している然別湖から30kmほど北の方にある糠平湖の近くには、一年のうち半分はダム湖の底に沈むという、かつての国鉄の建設した橋梁が有名。

6月から徐々に水位が上がってやがて水面下に姿を消すという橋梁は今はその全景を見ることができる。その素朴な姿は、ローマ軍が建設した水道橋をちょっと連想させる。近くに行くにはガイドを雇ってのツアーとなるが今回は時間もなく、かなり離れた展望台からの遠景で我慢することにした。

道路から180メートルほど雑木林を抜けたところにある展望台への道すがら、大きな木の下でひっそりと咲いていたフッキソウの花を見つけた。

もう一度訪ねてみたい場所はいくつもある。ただ、残された時間はあまり多くないような気がする。

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