ひげ爺は、女房に移されたと思える風邪のため 月初めから10日ほどは 出国
禁止の拘束状態で、二度の病院通い以外は ベッドで過ごすことが多かった。
でも春の行事を行いながら、何となく「立春大吉」のウキウキ気分で過ごせた。
2月3日の節分には、イワシを焼いてその頭をヒイラギの枝先に刺して神棚に
奉じたあと、形ばかりの「豆まき」をしてイワシの頭は門の両側に立て置いた。
それは春を迎え、邪気(鬼)を追い払い幸運(福)を招くという行事になっている。
節分の翌日の4日が立春で、暦の上でも この日から 春を迎えたことになる。
寒暖差の大きい日が続いたが、玄関前の梅が花を開いて 春を知らせていた。
9日には、自宅で収穫した夏ミカンを使っての 手づくり「マーマレード 」づくり。
夫婦の手づくり品は、差し上げる瓶が3個と自家消費のタッパが4個になった。
11日が「建国記念日」で12日が「初午」、前夜から自家産大根を「鬼オロシ」
ですりおろし、鮭などの具材と合わせて煮込む郷土料理の「スミツカレ」づくり。
早朝に お稲荷様へお参り、炊いた赤飯と出来た郷土料理を奉じてから朝食。
「立春大吉」のいわれは、立春過ぎから雨水までの2週間に「春」を迎えて祝う
慶事で、節分で追われた鬼が 戻ってこないよう 門前に「吊し紙」をしたと云う。
表からも裏からも同じ 左右対称の四文字に、鬼が迷って入れないのだと・・・。
そういえば、私の親戚は水谷真由 平田大介 中川圭太等 左右対称者が多い。
この期間中は、一年の無病息災を祈りながら 「春めかしい」気分で暮らせる。
『そして今日は バレンタイン、なぜか ウキウキしている 』 と、ひげ爺の独り言。
気分は「立春大吉 」ながら、この老人にチョコレートが1個でも届くのだろうか。
禁止の拘束状態で、二度の病院通い以外は ベッドで過ごすことが多かった。
でも春の行事を行いながら、何となく「立春大吉」のウキウキ気分で過ごせた。
2月3日の節分には、イワシを焼いてその頭をヒイラギの枝先に刺して神棚に
奉じたあと、形ばかりの「豆まき」をしてイワシの頭は門の両側に立て置いた。
それは春を迎え、邪気(鬼)を追い払い幸運(福)を招くという行事になっている。
節分の翌日の4日が立春で、暦の上でも この日から 春を迎えたことになる。
寒暖差の大きい日が続いたが、玄関前の梅が花を開いて 春を知らせていた。
9日には、自宅で収穫した夏ミカンを使っての 手づくり「マーマレード 」づくり。
夫婦の手づくり品は、差し上げる瓶が3個と自家消費のタッパが4個になった。
11日が「建国記念日」で12日が「初午」、前夜から自家産大根を「鬼オロシ」
ですりおろし、鮭などの具材と合わせて煮込む郷土料理の「スミツカレ」づくり。
早朝に お稲荷様へお参り、炊いた赤飯と出来た郷土料理を奉じてから朝食。
「立春大吉」のいわれは、立春過ぎから雨水までの2週間に「春」を迎えて祝う
慶事で、節分で追われた鬼が 戻ってこないよう 門前に「吊し紙」をしたと云う。
表からも裏からも同じ 左右対称の四文字に、鬼が迷って入れないのだと・・・。
そういえば、私の親戚は水谷真由 平田大介 中川圭太等 左右対称者が多い。
この期間中は、一年の無病息災を祈りながら 「春めかしい」気分で暮らせる。
『そして今日は バレンタイン、なぜか ウキウキしている 』 と、ひげ爺の独り言。
気分は「立春大吉 」ながら、この老人にチョコレートが1個でも届くのだろうか。