ひげ爺の独り言

髪が薄くなり髭はごま塩の「ひげ爺」、旅行会社を定年退職して16年。 高齢となって転居した大宮での隠居ぐらしを投稿します。

株価低迷でも円高続く

2011-11-29 09:28:47 | 社会・経済・国際 
先週末の日経平均株価は、年初来安値を更新し8160円まで下げている。
東日本大震災で一時的に下げた株価だが、いまやそれが原因ではない。
ギリシャの放漫財政による財政危機が、欧州の財政不安に波及している。
国家財政の危機が、欧州全域の金融機関に財務悪化を生じさせている。
金融機関の財務悪化は、金融不安を起こし貸し出しの抑制につながる。
すると、投資意欲は減退し 世界的に株価を押し下げることになってしまう。
欧州リスクが世界経済に影響し、その先行き懸念を生じさせているようだ。

そんな中での余裕資金は、比較して安定的な国や資産に向け投資される。
その結果「日本円」が買われて、円は実態にそぐわない高値が続いている。
日本の為替介入には、米国や世界は冷ややかで効果も限定的のようだ。
各国が自国のことに精一杯の状態では、円高基調は続くことになるだろう。
円高の長期化は、日本の輸出企業の利益を消滅させ競争力が失わせる。
輸出産業の業績悪化や海外移転は、景気低迷を増幅し雇用も減少する。
国民も企業も、我慢節約志向が強まって日本経済はシュリンクしてしまう。

東証の一部に上場している株価総額は、時価で250兆円とも云われる。
大震災発生前に比べて、20%にあたる50兆円が目減りしているという。
二部や大証や土地・債権等を加えると、国家予算に匹敵する額にもなる。
銀行はじめ金融業界の損失は大きく、その影響も一層深刻になるだろう。
一国から広がった危機が株価と為替相場に世界的変動を起こしている。
「いくら円高でも、私の預金が増えた事にはならない」と、ひげ爺の独り言。
東電を空売りした誰かと、為替介入に合わせて円を売買した誰かがいる。
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坂東札所めぐり 第四回

2011-11-22 17:23:06 | 旅行・秘湯・巡礼 
立冬過ぎの11月14日、坂東十七番の札所 出流山満願寺に向かった。
出流山の門前はお蕎麦どころとして知られ、ちょうど新蕎麦の時期になる。
そこで霊場参拝を兼ねて、紅葉と新そばを味わいに出かける事になった。
今回の参拝には、霊場めぐりでは先輩格にあたる姉夫婦が連れ添った。
昼の蕎麦は1升を注文したが、多くて食べきれず少し持ち帰りとなる始末。
「お寺は満願 お店は満員 お腹は満腹で 財布は・・」と、ひげ爺の独り言。
後の日、十二番札所の岩槻慈恩寺に参拝したので合わせて載せておく。

坂東観音霊場十七番: 出流山 満願寺 本尊: 千手観世音菩薩
栃木インターから、北西に向かって採石場を抜けると出流の集落に到る。
つきあたりが満願寺で、境内は広く大小のお堂が趣き深く点在している。
天平の時、日光開山の祖勝道上人が日光より一歩早く開いたものと云う。
また、弘法大師が勝道上人の徳を慕って千手観音を造立したと云われる。
山門先に駐車場、左右に薬師堂と鐘楼がありその奧に本坊会館がある。
その先の石段の上、杉木立の中に本堂があり千手観音が奉られている。
さらに上には、奥の院などあるが参道工事のため通行止めになっていた。

坂東観音霊場十二番: 華林山 慈恩寺 本尊: 千手観世音菩薩
さいたま市岩槻区の北方に、我が家から最も近い札所の慈恩寺がある。
慈覚大師円仁が、唐の長安で学んだ大慈恩寺にちなんで開かれた寺だ。
最盛期は塔中も多かったと云うが、火災にあって大寺の面影は失った。
寺を囲む塀などはなく、道路から階段だけの境内は開放的な雰囲気だ。
しかし江戸後期再建の本堂は、天台密教の基らしい構造になっている。
欄間には鳳凰や孔雀の彫刻、千手観音の左右に不動明王と毘沙門天。
少し離れた所に西遊記で有名な玄装の遺骨を納めた十三重石塔もある。
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高齢な母が腰を骨折して

2011-11-15 09:06:14 | 食楽・年金ライフ 
96歳の母は、認知症が進み食欲は旺盛でも体力や知力は衰えている。
妄想も多くなり、介護認定を受けて週4回のデイサービスを受けていた。
三月中旬、玄関で崩れ転んで左腰を痛めたが、診断は「骨に異常なし」。
数日後、痛みが続くので再検査したら「ヒビ骨折」の状態だと云われた。
左足や腰に加重しないよう指示され、家でも車椅子の生活が始まった。
車椅子の動線と安全確保のため家の一階を模様替えしたが、母は怪我
を理解できないから動き出す。私は昼も夜も看視しながら日々だった。

4月9日、介護施設で動いて「完全に骨折」してしまった。痛みが激しくて
救急車で病院に搬送。医師は高齢を心配しながらも手術をすすめる。
13日に手術。その日が誕生日の私は、眠らず徹夜の病院泊りになった。
入院中、母の対応に困った病院は夜の看視役を度々私に依頼してきた。
手術後も病院でリハビリを予定していたが、2週間で退院してくれと云う。
医師や看護士の指示が通らないことが理由で、「病院で骨折した」では
困るのだろう。施設に相談し2週間の短期入所をお願いして退院した。
施設でも相変わらず動き、5月5日に今度は右の腰を骨折してしまった。
退院一週間で、同じ病院の同じ階の同じ部屋に戻って「また来ました」。
医師は手術を薦めるが、骨も筋力も弱まり自宅での生活は危険との話。

介護施設に入る事を条件に、痛みをとる目的の手術を5月9日に行った。
母は術後早速に這い出しを試みる始末で、抜糸したら即退院だという。
施設が3週間の入所を受け入れてくれたので、5月17日に退院した。
7月初、骨がもろく金具が固定されないために痛みを発していると言うの
で、ビスを抜き取る手術を行い、以降徐々に痛みが和らいでいるようだ。
「運悪く骨折したが、手術後は運良く施設に入れた」と、ひげ爺の独り言。
短期を繋ぎ繋ぎしながら継続入所し、9月から正式な長期入所になった。
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坂東札所めぐり 第三回

2011-11-08 08:04:32 | 旅行・秘湯・巡礼 
11月3日、薄曇りのなかを車は渋滞もなく都内から東名高速を西に進んだ。
相模一ノ宮の寒川神社に参拝して、西相模地域の札所めぐりへ向かった。
一年間の出向で川崎に住んでいる娘に、炬燵を届ける役目も兼ねている。
平塚の光明寺から厚木の長谷寺を参拝し、昼に娘と座間駅で落ち合った。
「娘と3人での昼食は、このザマを見る前のことにした」と、ひげ爺の独り言。
食事後に座間の星谷寺を参拝し納経し、娘の住む川崎の平間にまわった。
娘と荷を降ろしてナビ操作、帰路の距離はジャスト100キロを表示していた。

坂東観音霊場七番: 金目山 光明寺 本尊: 聖観世音菩薩
平塚市街から北進して行くと、金目川に沿う金目と言う所に光明寺がある。
石の柱門に続き仁王門、その先の正面に本堂 左に大聖歓喜天堂がある。
海女が河口で観音像を拾ったとの伝承から、「お腹ごもり観音」と云われる。
源頼朝の妻 北条政子も祈願したことから、将軍家の祈願所にもなっている。
本堂に聖観音が奉られているが、何故か千羽鶴が数多く奉納されていた。

坂東観音霊場六番: 飯上山 長谷寺 本尊: 十一面観世音菩薩
厚木インターから、丹沢山に向かって進むと飯山温泉の先に長谷寺がある。
僧 行基が通りかかった折、菩薩が現れたので観音像を刻み奉ったと云う。
坂道の途中に駐車場があり、周辺には桜が多く10本の冬桜が咲いていた。
道は石段になり、仁王門からの急な石段を上がると石灯籠が並んでいる。
正面奧の本堂は、江戸時代の建築で 柱や高欄に格天井や厨子は重厚だ。

坂東観音霊場八番: 妙法山 星谷寺 本尊: 聖観世音菩薩
小田急座間駅からほど近い所に、星の谷観音とも呼ばれる星谷寺がある。
山門や仁王門はなく、入り口には古くはないと思える仁王像が立っている。
行基が、森の古木の根洞から読経の声を聴いて観音像を発見したと云う。
本堂の欄間に豊満な天女彫刻があり、根下がり紅葉の古木が置いてある。
また、特殊な梵鐘や星の井戸など 七不思議と云うものが伝えられている。
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俳優 滝田 栄 氏の講演

2011-11-01 09:45:56 | 地域活動・つながり
我が家の墓がある寺は、末寺ではあるが真言宗豊山派に所属している。
その宗派の組織による催し物が、講演会と演奏会を合わせて開かれた。
お付き合いがあって、住職さんからお誘いをいただき有り難く参加した。
四年前に続く二回目で、大震災からの復興祈願の意も込められていた。
弘法大師の足跡にちなんで「同行二人」(どうぎょうににん)をテーマに、
「一人じゃないよ、私も一緒に歩いてるんだ、だから一緒に頑張ろう」と。

講演は俳優の滝田栄氏で、大震災を想い「命に輝きを・・」と題し話した。
最近の滝田氏は、舞台活動のかたわら執筆や講演などで活躍している。
また仏教に対して造詣が深く、インド訪問や仏像彫刻でも知られている。
仏像の彫刻は、父や母の死に際し感謝をこめて彫り始めたものだという。
講演では、家族のことや自らが経験した苦労や 俳優の難しさを語った。
また 難しい役に悩み挫折しそうな時、背景となる土地や寺を訪ねて主人
公を想い、光を見いだし悩みが解消し救われた事があったと言う。
そして、仏様との関わが「有り難いと思う気持ち」から始まったと語った。

氏は、物質の豊かさを求めて高度成長していった時代に 失った物や幸
せの本質を考え、「物も心も時々掃除しないと汚れてしまう」と語った。
マハラージャとヨギラージャ、これからは後者の意味が大切になると。
それは力や富による大王的思考でなく、心や魂による精神型思考だと。
仏様や大師様は、物よりも心の幸せを求める事の大切さを教えている。
「妻との札所めぐりは 意味は別にして同行二人だ」と、ひげ爺の独り言。
私達夫婦が始めた霊場めぐりは、時代も年齢も丁度良かったようである。
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