ひげ爺の独り言

髪が薄くなり髭はごま塩の「ひげ爺」、旅行会社を定年退職して16年。 高齢となって転居した大宮での隠居ぐらしを投稿します。

越生五大尊でツツジ鑑賞

2022-04-26 07:25:18 | 家庭菜園・庭・花 
一年中が連休続きのひげ爺は、病院と買い物以外にほとんど予定のない暇な毎日。
友人に同様の「暇人」がいて、どちらからともなく「花見行楽」の話題になった。
24日(日曜日) の「暇つぶし」を相談、ツツジが見ごろの時なので 埼玉県西部の
越生町にある「五大尊のツツジ」の見学で一致、周辺の観光も含めて具体化した。
そこは「越生の梅林」に加え「ツツジ」も有名、当日は午後から 小雨との予報だ
ったが予定通り車で10時に出発、下道を坂戸市経由で走り11時半に到着した。

小学校に隣接する「つつじ公園」は、斜面を埋める 1万本のツツジが満開だった。
園内の坂道を回遊して車に戻り、町中の割烹「魚愛」でおすすめ鰻玉丼での昼食。
午後は 町の西にある越生梅林を経由し、 10分走った山中の 古刹「龍穏寺」へ。
ヤマブキとシャガの花咲く参道から石段を上ると、境内には「太田道灌像」があ
り石段上に本堂があって、左側の細い石段の上には「道灌」と父「道真」のお墓。
参拝が終わると2時半で、ポッポッと雨が降ってきたが傘が必要なほどではない。

黒山三滝も近いが雨が心配、逆に越生へ戻り名物の「一里飴」と「梅干」を購入。
そして川越経由に帰路をとると、途中で 運転する友が「腹がへった」と言い出す。
川越「蔵の街」の有料に車を止め、街中を歩き甘味処「金笛うんとん」で一休み。
お昼を腹いっぱい食べて、さらにおやつで餡入り団子を食べたら血糖値が心配だ。
『車を提供し運転までした友人の希望を、気の小さい私は断れない』と、独り言。
お土産込み総支出が 3,540円と低く、満足度と血糖値の高い「暇つぶし」の一日。
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街なか散歩32〔倉賀野宿〕

2022-04-12 07:27:28 | 食楽・年金ライフ 
春爛漫真っ最中の8日、中山道の宿場町「新町宿」と「倉賀野宿」の散策に向かった。
今回は二つの宿場町に加えて、岩鼻の古墳などを廻りたかったのでレンタカーを利用。
本庄宿から神流川を渡ると群馬県で、橋詰の右にある小さな常夜灯が出向けてくれる。
進むと「新町宿」に入るが、当初は玉村を経由していた街道を 直線的に変えた後にで
た宿場で規模も小さくなかったが、今は面影も見あたらず 散策して回る史跡等もない。
街道脇の「明治天皇行在所跡」に立ち寄って、旧中山道をそのまま北西方向に進んだ。

街道を走り JR高崎線の踏切を越えた先に、倉賀野追分「下町」があり 宿場町に入る。
まずは古商家利用の公共施設「おもてなし館」に立ち寄り、資料を頂いて車を預けた。
「倉賀野」の古くは武将の本拠地であり、江戸時代には中山道の江戸から12番目の
宿場町として、さらには利根川と烏川の川運を利用した物流拠点として大いに栄えた。
車を預けて散策を開始、街道を江戸方面に戻り「大山家」前から例幣使街道との分岐
地点で「道標」「常夜灯」を見学し、Uターンして 中町の古民家風の店でお蕎麦の昼。

食後 西に向かうと「本陣跡」の木札、さらに進むと右側に史跡「高札場/ 問屋場跡」。
その先が「上町」で、右側に明治期の建物を残す「脇本陣跡・須賀喜太郎家」がある。
さらに歩き古刹「安楽寺」を参拝して街道を離れ、市街地を南に入って「倉賀野神社」
から「倉賀野城跡」を廻り、烏川の河岸跡を眺めて出発地「おもてなし館」に戻った。
おもてなし館で貰った資料は、おもてなし/どころか表も裏もあった!』と、独り言。
車で次の目的地へ、そこは江戸時代から一気に古代へ移って 岩鼻と綿貫地域の古墳群。
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