こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

「葬送」-惜別の正体 (完結)

2014年12月06日 00時05分52秒 | おれ流文芸
過酷といっていい、厳しい職場環境の夜の仕事だった。そこで働く顔ぶれを見ると、まるで人生の吹き溜まりといった感がある。昼勤務には普通の会社のように若い世代が活躍しているが、夜は社員になれない中高年の天下だった。しかも半数以上は日系ブラジル人や中国研修生が占めている。残る日本人の六割は保証のない時間給で働くアルバイトかパートだった。
 同じ境遇の吉森はコンビニで働いた後、夜中の十二時から明け方の五時、六時までの勤務だった。そのコンビニもアルバイトだと聞いている。深夜の時間給千円を得るために疲れ切った体に鞭打っていたのだろう。
「実は吉森はん、死ぬ前の日にメールいれてくれとんや」
「マール?」
「最初で最後のメールになってしもうたわ」
 そういえば、吉森は仕事中しょっちゅうパソコンの話をした。唯一の趣味道楽らしかった。
「パソコン教室に勤めてる娘直伝なんやで。分からんことがあったら、何でも聞いてや。ただで教えますさかい」
 誰彼なくそう吹聴する吉森の姿を憶えている。
「メールのやり方を教えてくれてはっててな。もうすぐ孫が出来るんや。そやけどおじいちゃんなんて、年寄りくそうてかないまへんわ。そないなメールで、おどけてて……」
 小倉の言葉は詰まった。感極まったに違いない。身近な人の死は、現実的な生き方を選択している人間をも感傷的にさせてしまう。
「おはよう」
 ドヤドヤと他のスタッフが姿をあらわした。もう仕事を始める時間だった。フライヤーにしろ、魚焼き機にしろ、いったん機械を始動させると、コンベヤーを止めるわけにはいかない。人間が人間であることを一時忘れて、機械の部品にならざるを得ない。そんな仕事をやっているのだ。
 夜中の十二時。吉森の出勤時間だ。思わず外部に通じるスイングドアに目を向けた。
「おはようさん!今日は仕事ありまっかいな」
 底抜けの笑顔。抱えている事情のかけらすら感じさせない張り切りように、スーッと疲れが抜ける。すかさず応じる。
「おはようさん。ちゃんとおまはんの仕事残しとるで……?」
 スイングドアは開かない。
 目を戻した。手元に柵取りしたマグロがある。あと五百切ればかり、刺身をひかなければならない。そして盛り皿を用意する。二時過ぎから刺身の盛り付けだ。今日は二百五十の会席に配膳する皿盛りとオードブル。
 助っ人の吉森は、もう来ない。そう永遠に。
「お疲れさん」
 六時過ぎに仕事場を出た。もう誰も吉森の噂話をしない。明日には、あえて思い出しもしないだろう。そして、忘れていく。
(死んだら、おしまいなんやで……)
 頭の中で誰かがささやいている。
              (完結)

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