こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

父の存在・その2

2014年12月10日 00時08分08秒 | おれ流文芸
「でも…」
「大丈夫やから、心配せんとき。お父さんかて、あんたの幸せになる事、放っとく筈あらへん。なあ」
 多津子の言葉は優子の気持ちを楽にさせた。
「ほな、先に寝る。お休みなさい」
 優子は軽く頭を下げると部屋を出た。源治の反応を確かめるまでもなく、優子は後の始末を多津子に託しきっていた。
 あれから両親二人の間で何が話されたかは想像も出来ない。しかし、今朝の源治の態度には明らかに前進が見られていた。多津子を信じて任せたのは正解だったと優子は思った。
 卓也が伯父の小杉を伴って姿を見せたのは、予定の時間より三十分も早かった。
 黒の礼服を着込んだ小杉は、あまり馴れていない様子で、頻りに額の汗をハンカチで拭っている。それでも汗は止まりそうにない。
 卓也の方も、優子と一緒にいる時とは、まるで別人を演じていた。ちょっと不良っぽい仕草、優子が好きになった一面なのだが、スーツに身を固めた卓也からは消え去っていた。
 彼らの早い訪問に源治は滑稽な程慌てた。股引き姿でいたのでは、まあ、当然の混乱ぶりなのだが、優子の知っている限りの父で、未だかって、こんな風に慌てたのは記憶にない。
「今日は、まあ突然押しかけましてな…」
 小杉が前口上を言っている間、源治はいとも神妙に頭を下げて聞き入っていた。
「…そう言う次第で、こちらの娘さんを、卓也の嫁として迎えたいと、今日はご両親のご承諾を得に足を運ばせて頂きました」
 不馴れに思えた小杉なのに、しっかりした口調の口上は意外なものだった。
「ハ、ハー、それはご丁寧に、どうも」
 米撞きバッタよろしく頭を下げる源治は、舌を噛みかねない調子で受けた。
 多津子は、後で固くなって控えていた優子の傍に静かに座った。母親の顔になっていた。
「どんなもんでっしゃろか?」
 小杉は源治の意向を訊いた。
 源治は瞬間、金縛りにあった感じで動きを止めた。次にどんな言葉が吐き出されるのか、場の雰囲気は源治を注目して緊張した。
 優子はゴクリと思わず唾を呑んだ。その手をソーッと多津子の手が押し包んだ。手の温かさが優子の募る不安を抑えてくれた。
「…ふつつかな娘に、勿体ない話で、有難い思てます」
 えらく素直な台詞が源治の口から出た。
「そやけど、今年の末っちゅうのは早過ぎまっせ。そない慌てんでも、ええと思うし…」
 やっと解放されたのか、急にいつもの源治に戻ってクドクド注文をつけ始めた。
「まあ、それは追々話し合うて決める事にしまして。とにかく、今日はお父さんのええ返事を聞かせて貰うた言う事にしといて、ほれ、お前からも挨拶さして貰わんかいな」
 小杉は言葉巧みにまとめると、隣でしゃちこばっている卓也の出番を促した。
「江森卓也です。優子さん、幸せにして見せますので、どうぞよろしくお願いします、お父さん」
「まだ、お父さんは早いがな。わし困るで…」
 源治の大袈裟な口調に座はゆるんだ。小杉がプッと吹き出し、当の源治も誘われるように笑い出した。卓也は顔を赤く染めて、面目なさそうに頭をかいていた。
 優子は、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
「もう、これで万々歳や!」
 多津子が囁いたのは、卓也と小杉を混じえての酒盛りが始まった時だった。
 台所でご馳走の用意と酒の燗つけに入った多津子と優子は調理台を前に並んで立っていた。多津子は嬉しくて堪らない風だった。
「そうだといいけど」
 優子は、まだ半信半疑の体でいる。それに未だ未解決な部分が残されたままだと考えれば、到底お祭り気分になれるものではない。
「結婚式、どうしても十二月でないと…」
 それを過ぎると完全な妊婦さんになってしまう。大きなお腹を抱えての結婚式も珍しくない時代とは言っても、優子も女として、晴れやかな花嫁衣裳を身に着けるのが夢である。
「それも、もう決まったと思っていいの」
「でも、お父さん…まだ早いって…さっき言ってたでしょ。妊娠してるから結婚式を早くしたいって事知らへんもん。それに、そんな理由知ったら、へそを曲げるかも…」
 優子は源治の心変わりを恐れていた。自分については自堕落なくせに、他人にはケジメを求める源治の勝手さを見て育った娘だけに、そんな心配をするのも止むを得なかった。
「判ってないな、お父さんを」
「え?」
「知ってたよ、大分前から」
「お父さんが?」
「そう。実は私もビックリしたんだけど、父親の勘てやつかな。この結婚話が出るちょっと前に、『おい、うちの娘、最近生理あるんか?なんか変やがな』なんて訊いて来るんだから」
 多津子は、その時を思い出したのか、苦笑いして見せた。
「おーい!酒、まだか?はよ、お代わり持ってこんかいな!」
 源治が怒鳴って寄越した。その怒鳴り声は機嫌の良さを示すかのように明るかった。
「はーい!ただいま!」
 多津子は打てば響く太鼓みたいに返事した。考えてみれば、いい関係の夫婦である。
「ほら、あんなに機嫌いいじゃない。これからは私ら親の出番。万事任しときなさい」
「うん」             (続く)

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