「ああ、まだ決めてない」
「頼りないこっちゃのう」
懐かしい父の口癖が出た。
「…俺、百姓できるかな?」
「アホ、お前に百姓ができるかいな」
父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。
「もう、こっちで落ち着くんやろな」
「うん、ここが一番ええ」
本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。
「だったら就職したらええがな」
「いい働き口あるかな?」
淳二は他人事のように軽く言った。
「ゆっくり探したらええ」
父との会話は、それで終わった。
淳二は三年ぶりの自分の部屋でグッスリと熟睡した。夢のカケラも見なかった。眼が覚めた時は、既に昼過ぎだった。余程、東京での生活の疲れが溜まっていたに違いなかった。
十日ばかりゴロゴロして暮らした。誰が文句を言うでもなく悠々自適だった。
食事は時間になると母が準備してくれた。そんなご馳走ではないが、母の手作りは美味かった。ちゃんと息子の嗜好を心得た配膳だった。
「どうじゃ、ここを受けてみんか?」
頃を見計らったように父が言い出した。
「ちゃんと市長に頼んどいたから大丈夫や」
父はさも嬉しげに言った。
父が持って来た話は、市の臨時職員採用である。幸運なら正規の職員に引き上げられる可能性があるらしい。
「これが申し込み書や。明日が受け付け機嫌やで、今日中に書き込んで出したらええ」
すっかりその気になっている父を前に、淳二は素直に頷いた。
十日後に面接があった。集団面接と言うので、六人ばかり並ばされて質問された。強張った顔付きで居並ぶ五人と隣り合わせでも、淳二はいたって平静に構えていた。
「公務員を志望する動機は何ですかな?」
白髪のいかめしい顔の男が無表情で訊いた。
「市民に奉仕する立派な仕事で、誇りを持って働くつもりであります!」
国鉄清算事業団から来たと言う男が、えらく四角張って答えるのに思わずニヤッとした。どうにも可笑しくて堪らなかった。
他の四人も似たり寄ったりの答え方をした。
(…ああ、面接はあんな風に答えるようになっているのか。しかし、俺出来るかな?)
そんな事を思っているうちに、淳二の番が来た。まあいいやって気持ちで答える事にした。
「田舎でやり直すには一番適当な仕事だと考えました。やれるかどうかは分かりませんが…」
いかめしい顔の男も、居並ぶ五人も少し妙な反応を見せたのが気配で感じられた。
(どうもお呼びでないようだな…)
淳二は、もうどうでもいいような気持ちになった。不採用になれば父も母も気落ちするに違いないが、自分の肌が合わない仕事はご免だった。どうせ長続きする筈がない。
ますます気楽になった淳二は、後の質問も思った通りの事を言った。軽口を叩きもした。
結果はやはり不採用だった。
「わしの力も足らんかったのう」
淳二から通知を見せられた父は、悪戯をして見付けられた子供みたいな表情になった。
「本人の力が一番足らんかったんじゃ」
淳二は悪びれずに言った。
「頼りないこっちゃのう」
懐かしい父の口癖が出た。
「…俺、百姓できるかな?」
「アホ、お前に百姓ができるかいな」
父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。
「もう、こっちで落ち着くんやろな」
「うん、ここが一番ええ」
本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。
「だったら就職したらええがな」
「いい働き口あるかな?」
淳二は他人事のように軽く言った。
「ゆっくり探したらええ」
父との会話は、それで終わった。
淳二は三年ぶりの自分の部屋でグッスリと熟睡した。夢のカケラも見なかった。眼が覚めた時は、既に昼過ぎだった。余程、東京での生活の疲れが溜まっていたに違いなかった。
十日ばかりゴロゴロして暮らした。誰が文句を言うでもなく悠々自適だった。
食事は時間になると母が準備してくれた。そんなご馳走ではないが、母の手作りは美味かった。ちゃんと息子の嗜好を心得た配膳だった。
「どうじゃ、ここを受けてみんか?」
頃を見計らったように父が言い出した。
「ちゃんと市長に頼んどいたから大丈夫や」
父はさも嬉しげに言った。
父が持って来た話は、市の臨時職員採用である。幸運なら正規の職員に引き上げられる可能性があるらしい。
「これが申し込み書や。明日が受け付け機嫌やで、今日中に書き込んで出したらええ」
すっかりその気になっている父を前に、淳二は素直に頷いた。
十日後に面接があった。集団面接と言うので、六人ばかり並ばされて質問された。強張った顔付きで居並ぶ五人と隣り合わせでも、淳二はいたって平静に構えていた。
「公務員を志望する動機は何ですかな?」
白髪のいかめしい顔の男が無表情で訊いた。
「市民に奉仕する立派な仕事で、誇りを持って働くつもりであります!」
国鉄清算事業団から来たと言う男が、えらく四角張って答えるのに思わずニヤッとした。どうにも可笑しくて堪らなかった。
他の四人も似たり寄ったりの答え方をした。
(…ああ、面接はあんな風に答えるようになっているのか。しかし、俺出来るかな?)
そんな事を思っているうちに、淳二の番が来た。まあいいやって気持ちで答える事にした。
「田舎でやり直すには一番適当な仕事だと考えました。やれるかどうかは分かりませんが…」
いかめしい顔の男も、居並ぶ五人も少し妙な反応を見せたのが気配で感じられた。
(どうもお呼びでないようだな…)
淳二は、もうどうでもいいような気持ちになった。不採用になれば父も母も気落ちするに違いないが、自分の肌が合わない仕事はご免だった。どうせ長続きする筈がない。
ますます気楽になった淳二は、後の質問も思った通りの事を言った。軽口を叩きもした。
結果はやはり不採用だった。
「わしの力も足らんかったのう」
淳二から通知を見せられた父は、悪戯をして見付けられた子供みたいな表情になった。
「本人の力が一番足らんかったんじゃ」
淳二は悪びれずに言った。