こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

田舎その3

2014年12月20日 00時06分41秒 | おれ流文芸
「ああ、まだ決めてない」
「頼りないこっちゃのう」
 懐かしい父の口癖が出た。
「…俺、百姓できるかな?」
「アホ、お前に百姓ができるかいな」
 父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。
「もう、こっちで落ち着くんやろな」
「うん、ここが一番ええ」
 本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。
「だったら就職したらええがな」
「いい働き口あるかな?」
 淳二は他人事のように軽く言った。
「ゆっくり探したらええ」
 父との会話は、それで終わった。
 淳二は三年ぶりの自分の部屋でグッスリと熟睡した。夢のカケラも見なかった。眼が覚めた時は、既に昼過ぎだった。余程、東京での生活の疲れが溜まっていたに違いなかった。
 十日ばかりゴロゴロして暮らした。誰が文句を言うでもなく悠々自適だった。
 食事は時間になると母が準備してくれた。そんなご馳走ではないが、母の手作りは美味かった。ちゃんと息子の嗜好を心得た配膳だった。
「どうじゃ、ここを受けてみんか?」
 頃を見計らったように父が言い出した。
「ちゃんと市長に頼んどいたから大丈夫や」
 父はさも嬉しげに言った。
 父が持って来た話は、市の臨時職員採用である。幸運なら正規の職員に引き上げられる可能性があるらしい。
「これが申し込み書や。明日が受け付け機嫌やで、今日中に書き込んで出したらええ」
 すっかりその気になっている父を前に、淳二は素直に頷いた。
 十日後に面接があった。集団面接と言うので、六人ばかり並ばされて質問された。強張った顔付きで居並ぶ五人と隣り合わせでも、淳二はいたって平静に構えていた。
「公務員を志望する動機は何ですかな?」
 白髪のいかめしい顔の男が無表情で訊いた。
「市民に奉仕する立派な仕事で、誇りを持って働くつもりであります!」
 国鉄清算事業団から来たと言う男が、えらく四角張って答えるのに思わずニヤッとした。どうにも可笑しくて堪らなかった。
 他の四人も似たり寄ったりの答え方をした。
(…ああ、面接はあんな風に答えるようになっているのか。しかし、俺出来るかな?)
 そんな事を思っているうちに、淳二の番が来た。まあいいやって気持ちで答える事にした。
「田舎でやり直すには一番適当な仕事だと考えました。やれるかどうかは分かりませんが…」
 いかめしい顔の男も、居並ぶ五人も少し妙な反応を見せたのが気配で感じられた。
(どうもお呼びでないようだな…)
 淳二は、もうどうでもいいような気持ちになった。不採用になれば父も母も気落ちするに違いないが、自分の肌が合わない仕事はご免だった。どうせ長続きする筈がない。
 ますます気楽になった淳二は、後の質問も思った通りの事を言った。軽口を叩きもした。
 結果はやはり不採用だった。
「わしの力も足らんかったのう」
 淳二から通知を見せられた父は、悪戯をして見付けられた子供みたいな表情になった。
「本人の力が一番足らんかったんじゃ」
 淳二は悪びれずに言った。
コメント
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