こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

田舎その1

2014年12月17日 00時14分48秒 | おれ流文芸
田舎

 三年ぶりの田舎だった。
 乗合バスから降り立った淳二は、ゆっくりと首を回して辺りを見た。何も変わってはいなかった。三年前そのままだった。
 バス停の前にある煙草屋も相変わらずくすぼけた雰囲気のままだ。お喋りで有名なおシカばあさんが、ガラス戸を開けて顔を覗かせた。ちっとも変ってはいなかった。
「おばさん、セブンスターちょうだい」
 おシカばあさんは、暫らく眉根を寄せてむつかしい顔をしていたが、やっと合点がいったらしく、歯の欠けた口元をニヤッと歪めた。
「丸尾の淳ちゃんじゃないん?」
「ああ、そうだよ」
 覚えていて貰えたのが嬉しかった。面映ゆくもあり、頬がチョッピリ赤くなった。
「東京へ行ったんじゃなかったんかい?」
「帰って来たんだ、今日」
 くどくど説明するのは嫌だった。今度の帰郷は決していい意味じゃなかったから尚更である。挫折による帰郷と言っていいだろう。
 淳二は煙草を受け取ると、まだ話し足らなそうなおシカばあさんに軽く会釈して離れた。
 バス停のある県道から山の方へ十五分程歩けば、懐かしの我が家である。自然と足の運びが早まった。黒いアスファルトを荒っぽく敷いただけの狭い道は、くねくねと曲がって家の前まで続いている。道を間違えようがなかった。
 平日の昼間とあって全く人影はなかった。もちろん農閑期に入ったせいもあるのだろうが、淳二には好都合だった。
 家は戸締りがしてあった。多分、みんな揃って買物にでも出掛けたに違いない。母親の性格の影響でじっと家に落ち着いているのが苦手な家族だった。なにがしか暇が出来ると、買物を名目に直ぐ車で出掛ける習慣だ。
 別に帰郷の連絡を入れてた訳でもないが、閉じられた玄関口で寂しさを覚えた。
 とにかく待つしかなかった。別に帰郷したからと言って、急いで逢いたいと人間がいる訳でもない。淳二は玄関口へ無造作に置かれてあるビールの空きケースに尻を下ろした。
 家族が戻ったのは、予想以上に遅かった。もう日暮れかけていた。買物の量と種類から見て、隣町のスーパーまで遠出したのだろう。
 最初に淳二を見つけたのは、兄の淳朗だった。淳二とは年子である。淳二と違い、家業である農業後継者としてスンナリ納まっている。無口だが心優しい兄だった。
「帰っとんたんか?淳二」
 恰度、手持ちの推理小説に気を奪われていた淳二は、誰に声を掛けられたのか、直ぐに判断がつかなかった。戸惑いがちに顔を上げると、懐かしい兄の顔が笑っていた。驚いたふうな両親と兄嫁の顔もあった。
 慌てて立ち上がると、急に気恥ずかしくなった。親や兄弟に気を使う淳二ではないが、兄嫁は他人だった。しかも、兄嫁の礼子は淳二の同級生でもあったから尚更である。
「お前、いきなり帰って来て、何かあったんか?」
 苦労性の父が額にシワを寄せて訊いた。
「仕事はどうしたんだ?」
 母が妙に甲高い声で言った。
「辞めた、結局…。あわなかったんだ、俺に」
 問答は、それで終わった。
 昔気質の父や母には、自由人を気取って好き勝手に生きる淳二を理解できる筈もなかった。高校に入った時から、父や母は淳二に当たらず触らずとなった。小説や評論集を読み耽る理屈っぽい息子と、尋常高等小学校を出ただけで、後はひたすら米屋野菜を作り生きて来た親達との接点は、探すだけ無駄だった。
 淳二は高校卒業と同時に東京へ出た。特にこれと言って目的を持ってはいなかった。ただ、田舎にはない機会があると思えたのだ。
 入学金さえ払えば誰でも入れる、三流劇団の養成所に籍を置いた。授業の演劇理論とか実技には全く興味が湧かず、セッセとアルバイトに精を出した。
 田舎からの仕送りで生活は充分できたが、東京の魅惑的な夜をエンジョイする金が、いくらでも必要だったからである。
 二年目に淳二は小さな会社に入った。養成所で知り合った友人の父親が経営する会社である。どんな形にしろ落ち着かなくてはと、殊勝な心掛けになった淳二が、遊び仲間の友人に頼み込んだのである。
「東京は良かったか?」
 淳朗が人の好い顔を赤く染めて訊いた。
(つづく)
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