こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

おい、おい、老い!

2016年06月02日 00時06分03秒 | 文芸
「老人会かいな。

わい、まだそんな年やないのにのう」

「同じやわ。

わしも端にはそない思うたわ」

「六十になった早々に、これや。

素直に『ハイ、そうですか』なんて言えへんど。

まだ若いのに、年寄り臭いとこへ、のこのこ行けっかい。

のう、そやろ、テツローはん」

 澤田の愚痴は止まらない。

この間まで市役所の総務部長だった男である。

高齢者としてひとくくりにされるのはプライドが許さないのだ。言いたいことは山ほどあるらしい。

「役員は順番やさかい、しょうないで。

そいで、こないに集金して回りよるんや」

「順番て、年の順かいな?」

「生年月日やと」

「へえ。テツローはんは二十三年やし。

マサシはんが次か。

わいにくるまで五人はおるのう」

 話は尽きそうにない。

このまま付きあうと時間がいくらあっても足りなくなる。

とにかく集金だけは済まさないと、何しに来たのかわからない。

「まあ、おたくが役員になるまで五年はあるわいな。

そいで、きょうは集金に回っとるんや」

「ああ。そやったそやった。

ほな、これ払うわ。

えろう足止めさせて済まんかったのう」

 やっと解放される。

千五百円の集金で、一時間近く拘束されては割が合わない。

「確かに預かりました。ほなら」

 踵を返しかけるところに、

「会費は払うけど、寄り合いや行事の参加は、しばらくこらえてーな。

年寄りの中におるのん想像するだけで、もうアカン!

死んだ方がましやがな」

「わかった。じゃあ」

 まあ好きに言っておけばいい。

時期が来れば、いやが応でも引っ張り出されるのだから。

 久杉哲郎は澤田の家を離れると、次へ向かった。

もう九十近い女性の家だ。

老人会は九十を過ぎれば、会費免除になる規約がある。

あと一年で資格を得られるのに、惜しい。

 哲郎の父は九十三歳になる。

まだまだ元気でピンピンしている。

会費は免除されている。

哲郎は新宅で、父と同じ隣保に家を持つ。

 六年前だった。

介護保険の通知が来て、高齢者の仲間入りを知った。

「おい。

お前、今度の旅行行くんかい?」

 父がいきなりやって来て訊いた。

寝耳に水とはこのことだ。

「え?」

 面食らった。

父の問いかけに、すぐ思い当たるものはなかった。

「老人会の旅行やがい。

案内が来とるやろが」

 老人会と言われても、まだピンと来ない。

「旅行て、なんの?」

「伊勢志摩へ行くて回覧……?

読んどらんのか、お前」

 そう、読んでいない。

確かに集金と回覧を兼ねて、近所の奥さんが来たのは覚えている。

「まだ、わし若いのに。

はや老人会のご案内やなんてなあ。

まあ、しゃーないけど、行事の方は勘弁さして貰いますわ」
コメント
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