こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

おい、おい、老い!・6

2016年06月07日 00時32分08秒 | 文芸
「……ご苦労さん」

 精いっぱいの言葉を掛けた。

あとは妻に任せる。

病室をウロウロしたり、ソファに立ったり座ったり。

どうも見舞いは苦手だ。

 ちらちらと娘の様子を窺う。

大事を済ませて、母親の顔になっている。

また父と娘の距離が開く。

複雑な思いが募り、ホロッとした。

 あれから一か月。

産後初めて里帰りした娘に抱かれた赤ん坊は、予想以上に元気だった。

「はい。あなたも抱いてやったら」

「あ?ああ、そうやな」

 妻に不意を突かれて、うろたえた。

「大丈夫?」

「あほぬかせ。わしかて、四人の親、やって来とるんやで」

「はいはい。そやったなあ」

 妻は軽くいなす。

 無視して赤ん坊を受け取る。

(!)

 こんなはずじゃない。

手先に緊張が走る。

不器用だから、慣れぬことをする際はプレッシャーで固まってしまう。

まさか赤ん坊を抱くのに、同じ兆候に襲われるとは!

 赤ん坊の扱いは手慣れている……はずだ。

夫婦共稼ぎで、子育ては二人三脚だった。

おしめを替え、授乳も、あやして寝かせるのも……いっぱしのイクメンを務めた。

 懸命に、そうしていることを家族に悟られないように、赤ちゃんを抱きかかえた。自

分でもぎごちないと分かる。いやはや!

「不器用なんやから」

 妻が言わずもがなの口を利く。

「おとうさん」

「うん?」

 思いに耽っていたらしい。

ハッと正気に戻ると、娘の笑顔が。

その視線を追うと、ベビーベッドでスヤスヤ眠る赤ん坊がいた。

「よう寝とるのう」

「いまのところ、順調に育ってるよ」

「そうかそうか」

 母性を隠さない長女に、自然と顔が和む。

第一子である。

妻と結婚に踏み切れたのは、彼女の存在があったからに他ならない。

短大卒業の後、保母の仕事に無我夢中だった妻。

自分の喫茶店をオープンで、てんてこ舞いの哲郎。

年の差十三で、すぐ結婚する気もなく、ずるずると交際を続けていた。

「できちゃった」

 妻に告白されたとき、心は決まった。

(父親になるんだ!)

 三か月で結婚式を実現させた。

長女を授からなければ、結婚すらなかったかも知れない。

 急遽出かけた新婚旅行も、妻のお腹に長女はいた。

記念すべき親子三人の初旅だった。

「おなか空いちゃった」

「そうか。すぐ何か作っちゃる」

 ちいさいころから、よくお腹を空かせては、食べるものを作れとせがんだ。

その希望を叶えてやるために、レシピをひねり出す。

さて、今日は何を作ってやろうか?

実に楽しい作業だった。

 茶碗蒸しと・鮭のムニエル、ほうれん草のお浸し……少し太めの娘には脂っこい洋食よりも和食がおすすめだ。

 夜九時。

帰宅した妻と二十年ぶりのコンビを結成し、赤ん坊を風呂に入れる。

湯船につかり湯加減をみるのは、昔も今も私の役目だ。

「もう用意はいいのん?」

 妻はせっかちだ。

こちらの都合を訊きながら、もう裸にした赤ちゃんをタオルにくるんで、「さあ、どうだ!」と迫る。

「ああ、ええで」

 やはり逆らえない。

三十数年、そうやって結婚生活はうまく続いた。

婦唱夫随は健在だ。

 赤ん坊の後頭部を親指と小指で挟んで支える。

右手に持つガーゼのタオルで洗う。

忘れたようで体はちゃんと覚えている。

顔、頭と来て、首筋に脇、股間からお尻を丁寧に洗う。
コメント
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