「……ご苦労さん」
精いっぱいの言葉を掛けた。
あとは妻に任せる。
病室をウロウロしたり、ソファに立ったり座ったり。
どうも見舞いは苦手だ。
ちらちらと娘の様子を窺う。
大事を済ませて、母親の顔になっている。
また父と娘の距離が開く。
複雑な思いが募り、ホロッとした。
あれから一か月。
産後初めて里帰りした娘に抱かれた赤ん坊は、予想以上に元気だった。
「はい。あなたも抱いてやったら」
「あ?ああ、そうやな」
妻に不意を突かれて、うろたえた。
「大丈夫?」
「あほぬかせ。わしかて、四人の親、やって来とるんやで」
「はいはい。そやったなあ」
妻は軽くいなす。
無視して赤ん坊を受け取る。
(!)
こんなはずじゃない。
手先に緊張が走る。
不器用だから、慣れぬことをする際はプレッシャーで固まってしまう。
まさか赤ん坊を抱くのに、同じ兆候に襲われるとは!
赤ん坊の扱いは手慣れている……はずだ。
夫婦共稼ぎで、子育ては二人三脚だった。
おしめを替え、授乳も、あやして寝かせるのも……いっぱしのイクメンを務めた。
懸命に、そうしていることを家族に悟られないように、赤ちゃんを抱きかかえた。自
分でもぎごちないと分かる。いやはや!
「不器用なんやから」
妻が言わずもがなの口を利く。
「おとうさん」
「うん?」
思いに耽っていたらしい。
ハッと正気に戻ると、娘の笑顔が。
その視線を追うと、ベビーベッドでスヤスヤ眠る赤ん坊がいた。
「よう寝とるのう」
「いまのところ、順調に育ってるよ」
「そうかそうか」
母性を隠さない長女に、自然と顔が和む。
第一子である。
妻と結婚に踏み切れたのは、彼女の存在があったからに他ならない。
短大卒業の後、保母の仕事に無我夢中だった妻。
自分の喫茶店をオープンで、てんてこ舞いの哲郎。
年の差十三で、すぐ結婚する気もなく、ずるずると交際を続けていた。
「できちゃった」
妻に告白されたとき、心は決まった。
(父親になるんだ!)
三か月で結婚式を実現させた。
長女を授からなければ、結婚すらなかったかも知れない。
急遽出かけた新婚旅行も、妻のお腹に長女はいた。
記念すべき親子三人の初旅だった。
「おなか空いちゃった」
「そうか。すぐ何か作っちゃる」
ちいさいころから、よくお腹を空かせては、食べるものを作れとせがんだ。
その希望を叶えてやるために、レシピをひねり出す。
さて、今日は何を作ってやろうか?
実に楽しい作業だった。
茶碗蒸しと・鮭のムニエル、ほうれん草のお浸し……少し太めの娘には脂っこい洋食よりも和食がおすすめだ。
夜九時。
帰宅した妻と二十年ぶりのコンビを結成し、赤ん坊を風呂に入れる。
湯船につかり湯加減をみるのは、昔も今も私の役目だ。
「もう用意はいいのん?」
妻はせっかちだ。
こちらの都合を訊きながら、もう裸にした赤ちゃんをタオルにくるんで、「さあ、どうだ!」と迫る。
「ああ、ええで」
やはり逆らえない。
三十数年、そうやって結婚生活はうまく続いた。
婦唱夫随は健在だ。
赤ん坊の後頭部を親指と小指で挟んで支える。
右手に持つガーゼのタオルで洗う。
忘れたようで体はちゃんと覚えている。
顔、頭と来て、首筋に脇、股間からお尻を丁寧に洗う。
精いっぱいの言葉を掛けた。
あとは妻に任せる。
病室をウロウロしたり、ソファに立ったり座ったり。
どうも見舞いは苦手だ。
ちらちらと娘の様子を窺う。
大事を済ませて、母親の顔になっている。
また父と娘の距離が開く。
複雑な思いが募り、ホロッとした。
あれから一か月。
産後初めて里帰りした娘に抱かれた赤ん坊は、予想以上に元気だった。
「はい。あなたも抱いてやったら」
「あ?ああ、そうやな」
妻に不意を突かれて、うろたえた。
「大丈夫?」
「あほぬかせ。わしかて、四人の親、やって来とるんやで」
「はいはい。そやったなあ」
妻は軽くいなす。
無視して赤ん坊を受け取る。
(!)
こんなはずじゃない。
手先に緊張が走る。
不器用だから、慣れぬことをする際はプレッシャーで固まってしまう。
まさか赤ん坊を抱くのに、同じ兆候に襲われるとは!
赤ん坊の扱いは手慣れている……はずだ。
夫婦共稼ぎで、子育ては二人三脚だった。
おしめを替え、授乳も、あやして寝かせるのも……いっぱしのイクメンを務めた。
懸命に、そうしていることを家族に悟られないように、赤ちゃんを抱きかかえた。自
分でもぎごちないと分かる。いやはや!
「不器用なんやから」
妻が言わずもがなの口を利く。
「おとうさん」
「うん?」
思いに耽っていたらしい。
ハッと正気に戻ると、娘の笑顔が。
その視線を追うと、ベビーベッドでスヤスヤ眠る赤ん坊がいた。
「よう寝とるのう」
「いまのところ、順調に育ってるよ」
「そうかそうか」
母性を隠さない長女に、自然と顔が和む。
第一子である。
妻と結婚に踏み切れたのは、彼女の存在があったからに他ならない。
短大卒業の後、保母の仕事に無我夢中だった妻。
自分の喫茶店をオープンで、てんてこ舞いの哲郎。
年の差十三で、すぐ結婚する気もなく、ずるずると交際を続けていた。
「できちゃった」
妻に告白されたとき、心は決まった。
(父親になるんだ!)
三か月で結婚式を実現させた。
長女を授からなければ、結婚すらなかったかも知れない。
急遽出かけた新婚旅行も、妻のお腹に長女はいた。
記念すべき親子三人の初旅だった。
「おなか空いちゃった」
「そうか。すぐ何か作っちゃる」
ちいさいころから、よくお腹を空かせては、食べるものを作れとせがんだ。
その希望を叶えてやるために、レシピをひねり出す。
さて、今日は何を作ってやろうか?
実に楽しい作業だった。
茶碗蒸しと・鮭のムニエル、ほうれん草のお浸し……少し太めの娘には脂っこい洋食よりも和食がおすすめだ。
夜九時。
帰宅した妻と二十年ぶりのコンビを結成し、赤ん坊を風呂に入れる。
湯船につかり湯加減をみるのは、昔も今も私の役目だ。
「もう用意はいいのん?」
妻はせっかちだ。
こちらの都合を訊きながら、もう裸にした赤ちゃんをタオルにくるんで、「さあ、どうだ!」と迫る。
「ああ、ええで」
やはり逆らえない。
三十数年、そうやって結婚生活はうまく続いた。
婦唱夫随は健在だ。
赤ん坊の後頭部を親指と小指で挟んで支える。
右手に持つガーゼのタオルで洗う。
忘れたようで体はちゃんと覚えている。
顔、頭と来て、首筋に脇、股間からお尻を丁寧に洗う。