隣り合わせたソファーに、辻本はドカッと尻を下した。
「お?七番におるやないか」
「シー。声が大きいで」
「かまへんわ。年寄りのいうことなど、誰も聞きよらん。
そないな物好き、おるかいな」
小柄な体に似合わぬ大きな声を出す。
「キツネ、元気そうやのう」
七番レジのの女性を、哲郎と辻本はキツネと呼ぶ。
彼女はキツネ目をしている。
レジには、ほかにタヌキがいる。
イタチもアライグマも。
哲郎と辻本にかかっては、動物園扱いである。
しかし実害があるわけではない。
むしろ年寄り二人がリピート客になるのだ。
歓迎されて然るべきだろう。
「ちょっと売り場回ってみるかい?」
辻本が尻をあげた。
せっかちな男である。
「行ってもええけど、時間、まだ早いど」
哲郎は柱の時計を振り返りながら言った。
三時十五分。
三十分が過ぎると、弁当や総菜の値引きが始まる。
まず貼られるのは二十パーセント引きのシール。
それは序の口で、四時まで待てば、二十パーセント引きが半額になる。
哲郎らにはそれが買い時となる。
「そうけ。
ほなちょっとゆっくりすっかい」
「慌てるもんは貰いが少ないんやぞ」
哲郎は上げかけた尻をさっさと元に戻した。
目はレジのキツネに向けたままだ。
「あんたは、目当てが違うさかいのう」
辻本はショッピングカートを掴んで大儀そうに座った。
小さい頃から足が不自由なのだ。
「タヌキは、もう帰ったんかいなあ?」
「いっつもキツネと入れ違いやさけ、交代して抜けたんやろ」
「ほな、わしの方は楽しみあらへんがい」
辻本はタヌキのファンだった。
「別嬪さんやろが、あのレジの女の子」
辻本が視線を送った先にタヌキがいた。
哲郎がISスーパーに足を向けたきっかけは、定年退職。
何もせず家でゴロゴロするのは一週間も続くと飽きる。
もともと貧乏性なだけに、じっとしているのは性に合わない。「ISに行ったらどないなん。
気が紛れるで。家電売り場はあるし、おなか減ったらフードコーナーで食べたらええ。
便利やんか」
妻は夫のイライラを察知していた。
小遣いを二千円持たし、哲郎の背を押した。
フードコーナー前の通路に置かれたソファーでぼんやりしていると、辻本がひょうひょうとやって来た。
「隣、あいとるかいの?」
「ああ、どうど」
哲郎は尻をちょっとずらした。
「おおけに。カート押しといても、しんどいわ。
ん?あんた見かけん顔やのう」
辻本は気さくに哲郎の世界に踏み込んできた。
抵抗なく彼に合わせる。
「どや、食品売り場に行ってみぃーへんか?」
辻本はスマートフォンで時間を確かめると誘った。
「四時になったら、弁当が半額になりよる」
ひょこひょこカートを押し歩く辻本を追った。
半額弁当が気になる。
これまで買う機会はなかった。
どういうものなのだろう?
「あちゃ!ちょっと早かったわ。
まだシール貼ってないのう」
辻本がのぞき込む弁当の陳列棚に、二十パーセントの値引きシールが貼られたとんかつ弁当が五個ある。
「早い時もあるねんけど、今日は遅れとるわ」
「へえ?」
すべてが目新しかった。
働き蜂だった哲郎に、スーパーの買い物など殆ど縁はなかった。食品売り場は男が足を踏み入れるところではないと信じていた。その封建的な思考は、田舎で育った団塊世代に多くみられる。
哲郎も例外ではない。
「ちょっと時間待ちしょうか」
辻本が向かったのはレジ前の休憩コーナー。
「お?七番におるやないか」
「シー。声が大きいで」
「かまへんわ。年寄りのいうことなど、誰も聞きよらん。
そないな物好き、おるかいな」
小柄な体に似合わぬ大きな声を出す。
「キツネ、元気そうやのう」
七番レジのの女性を、哲郎と辻本はキツネと呼ぶ。
彼女はキツネ目をしている。
レジには、ほかにタヌキがいる。
イタチもアライグマも。
哲郎と辻本にかかっては、動物園扱いである。
しかし実害があるわけではない。
むしろ年寄り二人がリピート客になるのだ。
歓迎されて然るべきだろう。
「ちょっと売り場回ってみるかい?」
辻本が尻をあげた。
せっかちな男である。
「行ってもええけど、時間、まだ早いど」
哲郎は柱の時計を振り返りながら言った。
三時十五分。
三十分が過ぎると、弁当や総菜の値引きが始まる。
まず貼られるのは二十パーセント引きのシール。
それは序の口で、四時まで待てば、二十パーセント引きが半額になる。
哲郎らにはそれが買い時となる。
「そうけ。
ほなちょっとゆっくりすっかい」
「慌てるもんは貰いが少ないんやぞ」
哲郎は上げかけた尻をさっさと元に戻した。
目はレジのキツネに向けたままだ。
「あんたは、目当てが違うさかいのう」
辻本はショッピングカートを掴んで大儀そうに座った。
小さい頃から足が不自由なのだ。
「タヌキは、もう帰ったんかいなあ?」
「いっつもキツネと入れ違いやさけ、交代して抜けたんやろ」
「ほな、わしの方は楽しみあらへんがい」
辻本はタヌキのファンだった。
「別嬪さんやろが、あのレジの女の子」
辻本が視線を送った先にタヌキがいた。
哲郎がISスーパーに足を向けたきっかけは、定年退職。
何もせず家でゴロゴロするのは一週間も続くと飽きる。
もともと貧乏性なだけに、じっとしているのは性に合わない。「ISに行ったらどないなん。
気が紛れるで。家電売り場はあるし、おなか減ったらフードコーナーで食べたらええ。
便利やんか」
妻は夫のイライラを察知していた。
小遣いを二千円持たし、哲郎の背を押した。
フードコーナー前の通路に置かれたソファーでぼんやりしていると、辻本がひょうひょうとやって来た。
「隣、あいとるかいの?」
「ああ、どうど」
哲郎は尻をちょっとずらした。
「おおけに。カート押しといても、しんどいわ。
ん?あんた見かけん顔やのう」
辻本は気さくに哲郎の世界に踏み込んできた。
抵抗なく彼に合わせる。
「どや、食品売り場に行ってみぃーへんか?」
辻本はスマートフォンで時間を確かめると誘った。
「四時になったら、弁当が半額になりよる」
ひょこひょこカートを押し歩く辻本を追った。
半額弁当が気になる。
これまで買う機会はなかった。
どういうものなのだろう?
「あちゃ!ちょっと早かったわ。
まだシール貼ってないのう」
辻本がのぞき込む弁当の陳列棚に、二十パーセントの値引きシールが貼られたとんかつ弁当が五個ある。
「早い時もあるねんけど、今日は遅れとるわ」
「へえ?」
すべてが目新しかった。
働き蜂だった哲郎に、スーパーの買い物など殆ど縁はなかった。食品売り場は男が足を踏み入れるところではないと信じていた。その封建的な思考は、田舎で育った団塊世代に多くみられる。
哲郎も例外ではない。
「ちょっと時間待ちしょうか」
辻本が向かったのはレジ前の休憩コーナー。