こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

おい、おい、老い!・8

2016年06月08日 23時57分20秒 | 文芸
隣り合わせたソファーに、辻本はドカッと尻を下した。

「お?七番におるやないか」

「シー。声が大きいで」

「かまへんわ。年寄りのいうことなど、誰も聞きよらん。

そないな物好き、おるかいな」

 小柄な体に似合わぬ大きな声を出す。

「キツネ、元気そうやのう」

 七番レジのの女性を、哲郎と辻本はキツネと呼ぶ。

彼女はキツネ目をしている。

 レジには、ほかにタヌキがいる。

イタチもアライグマも。

哲郎と辻本にかかっては、動物園扱いである。

しかし実害があるわけではない。

むしろ年寄り二人がリピート客になるのだ。

歓迎されて然るべきだろう。

「ちょっと売り場回ってみるかい?」

 辻本が尻をあげた。

せっかちな男である。

「行ってもええけど、時間、まだ早いど」 

 哲郎は柱の時計を振り返りながら言った。

 三時十五分。

三十分が過ぎると、弁当や総菜の値引きが始まる。

まず貼られるのは二十パーセント引きのシール。

それは序の口で、四時まで待てば、二十パーセント引きが半額になる。

哲郎らにはそれが買い時となる。

「そうけ。

ほなちょっとゆっくりすっかい」

「慌てるもんは貰いが少ないんやぞ」

 哲郎は上げかけた尻をさっさと元に戻した。

目はレジのキツネに向けたままだ。

「あんたは、目当てが違うさかいのう」

 辻本はショッピングカートを掴んで大儀そうに座った。

小さい頃から足が不自由なのだ。

「タヌキは、もう帰ったんかいなあ?」

「いっつもキツネと入れ違いやさけ、交代して抜けたんやろ」

「ほな、わしの方は楽しみあらへんがい」

 辻本はタヌキのファンだった。

「別嬪さんやろが、あのレジの女の子」

 辻本が視線を送った先にタヌキがいた。

 哲郎がISスーパーに足を向けたきっかけは、定年退職。

何もせず家でゴロゴロするのは一週間も続くと飽きる。

もともと貧乏性なだけに、じっとしているのは性に合わない。「ISに行ったらどないなん。

気が紛れるで。家電売り場はあるし、おなか減ったらフードコーナーで食べたらええ。

便利やんか」

 妻は夫のイライラを察知していた。

小遣いを二千円持たし、哲郎の背を押した。

 フードコーナー前の通路に置かれたソファーでぼんやりしていると、辻本がひょうひょうとやって来た。

「隣、あいとるかいの?」

「ああ、どうど」

 哲郎は尻をちょっとずらした。

「おおけに。カート押しといても、しんどいわ。

ん?あんた見かけん顔やのう」

 辻本は気さくに哲郎の世界に踏み込んできた。

抵抗なく彼に合わせる。

「どや、食品売り場に行ってみぃーへんか?」

 辻本はスマートフォンで時間を確かめると誘った。

「四時になったら、弁当が半額になりよる」

 ひょこひょこカートを押し歩く辻本を追った。

半額弁当が気になる。

これまで買う機会はなかった。

どういうものなのだろう?

「あちゃ!ちょっと早かったわ。

まだシール貼ってないのう」

 辻本がのぞき込む弁当の陳列棚に、二十パーセントの値引きシールが貼られたとんかつ弁当が五個ある。

「早い時もあるねんけど、今日は遅れとるわ」

「へえ?」

 すべてが目新しかった。

働き蜂だった哲郎に、スーパーの買い物など殆ど縁はなかった。食品売り場は男が足を踏み入れるところではないと信じていた。その封建的な思考は、田舎で育った団塊世代に多くみられる。

哲郎も例外ではない。

「ちょっと時間待ちしょうか」

 辻本が向かったのはレジ前の休憩コーナー。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おい、おい、老い!・7

2016年06月08日 00時19分22秒 | 文芸
思わず吹き出した。

思い出したのだ。

お尻を洗ったら,ドバーっとウンチをやられた記憶は鮮明だ。

娘が二回、息子も数回、風呂にウンチをぷかぷかと浮かべた。

慌てて妻を呼びつけ、洗い桶を使い灰汁取りの要領で掬わせた。

洗い終わると、湯面を泳がせる。

赤ん坊は目を閉じて気持ちよく身をまかせている。

安らかな表情にしばし見惚れた。

やはり天使だ。

 ガラッと浴室の引き戸が開いた。

「いつまで、何しとんのん?

こっちは忙しいんやで。

することなんぼでもあるんやさかい」

 妻の毒舌と、にやけた表情が一致しない。

 深夜。

リビングでテレビを楽しんでいると、長女が覗いた。

胸に赤ん坊を抱えている。

「泣いて寝やへんねん」

「夜泣きか。

よっしゃ、おとうさんがあやしといてやるさかい、少し寝えや」

「うん。

ほなら、お願いできる?」

 よほど眠いのだ。

赤ん坊を託してそそくさと寝室へ去った。

信頼してくれている。

父親冥利に尽きる瞬間だった。

「……か~ら~す~、なぜなくの~~♪

からすは、や~ま~に~♪」

「七つの子」は、二十年以上前、わが子らに歌った子守歌である。

 真夜中も子守歌は流れ続けた。

「ほな帰るね。

また来るよって」

「ああ。

待ってる」

「無理せんでええからな。

向こうの家の方を大事にせなあかんやろ」

 また妻の横やりが入った。

父と娘のコミニュケーションを邪魔する。

それは違うだろといえるはずはない。

しかも表情は、長女に変だと悟らぬように、柔和さで取り繕う。

「それじゃ、お世話になりました」

婿が生真面目に頭を下げた。

「また来いや。

うまいもん食わしたるさかい」

「うん!」

 長女の家族を乗せた車は家を離れた。

 翌日、昼過ぎにISスーパーへまた向かった。

長女が帰って、妻は仕事。

末娘は大学に行っている。

日がな一日、家でひとり留守番をするほど、まだ年寄りじゃない。

売り場に回ると、レジ前に設けられた休憩スペースのソファーに座った。

慌てることはない。

時間はたっぷりある。

(いた!)

 七番レジに彼女はいた。

がっしりした体格が目立つ。

顔はお世辞にも十人並みとはいいがたい。

年齢はいまだ知るすべもないが、哲郎より三十ほど若いのは確実だ。

「早いのう」

 辻本だった。

同年輩のISスーパー仲間で、小柄な男だ。

植木屋を一人でやっている。

「今日は、仕事、休みか?」

「午前中で済ましたわ。

えろうてなあ」

「年やのに、そない頑張らんでええがな」

「仕事せなんだら、お得意さんも困るやろが。

そいにわしが食えんようになってまうがい」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする