「おとうさん、泣いてるよ、また」
そう、また泣いてしまった。感動的なドラマに出会うと、例外なくウルウルしてしまう。
小さいころ泣き虫と呼ばれた。思い通りにいかないことがあると、ところかまわず「ギャーギャー!」泣きわめいたものだ。
ところが最近ハッと気づいた。あの頃、泣き虫の私、涙は伴わなかった。泣けば親の気を引きつけられたから、泣く。だから涙はいらない。流すなら空涙。感情抜きだったのだ。
それが、ドラマに感動した時は、涙が先行する。胸が痛くなったり熱くなったりと。それを家族は理解してくれない。たぶん感受性を持ち合わせないか、弱いからだ。私の家族なのに……!どうしてだ?
「おとうさん、わざと涙ぐんでいるのよ」
「そうよね。絶対そうだよね」
聞こえよがしの妻と娘は相手にしないで、ドラマにのめり込み、きょうも涙する私だ。
そう、また泣いてしまった。感動的なドラマに出会うと、例外なくウルウルしてしまう。
小さいころ泣き虫と呼ばれた。思い通りにいかないことがあると、ところかまわず「ギャーギャー!」泣きわめいたものだ。
ところが最近ハッと気づいた。あの頃、泣き虫の私、涙は伴わなかった。泣けば親の気を引きつけられたから、泣く。だから涙はいらない。流すなら空涙。感情抜きだったのだ。
それが、ドラマに感動した時は、涙が先行する。胸が痛くなったり熱くなったりと。それを家族は理解してくれない。たぶん感受性を持ち合わせないか、弱いからだ。私の家族なのに……!どうしてだ?
「おとうさん、わざと涙ぐんでいるのよ」
「そうよね。絶対そうだよね」
聞こえよがしの妻と娘は相手にしないで、ドラマにのめり込み、きょうも涙する私だ。