そんなコーナーすら、哲郎は知らなかった。
「半額の弁当買い始めたら、もうやめれんど。
味もなんも変わらんのに、半額やど、半額」
独断的な辻本のアピールに哲郎は抵抗なく頷いた。
「惣菜かて半額やったら、タダみたいなもんやがな」
タダではない。
それでも納得はできる。
「あれ、別嬪さんやろ……!」
十一番レジが辻本の視野にあった。
「まあ……そやけど、化粧がきついわ。
目のふち黒うて、まるでタヌキやがな」
スタイルはいいが、客に対応する彼女の化粧は、かなり濃い。
「そないいうけど、ええ子やがな」
辻本は聞く耳を持たぬ。
「あの子の方がええな」
思わず口を滑らせた。
ちょうど、十一番レジに近寄る、がっしりタイプの女性スタッフに目がとまった。
痩せぎすではない、好みのタイプだった。
「どれや?」
「タヌキのレジや。
交代するんかな」
「へぇー?あの子け?
小太りやし、女らしい丸みがないわ。
下駄みたいな顔しとるがな」
「それがええんや」
哲郎は彼女から目を離せなかった。
もしかしたら辻本の対抗上、彼女に目を奪われたのかも知れない。
それでも見れば見るほど、心が騒ぐ。
久しぶりに味わう高揚感だった。
「弁当売り場へ行くか」
辻本は、よっこらしょと立ち上がった。
とんかつ弁当は残り一個。
辻本はほくそ笑みカートに取りのけた。
それを裏返す。
「なんで?」
「半額シール、知り合いに見られたら恥ずかしいやんけ」
のけぞった。
半額弁当を狙うお得意さんの言葉ではない。
辻本のプライドは健在らしい。
「おい。
あの子の目。
吊り上がっとるど」
レジを通った辻本は性急に報告した。
まるで鬼の首を取ったかのように目を輝かせている。
また対抗心がムクムクと頭をもたげた。
「そない吊り上がっとらんやろ。
何ともいえん可愛いキツネ目や」
「ほうけ。
わしの好きなタヌキに、あんたのキツネやな。
こらええわ」
辻本は笑う。
哲郎もつられて相好を崩した。
ISスーパーは哲郎の息抜きと刺激のスペースとなった。
行けば、必ず辻本と会える。
半額弁当のお得感も味わえる。
その上レジの彼女に会えるのが最高に楽しい。
正確にいえば、眺めるだけの高嶺の花(?)だった。
……キツネ目の女と……!頭の中で逞しくなる想像が、青春回帰につながる。
「はん、嬉しそうやな」
「ああ。
彼女、今日はしあわせそうな顔しとる。
なんぞええことあったんやろか?」
「あほらし!
それよか、ええ情報あったど。
タヌキなあ、結婚してこども三人おる。
この間、食品売り場を家族揃って買い物しよったとこに出くわしてのう。
イケメンの旦那や」
「興味ないわ」
「ほなら、キツネのこと教えたろか」
「いらん!なんも知らんほうがええ……」
哲郎は思う。
白髪頭のおじいちゃんの淡い片想い、それでいいと。
目の前で元気に働く姿を見せてくれれば、それでいい。
だいたい、哲郎自身がいつまで健康でいられるか保障の限りではない。
もう随分お年寄りなのだ。
「……キツネは……のう……」
辻本の声が、どんどん遠くなる。
キツネ目の彼女は、きびきびと客をあしらっている。
いつも笑っているようで、時々むっと怒ったりする。
まだ若いのだろう。
……(結婚しとるんかなあ?)
哲郎は幸せ感に酔った。
そろそろ半額の時間だ。
甘いものも半額になる.
家族に、黒糖饅頭を買って帰るか。
哲郎が心をときめかせられる、つかの間の時間は、もうすぐ幕を降ろす。 (完結)
「半額の弁当買い始めたら、もうやめれんど。
味もなんも変わらんのに、半額やど、半額」
独断的な辻本のアピールに哲郎は抵抗なく頷いた。
「惣菜かて半額やったら、タダみたいなもんやがな」
タダではない。
それでも納得はできる。
「あれ、別嬪さんやろ……!」
十一番レジが辻本の視野にあった。
「まあ……そやけど、化粧がきついわ。
目のふち黒うて、まるでタヌキやがな」
スタイルはいいが、客に対応する彼女の化粧は、かなり濃い。
「そないいうけど、ええ子やがな」
辻本は聞く耳を持たぬ。
「あの子の方がええな」
思わず口を滑らせた。
ちょうど、十一番レジに近寄る、がっしりタイプの女性スタッフに目がとまった。
痩せぎすではない、好みのタイプだった。
「どれや?」
「タヌキのレジや。
交代するんかな」
「へぇー?あの子け?
小太りやし、女らしい丸みがないわ。
下駄みたいな顔しとるがな」
「それがええんや」
哲郎は彼女から目を離せなかった。
もしかしたら辻本の対抗上、彼女に目を奪われたのかも知れない。
それでも見れば見るほど、心が騒ぐ。
久しぶりに味わう高揚感だった。
「弁当売り場へ行くか」
辻本は、よっこらしょと立ち上がった。
とんかつ弁当は残り一個。
辻本はほくそ笑みカートに取りのけた。
それを裏返す。
「なんで?」
「半額シール、知り合いに見られたら恥ずかしいやんけ」
のけぞった。
半額弁当を狙うお得意さんの言葉ではない。
辻本のプライドは健在らしい。
「おい。
あの子の目。
吊り上がっとるど」
レジを通った辻本は性急に報告した。
まるで鬼の首を取ったかのように目を輝かせている。
また対抗心がムクムクと頭をもたげた。
「そない吊り上がっとらんやろ。
何ともいえん可愛いキツネ目や」
「ほうけ。
わしの好きなタヌキに、あんたのキツネやな。
こらええわ」
辻本は笑う。
哲郎もつられて相好を崩した。
ISスーパーは哲郎の息抜きと刺激のスペースとなった。
行けば、必ず辻本と会える。
半額弁当のお得感も味わえる。
その上レジの彼女に会えるのが最高に楽しい。
正確にいえば、眺めるだけの高嶺の花(?)だった。
……キツネ目の女と……!頭の中で逞しくなる想像が、青春回帰につながる。
「はん、嬉しそうやな」
「ああ。
彼女、今日はしあわせそうな顔しとる。
なんぞええことあったんやろか?」
「あほらし!
それよか、ええ情報あったど。
タヌキなあ、結婚してこども三人おる。
この間、食品売り場を家族揃って買い物しよったとこに出くわしてのう。
イケメンの旦那や」
「興味ないわ」
「ほなら、キツネのこと教えたろか」
「いらん!なんも知らんほうがええ……」
哲郎は思う。
白髪頭のおじいちゃんの淡い片想い、それでいいと。
目の前で元気に働く姿を見せてくれれば、それでいい。
だいたい、哲郎自身がいつまで健康でいられるか保障の限りではない。
もう随分お年寄りなのだ。
「……キツネは……のう……」
辻本の声が、どんどん遠くなる。
キツネ目の彼女は、きびきびと客をあしらっている。
いつも笑っているようで、時々むっと怒ったりする。
まだ若いのだろう。
……(結婚しとるんかなあ?)
哲郎は幸せ感に酔った。
そろそろ半額の時間だ。
甘いものも半額になる.
家族に、黒糖饅頭を買って帰るか。
哲郎が心をときめかせられる、つかの間の時間は、もうすぐ幕を降ろす。 (完結)