朝。暑くなる前に植木や花に水をやっておこうと、蛇口をひねる。(?)でない。昨日まで出ていたのに、水一滴も出る気配がない。また水が干上がったかな?
植木にやる水は井戸水だ。水道のように、ひねれば確実に水がほとばしるとは限らない。3日前にも、同じように水が出なくなった。慌てて、井戸のわきに設けてある電気ポンプのケースを外して確認。モーターはウンともスンともいわない。焦った。ポンプが動かない限り、誘い水も試みられない。(明日に詳しく調べてみよう)急用があって、電気ポンプとにらめっこする時間がなかった。
翌日。蛇口をひねると水がほとばしった。手に注がれた水は冷たい。井戸水だった。それで分かった。最近の酷暑少雨で井戸の水位が下がりすぎたのだ。
そんな経験があるから、今回は(またか)と余裕だ。
ふと頭に浮かんだ。(昔は、こんなに井戸が干上がってたかな?)
子供のころ、我が家は井戸水が、飲み水や煮炊きに使われていた。それも電気ポンプなどまだなかった。掘り抜き井戸の上部に蓋をしてそこに鋳物製の手押しポンプを設置していた。
水は必要になるとガチャンガチャンとハンドルを押し下げすると、しばらくして思い出したように水が出てくる。結構のんびりしたものだった。その水が枯れた記憶はない。いまより水は無限だったのだろうか?
ギラギラと太陽が照り付ける空を仰ぎ、心なしかしょぼくれた感じの草花を見下ろした。
ポケットに入れていたペットボトルのお茶を飲んだ。生き返る。お茶がなければ2分と外にはおれない。昔は井戸水を口にしていた。井戸水は冷たくうまかった。今は井戸水は安心して飲めやしない。それでも、井戸水が止まれば、大ごとだ。
人間が生活をするのに水は絶対欠かせない。それが、最近は自然が意地悪して水を枯渇させたり、いきなり豪雨を降らせて水害をもたらす。
水資源のコントロールは、自然のご機嫌をうかがわなければできないことを思い出させようとしているみたいだ。
この先、自然は人間を認めて共生を承認してくれる日は来るのだろうか。空に愛想笑いをしてみた。まあ効果は皆無だろうが。これは私流の水乞いなのだ。(苦笑)
植木にやる水は井戸水だ。水道のように、ひねれば確実に水がほとばしるとは限らない。3日前にも、同じように水が出なくなった。慌てて、井戸のわきに設けてある電気ポンプのケースを外して確認。モーターはウンともスンともいわない。焦った。ポンプが動かない限り、誘い水も試みられない。(明日に詳しく調べてみよう)急用があって、電気ポンプとにらめっこする時間がなかった。
翌日。蛇口をひねると水がほとばしった。手に注がれた水は冷たい。井戸水だった。それで分かった。最近の酷暑少雨で井戸の水位が下がりすぎたのだ。
そんな経験があるから、今回は(またか)と余裕だ。
ふと頭に浮かんだ。(昔は、こんなに井戸が干上がってたかな?)
子供のころ、我が家は井戸水が、飲み水や煮炊きに使われていた。それも電気ポンプなどまだなかった。掘り抜き井戸の上部に蓋をしてそこに鋳物製の手押しポンプを設置していた。
水は必要になるとガチャンガチャンとハンドルを押し下げすると、しばらくして思い出したように水が出てくる。結構のんびりしたものだった。その水が枯れた記憶はない。いまより水は無限だったのだろうか?
ギラギラと太陽が照り付ける空を仰ぎ、心なしかしょぼくれた感じの草花を見下ろした。
ポケットに入れていたペットボトルのお茶を飲んだ。生き返る。お茶がなければ2分と外にはおれない。昔は井戸水を口にしていた。井戸水は冷たくうまかった。今は井戸水は安心して飲めやしない。それでも、井戸水が止まれば、大ごとだ。
人間が生活をするのに水は絶対欠かせない。それが、最近は自然が意地悪して水を枯渇させたり、いきなり豪雨を降らせて水害をもたらす。
水資源のコントロールは、自然のご機嫌をうかがわなければできないことを思い出させようとしているみたいだ。
この先、自然は人間を認めて共生を承認してくれる日は来るのだろうか。空に愛想笑いをしてみた。まあ効果は皆無だろうが。これは私流の水乞いなのだ。(苦笑)