こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

記憶の風景・新米(ニューフェイス)

2017年04月29日 00時18分09秒 | 文芸
「これ新しいやつかいな?」

常連さんに声をかけられた。頭が白く品のいい男性で、毎日おひとり様で来店される。刺身用に柵取りされたハマチがパックされたものを手にしている。連日の購入だ。店頭に商品が並び始める時間を見計らい姿を見せる。

「はい。今朝入荷したてのハマチを捌いたもんですわ。脂がのってて最高ですよ」

「それはええがな。ほならこれ貰うわ」

「毎度有難うございます。またよろしくお願いします」

 レジに向かう満足そうな男性に頭を下げた。

「もっと気さくにならんとあかんよ」

 振り返ると、商品棚の脇からニョキッと顔が覗いた。パートの先輩、Sさんだ。最初に配属された加工食品部門の実質的なリーダーである。小太りながら、きびきびと仕事をこなすベテランの女性だった。

「あのお客さん、いつもこの時間にハマチ買いに見えられるんよ。ほら、この向こうにあるやろ。内科の先生やねん」

「へえ、そうなんですか」

 道理で品性を身にまとった紳士だ。(自分とは住む世界が違うなあ)と、売る側と買う側の差以上の卑屈な思いに囚われる。

 ともあれ、このスーパーは客筋がいい。立地がよくて客の流れもスムーズだ。いいところに働き口が見つかったものだ。

 定年退職のあと通った西脇のハローワークで紹介された職場である。失業保険給付が切れるグッドタイミングだった。躊躇することなく決めた。

 フルタイムではなく四時間のパートである。

これまで調理師として厨房にこもる仕事が主だっただけに、販売は一種の憧れだった。

「ほなら加工食品を担当して貰いましょか」

 黒縁の眼鏡が似合う生真面目を絵に描いたタイプの副店長も気に入った。いい職場とは相性のいい上司が絶対条件でもある。

 指示された加工食品の部門が扱う商品は、菓子類から調味料に至るまで多岐に渡る。最も扱いやすい飲料を担当した。ペットボトルから缶飲料に紙容器と種類は多いが、ほかの加工食品に比べれば、そう大したことはない。新米にはもってこいの仕事だった。

 陳列の商品が欠品にならないように補充しながら在庫確認して、必要な数量を発注する。昔と違い誰でもできる簡単な作業だった。ハンドスキャナーに在庫数を入力すれば、本部に発注データーが直に届くシステムである。もちろん賞味期限の管理も重要な仕事だった。

「夏場はペットボトルがほっといても売れるやろ。欠品は絶対出さんように気をつけてな」

 Sさんは何度も繰り返した。スーパーの仕事が始まったのは六月半ば。ペットボトルがバカ売れする季節を既に迎えていた。
 高をくくってやり始めた飲料の商品管理だったが、少しでも暑くなると、茶飲料を中心に、連日補充にてんてこ舞いするほど売れた。   (続く)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする