今朝31日、「スカーレット」を見ようとTVを付けたら「首里城が火災で炎上中で正殿と北殿は全焼で南殿も危ない」と動画映像つきで報道がなされました。その後南殿も焼失との事。 凄い燃え様で驚きました!
改めて思いましたが、浜爺には「沖縄は遠い所で土地勘が無い」のです。
修学旅行は奥州平泉と京都奈良でした。勤め人になってあちこち転勤や取引先と国内旅行に行きましたがとうとう「沖縄旅行」とは無縁でした。
同じお金を掛けるなら東南アジア方面の方が費用対効果も高かった時代だったのです。
沖縄との縁は30年ほども前、台北へ旅行中に台風の接近とぶつかり那覇空港で3時間半ほど機上待機しただけでした。 残念 >
今朝も「首里城」と耳にしてはて? どこに有るの? と「守礼の門」と言うのが有って小渕内閣の時「二千円札の絵柄」になったなー さてこの二つの関係は? とググらないと分かりませんでした。
首里城はこんな感じです。
守礼の門はこんなです。
この守礼の門は大火災の首里城の大手門にも当たる門だとか!
首里城が1992年に再建されて城と門が二個一で(一対で)観光名所になっり2000年には世界遺産登録で一層の名所兼沖縄の方には「精神的な聖地」になったのかも知れません。
守礼の門は類焼を免れましたかね?!
それやこれや立派な歴史的建造物(大半が木造作りとか)がいまどき全焼してしまうなんて「どんな防火体制(火災報知器や消火栓・散水栓など)を敷いていたのでしょう?」
現場検証とそれに基づく原因究明はこれからの事です。
政治的問題は置いておくにしても、観光名所の一つがダメになっただけでも地元経済に打撃が有りそうで心配です。
写真:激しく燃える首里城 4時半過ぎ
読売新聞:
31日午前2時40分頃、民間の警備会社から「首里城の火災報知設備から信号を受信した。煙が見える」と119番があった。那覇市消防局などによると、正殿付近から火の手が上がり、激しく炎上。隣接する北殿、南殿などにも燃え広がり、これらの建物はほぼ全焼した。消防車など30台が出動し、消火に当たっている。けが人の情報は入っていない。
首里城は2000年に登録された世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産の一つ。1945年の沖縄戦で焼失し、沖縄の本土復帰20年を記念して92年に復元された。那覇空港から東に約7キロの場所にあり、多くの人が訪問する観光地として知られている。
県警などによると、現地では27日から11月3日までの予定で、恒例の「首里城祭り」が開催されており、31日未明までイベントの準備が続いていた。
首里城近くに住む与儀勉さん(64)は、けたたましい消防車のサイレンの音で目を覚まし、すぐに外に出た。午前3時過ぎ、首里城が見える場所に着くと、最初は暗闇にうっすらと煙が見える程度だったが、みるみるうちに正殿が炎に包まれた。「沖縄のシンボルがこんなことになるなんて、ショックで言葉にならない」とぼう然とした様子でつぶやいた。
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