人生チャレンジ20000km~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集(緑風出版)

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●安全問題研究会政策ビラ・パンフレット
こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

いざ、福島から北海道へ

2013-04-04 23:21:28 | 日記
4月1日、北海道へ転勤を命ずる旨の辞令を受け取った。いよいよ6年間勤めた福島を離れ、北海道への旅立ち決定だ。

思えば6年前、自然豊かでロハスな生活が送れると胸躍らせながら赴任した福島だった。それが一挙に暗転したのは2年前の3.11。低線量被曝の恐怖の中で、脱出したくてしたくてたまらなかった。その福島から離れると思うと、まさに万感胸に迫りくる。

3月に転勤の内示があって以降、職場はもとより、しらかわ市民放射能測定所「ベク知る」メンバーも送別会を開いてくれた。私(よりもむしろ妻)がいなくなることが、測定活動、子どもを放射能から守る諸活動にとって痛手だと言われたが、それでも最後は皆さん「放射能の悪影響のない場所に行けるのはすばらしいこと」と、送り出してくれた。そのことに対してはいくら感謝してもしきれないし、また、そんな人たちを福島に残していかなければならないことに若干の後ろめたさも感じる。福島からの避難者たちも、きっとこうして後ろ髪を引かれながら、福島を後にしたに違いない。

2日から3日は、引き払う自宅の掃除と粗大ゴミの片付けに追われた。こんなにたくさん我が家に荷物(という名のゴミ)があったのかと我ながら驚かされる。最後は知人に軽トラックを借りて白河市のクリーンセンターにゴミを持ち込まなければならないほどの量だった。

そして3日午後。折からの雨模様の中を、カーラジオで選抜の決勝戦を聞きながら東北自動車道を仙台まで走る。福島で放射能に汚れた車のまま北海道に上陸するわけにも行かないだろうとの判断で、洗車をする。その後、仙台港から苫小牧行きの太平洋フェリーに車を積み込む。荒天模様で船は激しく揺れたが、翌4日午前11時、ほぼ定刻にフェリーは苫小牧港に接岸。北海道へ上陸を果たした。

これから何年お世話になるかわからないが、しばらくの間は北海道を拠点にいろいろな情報の発信に努めていきたいと思っている。

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