語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、円高に金融政策は無効 ~「超」整理日記No.526~

2010年09月04日 | ●野口悠紀雄
 為替レートが円高に動いている。これを反映して株価も下落している。「政府や日銀は、これを静観せず、積極的な対応をせよ」という論議がマスメディアで高まっている。・・・・1年前とほぼ同じ状況だ。日本の経済論議は、この1年、なにも変わっていない。

(1)「積極的な対応」といったところで、金融政策や為替政策の範囲内では打つ手はない。これまでの高金利国で、金利が低下してしまったからだ。
 ●米国の国債利回り:3.59%(2009年8月)→2.6%(2010年8月19日)
 日本は、国債利回りをこれ以上下げることはできない。金利差が縮小したので、為替介入を行っても為替動向に影響を与えることはできず、損失を被るだけの結果に終わる。
 日本は、1990年代後半から、為替介入を繰り返してきた。とくに2003年から2004年には巨額の介入を行った。→円キャリー取引を誘発した。→異常な円安が進んだ。→日本の輸出が増大した。→米国のサブプライムバブルを増長した。→金融危機を招来した。
 こうしたことは、2007年頃までの世界経済情勢の下でこそ可能だったが、現在の状況はこれと違う。
 現在、「円が有利だから投資が集まる」というよりは、「これまでドルが有利で部一句に世界の投資が集まっていたが、それが変わった」ということだ。

(2)物価との関係に注意を要する。
 貿易に影響するのは、名目の円ドルレートではなく、実質為替レート(各国間のインフレ率の違いを調整)だ。
 ●米国の消費者物価:152.4→214.5(1995年~2009年)・・・・40.7%上昇
 ●日本の消費者物価:100.7→100.3(1995年~2009年)・・・・0.4%下落

 <例:車>日本で850万円=米国で10万ドル(1995年、1ドル=85円)
     → 日本で850万円=米国で14万ドル(2009年、1ドル=【後述】)
        ※車も消費者物価平均値と同率で変化したと仮定、簡単化のため日本の消費者物価は無視。 
     ⇒ 10万ドルで販売するなら、圧倒的な競争力。
        10万ドル以上14万ドル以下で販売しても売れるし、多額の利益を稼げる。

 競争条件を1995年と同じにするには、為替レートは、1ドル=60.4円にならなければならない。
 1990年代なかばまで顕著な円安介入はなかったので、当時のレートは市場実勢を反映した正常なレートだった。現時点での正常な円ドルレートは、1ドル=60.4円程度ということになる。 
 つまり、実質レートでみれば、現在のレートは適正なレートに比べてまだかなり円安なのだ。
 本来円安であるにもかかわらず、「これでは採算がとれない」というのであれば、日本の輸出産業の競争力が1990年代中頃に比べて格段に落ちてしまったからだ。

 ちなみに、「財政危機進展→インフレ→円安→輸出増加」・・・・という意見は、誤りである。
 国内インフレの結果円安になっても、実質レートが下がるとはかぎらない。為替レートの調整が遅れたら、実質レートで円高になり、輸出産業は大打撃を受けるだろう。

(3)現在の日本で有効需要を増やす短期的政策は、国債を増発して財政支出を増やすことだ。
 金利が低水準に落ちこむと、金融政策が利かなくなり、金融緩和をしても有効需要を増やすことができない(「流動性トラップ」)。
 こうした経済においては、財政政策しか有効需要を増やす手だてはない(ケインズ)。国債で財源を調達し、都市基盤整備を行うのだ。
 この政策で増えるのは、建設国債である。子ども手当のような移転支出ではない(現状では貯蓄にまわり、有効需要を増やさない可能性が高い)。直接有効需要となる。日本の大都市で、社会資本投資によって経済環境を改善できる余地はまだ大きい。こうした投資は、将来の生産性を高め、国債の償還財源をつくるので、財政再建には逆行しない。また、長期国債金利がきわめて低水準になっているので、国債を増発しても消化に問題が生じることはない。
 現実には、経済成長が必要とされながら、公共事業は縮小し続けている。
 ●公的固定資本形成の季節調整済み対前期成長率:マイナス12.9%(2010年4~6月期、2009年7~9月期以降連続マイナス)

 短期的政策と並行して必要なのは、産業構造を変え、1ドル=60円でもびくともしない経済をつくることだ。
 製造業であれば、生産拠点を海外に移し、また世界のさまざまなメーカーから水平分業で部品を調達するようなものだ。そして、これによって減少する国内の雇用を、別の産業で補う必要がある。
 いずれにせよ、日本の経済構造は大きく変わらなければならない。円高をはじめとするさまざまな経済指標が発している基本的なメッセージは、「現在の経済構造を継続することはできない」ということだ。

【参考】野口悠紀雄「円高に金融政策は無効、産業構造の改革が必要 ~「超」整理日記No.526~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月4日号所収)
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