語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】堀田善衛の、日本人スペイン移住計画批判 ~『天上大風』~

2010年09月30日 | ●堀田善衛
 停年退職者たちが老後を外国ですごす、という計画が進行している。経産省が積極的に後援している。すなわち、“シルヴァー・コロンビア計画”である。すでにマラガ地方では、日本の地上げ屋が土地を買いあさっている。
 ・・・・というような噂が耳にはいってきて、堀田善衛は次のように書いた。いまはむかし、1987年のことである。
 堀田は、次のように注意を喚起する。
 日本国内の移住でも、住民票の異動届をはじめ、わずらわしい手続きが必要だ。外国となると、少なくともスペインの場合には煩瑣きわまる手続きが必要なのだ。

(1)三か月期限の居住許可がしるされたヴィザのあるパスポート【オリジナル&コピー2通】。ヴィザは、入国スタンプがあるか、日本のスペイン領事館が発行したもの。パスポートは、所轄の警察の外事課へ提出し、記入するべき用紙をもらう。
(2)日本領事館の在留証明書【オリジナル&コピー2通】。ちなみに、スペインの日本領事館はマドリードとバルセローナにしかない。
(3)日本国内における犯罪歴証明書(無犯罪証明書)【オリジナル&コピー2通】(日本領事館の保証書が必要な場合もある)。
(4)居住予定地の警察の発行する犯罪歴証明書(無犯罪証明書)【オリジナル&コピー2通】。
(5)当地居住のスペイン人2人の身柄保証書【コピー2通】。そして、そのスペイン人の市民証【コピー2通】。
(6)銀行預金の残高証明書【オリジナル&コピー2通】。
(7)定期的に日本から送金がある由を記した証明書【オリジナル&コピー2通】。
(8)1か月に1人につき10万ペセタ(約850ドル)ずつ以上引き出しているという証明書【オリジナル&コピー2通】。
(9)住む家、アパートの買収あるいは賃貸の契約書【オリジナル&コピー2通】。 
(10)当地の医師会の発行した健康診断書【オリジナル&コピー2通】。
(11)当地において有効な、何らかの健康保険に入っているという契約書【オリジナル&コピー2通】。
(12)(夫人同伴の場合)夫人と確かに結婚しているという証明書(戸籍抄本と、これが間違いないものであるという当地の日本領事館の保証書)。
(13)(夫人同伴の場合)夫人に収入がない場合には夫である男子がその夫人を確かに養っていくものであるという誓約書。

 ということで、約13件の書類が必要となる。「約」と断るのは、(3)のように保証書が追加して必要な場合があるし、(5)や(12)のように異なる複数の書類をここでは1件と数えているからだ。
 これだけの書類をそろえるだけでも3か月は充分にかかる。
 ということは、到着直後からこの手続きにかからねば間に合わない。
 しかも、警察、銀行、医師会などに出頭して、質問にも答えることができる程度にスペイン語を操ることが前提となっている。
 (旅行ではない)外国居住経験のない停年退職者たちに、「果たしてこれだけの煩雑かつ面倒なことが出来るものであろうか」というのが堀田の結論である。

 書類だけではない。
 まず住む土地の近くに火葬場があるかどうかを確かめておかなくてはならない・・・・と、聞きようによっては物騒きわまりない話を堀田は付け加える。
 老人ならそのうちに(若者より近いうちに)死ぬ。死体を空輸するには莫大な手間と費用がかかる。非キリスト教徒を埋葬させてくれるほど教会は寛容ではない。「人間の死体ほどにも始末におえぬものはないのである」

【参考】堀田善衛『天上大風 同時代評セレクション1986-1998』(ちくま文庫、2009)
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