『戦争における「人殺し」の心理学』とは、ショッキングなタイトルだ。原題は“ON KILLING”とそっけないが、これはまたこれでショッキングである。
だが、なかみは扇情的なものではなく、真摯な学術書である。
著者デーヴ・グロスマンは、陸軍中佐。米国陸軍に23年間奉し、レンジャー部隊・落下傘部隊資格所得、ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任後、研究執筆活動に入った。
本書は、2010年に邦訳された『「戦争」の心理学』ともども、軍人、対テロ要員、警察官などによく読まれているらしい。
本書第20章は、「権威者の要求」と題し、「ミルグラムと軍隊」の副題がつく。
スタンレー・ミルグラムのいわゆる「アイヒマン実験」について、このブログでは権威に盲従しない者という観点からアプローチしたが、これは市民社会における市民の務めを念頭においていた。
グロスマンは逆に、軍隊という市民社会から独立した軍隊(とは言い切れないと思うが、細かい議論はここでは略す)という組織の効率的運営の観点からミルグラムの実験を引く。
グロスマンが注目するのは、白衣を着た実験者=権威者=命令者が被験者を操作するときの、操作しやすさの要因である。
権威者の近接度、権威者への敬意度、権威者の要求の強度、権威者の正当性・・・・の4要因が挙げられている。戦闘環境にも当てはめることができるからだ。
(1)被験者に対する権威者の近接度
第二次世界大戦中、指揮官が見ていて激励している間は全員が発砲するが、指揮官がその場を離れると発砲率はたちまち15~20%に低下した。
(2)権威者に対する殺人者の主観的な敬意度
兵士に戦闘意欲をもたせる第一要因は、直属の上官に対する同一化である。みんなに認められ、尊敬される指揮官に比べると、未知の指揮官や信頼されていない指揮官は、戦闘の際、兵士から服従されにくい。
(3)権威者による殺人行動要求の強度
ミライ村の女子ども集団を殺害するべく最初に命じたときにカリー中尉は、「どうすればいいのか、わかっているな」とだけ言ってその場を離れた。
戻ってきた中尉は、尋ねた。「なぜ殺していないんだ」
「殺せと言われた、とは思わなかったので」と、兵士は答えた。
すると、カリーは言った。「殺せとは言ってない。生かしておくな、と言ったんだ」
そして、自ら発砲しはじめた。兵士たちは、これに倣った。
(4)権威者の権威と要求の正当性
権威が社会的に認められた正当な指揮官は、そうでない指揮官より影響力が大きい。
また、正統的で合法な要求は、非合法または思いがけない要求より従いやすい。
軍の将校は、ギャングの頭目や傭兵の指揮官とちがって、正統的な権威を背負っているから、兵士に非常に大きな影響力をおよぼすことができる。
これ以上部下に犠牲を強いることはできない、と指揮官が感じたとき、敗北につながる究極の歯車がまわりはじめる。部下を犠牲にする度胸/意思が指揮官から消えたとき、彼の指揮する軍は敗北するのだ。
他方、栄光の炎に包まれて、部下とともに全滅する道を選ぶ指揮官もいる。すみやかに、きれいさっぱり部下と一緒に死ねるなら、そして自分の行いを背負ってその後の人生を生きていかなくて済むならば、指揮官にとって、そのほうが多くの意味で楽なのだ。
第一次世界大戦の<失われた大隊>は、指揮官の意志によって部隊が持ちこたえた名高い例である。
第77師団に属するこの大隊は、攻撃中に本隊から切り離され、ドイツ軍に包囲された。彼らは何日間も戦いつづけた。食糧も弾薬も切れた。手当されないまま恐ろしい傷に苦しむ戦友や仲間に、生存者は囲まれていた。ドイツ軍は火炎放射器で焼き殺そうとしてきたが、指揮官は降伏しようとはしなかった。
この大隊は、州軍師団の民兵からなる、寄せ集めの歩兵大隊でしかなかった。にもかかわらず、軍事史に燦然と輝く不滅の偉業をなしとげたのである。
5日後、大隊は救出され、指揮官のホイットルーシー少佐は名誉勲章(軍人に与えられる最高の勲章)を授与された。
・・・・そうグロスマンは伝えたあと、次のように続けて、この章を締めくくる。
「ここまではよく知られた話だ。だが、戦後まもなくホイットルーシーが自殺して果てたことを知る人は少ない」
【参考】デーヴ・グロスマン(安原和見訳)『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫、2004)
↓クリック、プリーズ。↓
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だが、なかみは扇情的なものではなく、真摯な学術書である。
著者デーヴ・グロスマンは、陸軍中佐。米国陸軍に23年間奉し、レンジャー部隊・落下傘部隊資格所得、ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任後、研究執筆活動に入った。
本書は、2010年に邦訳された『「戦争」の心理学』ともども、軍人、対テロ要員、警察官などによく読まれているらしい。
本書第20章は、「権威者の要求」と題し、「ミルグラムと軍隊」の副題がつく。
スタンレー・ミルグラムのいわゆる「アイヒマン実験」について、このブログでは権威に盲従しない者という観点からアプローチしたが、これは市民社会における市民の務めを念頭においていた。
グロスマンは逆に、軍隊という市民社会から独立した軍隊(とは言い切れないと思うが、細かい議論はここでは略す)という組織の効率的運営の観点からミルグラムの実験を引く。
グロスマンが注目するのは、白衣を着た実験者=権威者=命令者が被験者を操作するときの、操作しやすさの要因である。
権威者の近接度、権威者への敬意度、権威者の要求の強度、権威者の正当性・・・・の4要因が挙げられている。戦闘環境にも当てはめることができるからだ。
(1)被験者に対する権威者の近接度
第二次世界大戦中、指揮官が見ていて激励している間は全員が発砲するが、指揮官がその場を離れると発砲率はたちまち15~20%に低下した。
(2)権威者に対する殺人者の主観的な敬意度
兵士に戦闘意欲をもたせる第一要因は、直属の上官に対する同一化である。みんなに認められ、尊敬される指揮官に比べると、未知の指揮官や信頼されていない指揮官は、戦闘の際、兵士から服従されにくい。
(3)権威者による殺人行動要求の強度
ミライ村の女子ども集団を殺害するべく最初に命じたときにカリー中尉は、「どうすればいいのか、わかっているな」とだけ言ってその場を離れた。
戻ってきた中尉は、尋ねた。「なぜ殺していないんだ」
「殺せと言われた、とは思わなかったので」と、兵士は答えた。
すると、カリーは言った。「殺せとは言ってない。生かしておくな、と言ったんだ」
そして、自ら発砲しはじめた。兵士たちは、これに倣った。
(4)権威者の権威と要求の正当性
権威が社会的に認められた正当な指揮官は、そうでない指揮官より影響力が大きい。
また、正統的で合法な要求は、非合法または思いがけない要求より従いやすい。
軍の将校は、ギャングの頭目や傭兵の指揮官とちがって、正統的な権威を背負っているから、兵士に非常に大きな影響力をおよぼすことができる。
これ以上部下に犠牲を強いることはできない、と指揮官が感じたとき、敗北につながる究極の歯車がまわりはじめる。部下を犠牲にする度胸/意思が指揮官から消えたとき、彼の指揮する軍は敗北するのだ。
他方、栄光の炎に包まれて、部下とともに全滅する道を選ぶ指揮官もいる。すみやかに、きれいさっぱり部下と一緒に死ねるなら、そして自分の行いを背負ってその後の人生を生きていかなくて済むならば、指揮官にとって、そのほうが多くの意味で楽なのだ。
第一次世界大戦の<失われた大隊>は、指揮官の意志によって部隊が持ちこたえた名高い例である。
第77師団に属するこの大隊は、攻撃中に本隊から切り離され、ドイツ軍に包囲された。彼らは何日間も戦いつづけた。食糧も弾薬も切れた。手当されないまま恐ろしい傷に苦しむ戦友や仲間に、生存者は囲まれていた。ドイツ軍は火炎放射器で焼き殺そうとしてきたが、指揮官は降伏しようとはしなかった。
この大隊は、州軍師団の民兵からなる、寄せ集めの歩兵大隊でしかなかった。にもかかわらず、軍事史に燦然と輝く不滅の偉業をなしとげたのである。
5日後、大隊は救出され、指揮官のホイットルーシー少佐は名誉勲章(軍人に与えられる最高の勲章)を授与された。
・・・・そうグロスマンは伝えたあと、次のように続けて、この章を締めくくる。
「ここまではよく知られた話だ。だが、戦後まもなくホイットルーシーが自殺して果てたことを知る人は少ない」
【参考】デーヴ・グロスマン(安原和見訳)『戦争における「人殺し」の心理学』(ちくま学芸文庫、2004)
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