語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、経済対策を検証・評価する

2010年09月16日 | ●野口悠紀雄
 2008年秋以来急激に落ちこんだ経済に対して取られた対策について、1年以上へた今、これらの効果を検証し、評価する。

(1)金融政策
 量的緩和政策が採られた。資金繰り倒産や取引生涯など、流動性不足からくる諸問題を回避する効果はあった。
 しかし、需要を増大したり、物価を押し上げる効果は、もともと金融政策にはなかった。なぜなら、日本経済は「流動性トラップ」(ケインズ)【注1】に落ちこんでいるからだ。
 金融政策の無効性は、特に物価について顕著である。

 【注1】貨幣に対する需要が無限大になると、流動性の増加が経済活動を刺激する効果をもたない。

(2)改正産業活力特別措置法
 公的資金による企業救済が行われることになったが、問題が多い。
 1990年代の銀行に対する公的資金注入は、信用危機回避のためやむをえない面があった。
 しかし、無原則に公的資金をつぎ込むのは、いかなる理由によっても正当化できない。際限のないモラルハザードをもたらす。

(3)麻生太郎内閣の景気刺激対策
 2008年度補正予算と2009年度予算において、マクロ経済学上景気刺激対策とみなせるのは定額給付金の2兆円と自動車従量税・自動車取得税の減税でしかない。
 2009年度補正予算では、雇用調整助成金拡充の6,012億円、一般会計における「雇用対策」として1兆2,698億円が予算措置された。雇用調整助成金は、失業率上昇を抑えたという点でマクロ経済的な効果があった。しかし、公共事業であれば手当を給付して事業を行わせるが、雇用調整助成金は後になにも残らないという意味で浪費的な政策だ。
 また、同補正予算で特定産業(自動車産業と電機産業)を対象とする支援策が行われたが、雇用調整助成金と同じ問題点がある。一時しのぎにはなっても、日本の産業が抱えている基本問題を解決しない。さらに、特定産業に偏った、企業救済措置である点も問題だ。資源配分を攪乱する危険が大きいからだ。
 また、高速道路の料金引き下げも行われたが、そもそもこの措置が何を目的なのかが明らかでない。その後民主党は、高速道路料金政策を変更したが、何を目的とするのか不明なままで、いたずらに事態を混乱させるだけのものだ。

(4)必要な財政政策
 現在の日本では「クラウディングアウト」【注2】が発生していない。他方では「流動性トラップ」に落ちこんでいる。したがって、短期的需要喚起策は、金融政策ではなく、財政政策である。
 ただし、財政政策のうち、移転支出はただちには有効需要を拡大しない。実際、定額給付金は消費支出を増大させる効果を上げなかった。消費にまわらず、貯蓄されたと推定される。
 現在の日本経済の経済的条件からすると、本来行われるべき財政政策は公共事業の増加である。しかるに、GDP統計をみると、実質公的資本形成は、2009年4~6月期は大きく増加したものの、7~9月期にはマイナス1.6%になってしまった。

 【注2】財政支出や財政赤字の拡大が金利を押し上げるという現象。

(5)一時しのぎ緊急避難策を継続した民主党政権
 自民党政権が行った追加経済対策は、一時しのぎの緊急避難でしかなかった。これは、「一時をしのげば復活する」という見方が前提となっている。
 しかし、国内と先進国の需要は復活しない。ここ数年の売上げ増加はバブルに支えられたものでしかなかったからだ。
 民主党は、何の見直しを行うもことなく、自民党の政策を継続した。

 経済政策を議論する場合、短期的課題と長期的課題を区別することが必要だ。
 雇用調整助成金を継続すれば、失業率の急増を抑えることはできる。しかし、給付期間には限度がある。単に現行制度を維持するだけでは不十分だ。拡充が必要であるが、それには膨大な予算措置が必要になる。仮に財源手当を行っても、雇用調整助成金によって本格的な解決を図ることはできない。他方で、雇用を積極的に拡大する方策が考えられなければならない。
 民主党は、労働者派遣法を改正したが、これが雇用をさらに減少させることは、ほぼ確実である。民主党は、一刻も早く雇用に関する経済メカニズムを理解してほしい。

 現在の日本で、労働力が数百万人単位で不足しているのは、介護部門である。ここで雇用増加を図ることが当然考えられるが、大きな問題は雇用条件の改善だ。賃金水準が低い。
 むろん、雇用創出可能な分野は介護に限らない。そうした分野をふくめて、本格的な雇用創出には、さまざまな制度改正と予算措置が必要だ。しかも、急ぐ。

(6)際限なく悪化する財政
 2008年度当初予算では、一般会計税収を53.6兆円と見積もっていた(うち法人税は16.7兆円)。しかし、二次補正予算では、法人税収は、10兆円のレベルまで落ちこんだ。
 2009年度当初予算では46兆円の税収を見こんでいたが、税収は激減した。2009年度補正予算は、国債発行額は50兆円を超し、国債発行が税収を上まわる異常事態に陥った。
 2010年度予算は、歳出が92兆3千万円に膨れあがった。他方、税収はわずか37兆円にすぎない。国債発行額は44兆3千億円だが、「その他収入」(その大半は埋蔵金などの臨時収入)が10兆6千億円もあり、実質的な国債発行額は55兆円を超える。
 埋蔵金は、数年しか続かない財源だ。
 税収が歳出の4割しかないとは、普通の国ではおよそあり得ない予算の姿だ。日本の「死相」が明瞭に表れている。
 今後、財政状況の悪化は確実に予測できる。すでに法人税が激減しており、企業利益の動向を思えば、今後もこのレベルから大きく回復することはない。他方で、雇用情勢や企業収益が好転しないから、財政に対する支援要求はますます増大する。財政赤字は、破滅的レベルまで拡大する危険がある。さらに長期的にみれば、年金財政が破綻する可能性が予想される。
 財政状況の悪化を阻止する方策は、残念ながら見あたらない。

   *

 以上、『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』第7章に拠る。

【参考】野口悠紀雄『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか 』(ダイヤモンド社、2010.5)
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