(1)追いつめられた小沢
小沢一郎前幹事長は、今回、代表戦に出なければならないほど追いつめられた。本音は、総理なんてなりたくないだろう。
菅直人が総理に選ばれた前の選挙では、原口一博、海江田万里、田中真紀子にまで声をかけて全部断られた。ついに自分が出ざるをえなくなった時点で、小沢は終わっている。
小沢は、自民党時代の終わり頃から、小選挙区制などの政治制度改革に意欲を燃やしてきた。なかでも最大の改革は政党助成金。この仕組みで絶大な権力を握るようになったのが幹事長というポストだ。国から政党にわたったカネを一手に握り、好きなように党内で配る。それによって党内での生殺与奪権を得る。これこそ、まさに小沢政治そのものだった。
ところが、鳩山政権の崩壊で幹事長を降りたら、自分がやってきたことをそのまま菅、仙谷由人官房長官、枝野幸男幹事長のチームにやられてしまった。小沢は、自分が作りあげたシステムで自分の首を絞めてしまった。
代表戦前に小沢が要求した挙党態勢とは、要するに「幹事長をこっちに寄こせ」ということだ。党のカネを握れば、あとはどうでもいい。それを菅に拒まれ、もう持たないから、出馬せざるをえなくなった。
(2)人目を避ける小沢
総理になること自体が、小沢の命取りになる可能性がある。
小沢が総理になると検察との関係がネックになると言われるが、それだけではない。そもそも、小沢はメディア、ひいては国民の注視にさらされることに耐えられないらしい。早速「記者のぶら下がり取材を廃止して、月に一度か二度の記者会見にしたい」と発言しているが、ことほど左様に人目にさらされることを怖がる総理は、今の時代、とても持たない。
国会答弁が嫌だから大臣にならない、という話もある。つまり、まともな対話ができない。彼の演説を聞いていると、大人数を前に政策を語ったことがないのがよくわかる。
小沢の手法は、典型的な「ひきこもり」政治だ。小沢はしばしば姿をくらますが、総理になったら、首相動静に「首相、行方不明」と記されるかも。
(3)「政策に強い小沢」という虚像
(ア)経済政策
「政策に強い」が虚像であることも露呈してしまった。
例えば、「円高だから断固介入しなきゃいけない」といった直後に、「円高だから海外に投資して資源を取らなきゃいけない」と言い出す。円を上げたいのか下げたいのか、さっぱりわからない。
無利子国債や地方一括交付金も同じ。総理になったとき、責任が持てるのか。
消費税を批判しているが、細川政権時代、当時の大蔵次官、斎藤次郎と組んで、国民福祉税を導入したのは、小沢だった。しかも、その斎藤は、日本郵政の社長に就いているから、何をか言わんや。
(イ)普天間問題
「第七艦隊だけあれば、海兵隊は要らない」という持論を繰り返しているが、総理になってオバマ大統領にそれを突きつけられるのか。
野党の感覚だ。一国の総理として、それを口にするにはどれだけの裏付けを必要とするかの重みがない。
(ウ)「脱官僚・政治主導」
旗印に掲げている「脱官僚・政治主導」にしても、これまで官僚に頼りまくっていたくせに、よくもまあ、と言いたくなる。
(エ)検察審査会
一番すごいのは、検察審査会批判。「一般の素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と、制度の根幹を否定することを平気で言ってしまう。一般の国民が検察をチェックするための制度なのに。小沢には、「国民」ではなく、「取り巻き」と「選挙民」がいるだけなのだろう。
しかも、再審査で起訴議決となったら受けて立つと言っている。前代未聞だ。総理の尊厳を守る、という発想が小沢にはない。
(オ)小沢政治とカネ
経歴からして、47歳で自民党幹事長になりながら、閣僚経験は中曽根内閣の自治大臣兼国家公安委員長だけだ。あとは竹下内閣の官房副長官くらい。実際の行政に責任を負ったことがほとんどない。
カネとポストをばら撒くことに専念してきたから、閣僚としての実績も、政策上の理念もない。
小沢の自慢話は「いついつの政局で、誰にいくらカネを突っこんだ」とか、人に言えない話ばかりだ。
(4)人材のいない小沢派
小沢のもとに集まる人材は質が悪い。小沢内閣で山岡賢次とか松木謙公が主要な地位を占めるかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
後藤新平に、「カネを残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ」という名言がある。小沢は、カネは残したが、仕事は最後に崩壊し、人はまったく残さなかった。船田元、熊谷弘、二階俊博と、みんな切り捨ててきた。
小沢は、実社会で働いてカネを稼いだ経験がない。多様な人間と交わった経験がない。上司、取引先、友人などといった多様な関係の中で人間をみる修行をしていない。だから、コイツは使えるか使えないか、裏切るか裏切らないか、という水準でしか人間を見られない。
この点、世の中には家族、使用人、敵の三種類しかいない、と考えている田中真紀子に通じる。
(5)本当の問題
小沢が代表戦で負ければ、菅はこれまで以上に小沢を干しあげるだろう。
小沢が勝てば、国会答弁でつまずく可能性が高い。新たな疑惑が出てくるとか。不思議に、総理になると今まで口をつぐんできた人が話しだしたりするものだ。
小沢が勝った場合に狙っているのは、解散総選挙だろう。いまの議席を減らしても、過半数さえ維持できれば総理として信任を得た、という言い分が成り立つ。しかし、世論調査をみるかぎり、小沢代表では、次の国政選挙では負ける。
本当の問題は、今回の代表戦でどちらが勝つか、ではない。それよりも、早晩崩壊する小沢政治の後に何が来るか、だ。
【参考】佐野眞一/福田和也「『豪腕神話』バケの皮を剥ぐ!」(週刊文春2010年9月16日号所収)
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小沢一郎前幹事長は、今回、代表戦に出なければならないほど追いつめられた。本音は、総理なんてなりたくないだろう。
菅直人が総理に選ばれた前の選挙では、原口一博、海江田万里、田中真紀子にまで声をかけて全部断られた。ついに自分が出ざるをえなくなった時点で、小沢は終わっている。
小沢は、自民党時代の終わり頃から、小選挙区制などの政治制度改革に意欲を燃やしてきた。なかでも最大の改革は政党助成金。この仕組みで絶大な権力を握るようになったのが幹事長というポストだ。国から政党にわたったカネを一手に握り、好きなように党内で配る。それによって党内での生殺与奪権を得る。これこそ、まさに小沢政治そのものだった。
ところが、鳩山政権の崩壊で幹事長を降りたら、自分がやってきたことをそのまま菅、仙谷由人官房長官、枝野幸男幹事長のチームにやられてしまった。小沢は、自分が作りあげたシステムで自分の首を絞めてしまった。
代表戦前に小沢が要求した挙党態勢とは、要するに「幹事長をこっちに寄こせ」ということだ。党のカネを握れば、あとはどうでもいい。それを菅に拒まれ、もう持たないから、出馬せざるをえなくなった。
(2)人目を避ける小沢
総理になること自体が、小沢の命取りになる可能性がある。
小沢が総理になると検察との関係がネックになると言われるが、それだけではない。そもそも、小沢はメディア、ひいては国民の注視にさらされることに耐えられないらしい。早速「記者のぶら下がり取材を廃止して、月に一度か二度の記者会見にしたい」と発言しているが、ことほど左様に人目にさらされることを怖がる総理は、今の時代、とても持たない。
国会答弁が嫌だから大臣にならない、という話もある。つまり、まともな対話ができない。彼の演説を聞いていると、大人数を前に政策を語ったことがないのがよくわかる。
小沢の手法は、典型的な「ひきこもり」政治だ。小沢はしばしば姿をくらますが、総理になったら、首相動静に「首相、行方不明」と記されるかも。
(3)「政策に強い小沢」という虚像
(ア)経済政策
「政策に強い」が虚像であることも露呈してしまった。
例えば、「円高だから断固介入しなきゃいけない」といった直後に、「円高だから海外に投資して資源を取らなきゃいけない」と言い出す。円を上げたいのか下げたいのか、さっぱりわからない。
無利子国債や地方一括交付金も同じ。総理になったとき、責任が持てるのか。
消費税を批判しているが、細川政権時代、当時の大蔵次官、斎藤次郎と組んで、国民福祉税を導入したのは、小沢だった。しかも、その斎藤は、日本郵政の社長に就いているから、何をか言わんや。
(イ)普天間問題
「第七艦隊だけあれば、海兵隊は要らない」という持論を繰り返しているが、総理になってオバマ大統領にそれを突きつけられるのか。
野党の感覚だ。一国の総理として、それを口にするにはどれだけの裏付けを必要とするかの重みがない。
(ウ)「脱官僚・政治主導」
旗印に掲げている「脱官僚・政治主導」にしても、これまで官僚に頼りまくっていたくせに、よくもまあ、と言いたくなる。
(エ)検察審査会
一番すごいのは、検察審査会批判。「一般の素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と、制度の根幹を否定することを平気で言ってしまう。一般の国民が検察をチェックするための制度なのに。小沢には、「国民」ではなく、「取り巻き」と「選挙民」がいるだけなのだろう。
しかも、再審査で起訴議決となったら受けて立つと言っている。前代未聞だ。総理の尊厳を守る、という発想が小沢にはない。
(オ)小沢政治とカネ
経歴からして、47歳で自民党幹事長になりながら、閣僚経験は中曽根内閣の自治大臣兼国家公安委員長だけだ。あとは竹下内閣の官房副長官くらい。実際の行政に責任を負ったことがほとんどない。
カネとポストをばら撒くことに専念してきたから、閣僚としての実績も、政策上の理念もない。
小沢の自慢話は「いついつの政局で、誰にいくらカネを突っこんだ」とか、人に言えない話ばかりだ。
(4)人材のいない小沢派
小沢のもとに集まる人材は質が悪い。小沢内閣で山岡賢次とか松木謙公が主要な地位を占めるかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
後藤新平に、「カネを残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ」という名言がある。小沢は、カネは残したが、仕事は最後に崩壊し、人はまったく残さなかった。船田元、熊谷弘、二階俊博と、みんな切り捨ててきた。
小沢は、実社会で働いてカネを稼いだ経験がない。多様な人間と交わった経験がない。上司、取引先、友人などといった多様な関係の中で人間をみる修行をしていない。だから、コイツは使えるか使えないか、裏切るか裏切らないか、という水準でしか人間を見られない。
この点、世の中には家族、使用人、敵の三種類しかいない、と考えている田中真紀子に通じる。
(5)本当の問題
小沢が代表戦で負ければ、菅はこれまで以上に小沢を干しあげるだろう。
小沢が勝てば、国会答弁でつまずく可能性が高い。新たな疑惑が出てくるとか。不思議に、総理になると今まで口をつぐんできた人が話しだしたりするものだ。
小沢が勝った場合に狙っているのは、解散総選挙だろう。いまの議席を減らしても、過半数さえ維持できれば総理として信任を得た、という言い分が成り立つ。しかし、世論調査をみるかぎり、小沢代表では、次の国政選挙では負ける。
本当の問題は、今回の代表戦でどちらが勝つか、ではない。それよりも、早晩崩壊する小沢政治の後に何が来るか、だ。
【参考】佐野眞一/福田和也「『豪腕神話』バケの皮を剥ぐ!」(週刊文春2010年9月16日号所収)
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