語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、成長戦略のポイントは高度サービス産業 ~「超」整理日記No.529~

2010年09月18日 | ●野口悠紀雄
(1)低成長の原因
 経済成長こそ、今の日本にとっても最も求められるものだ。
 1990年代後半以降、日本経済の持続的成長能力が失われ、これが日本を覆う閉塞感をもたらした。雇用問題も財政赤字問題も、ここに発する。
 かかる停滞の原因を正しく把握しないで「成長が必要」と唱えても無意味である。
 日米では1990年代後半から、製造業の雇用が減少した。ただし、米国では新しいITを活用したビジネス支援産業が成長し、雇用を生んだ。この分野の所得は製造業のそれより高い。よって、米国経済全体の所得が高まった。
 翻って日本では、生産性の低いサービス産業が雇用を引き受けた(小売り、飲食、その他の対人サービス)。この分野の所得は製造業よりも低い。よって、経済全体の所得が低下した。1990年代以降、一人当たりGDPの順位が先進国の中で低下した所以だ。

(2)供給面の条件
 日本でビジネス支援産業の成長を阻害した要因は、次の3つだ。
 (ア)(特に通信分野での)規制。
 (イ)大企業がすべての業務を自社内で行い、外部のサービスを利用しない。
 (ウ)専門的人材の不足。
 他方、資本はさして重要ではない。だから、重点分野への金融などの措置を行っても、この分野の成長は促進されない。

(3)需要喚起経済政策の誤り
 日本で現実に行われている経済政策は、供給面の条件整備ではなく、需要を増やすことを目的とするものが多い。特に製造業の後退を食い止めるための需要喚起策が多い。なかでも重要なのは、金融緩和と為替介入によって円安を実現し、それによって製造業の輸出を支えたことだ。
 この政策は、2002年以降の外需依存経済成長をもたらした。2007年頃まではこの方向が成長するかに見えたが、経済危機によって頓挫した。持続可能なものではなかったのである。
 にもかかわらず、日本の経済政策は、製造業後退対策を目的としている。エコカー購入支援策しかり、家電のエコポイントしかり。さらに、雇用調整助成金によって過剰雇用を企業内にとどめた。
 これらは、長期的にみて、望ましい方向に日本経済を誘導するものではなかった。

(4)新興国へのシフトがもたらす弊害
 外需依存から抜け出せない製造業は、外需の先を先進国から新興国へ切り替えようとしている。
 しかし、新興国での需要は低価格商品が中心とならざるをえないので、日本国内の高賃金労働では対応できず、生産拠点を新興国に移さざるをえなくなる。
 この結果、日本国内における製造業の雇用はさらに縮小し、また、過剰設備も顕在化する。

(5)旧態依然の経済政策
 高生産性サービス業を発達させる必要性は焦眉のものとなっている。
 経済政策もそれと整合的なものい転換する必要がある。
 にもかかわらず、現在考えられている成長促進策とは、相も変わらぬ金融緩和と円安、そして法人税減税だ。
 これでは経済構造は変わらないし、政策が成功しても現存する供給能力が成長のリミットとなる。
 米国では、新しい供給能力をつくることによって潜在的需要を顕在化させた。この場合には、経済構造が変化し、成長のリミットはない。
 両者の違いは大きい。

(6)必要な経済政策
 今必要なのは、需要促進策ではなく、供給面のネックを取り払うことである。
 アメリカのビジネス支援産業は、政府の誘導策や援助によって発達したのではない。政府がはたした役割は、(ア)電話の独占的地位を守るため行われていた通信面での規制撤廃、(イ)1980年代には盛んに行われていた製造業への衰退阻止策からの撤退、(ウ)軍事産業の減少を無理矢理に引き留めない・・・・といった点だ。これによって、それまでは製造業に向かっていた有能な人材が新しい分野に参入したのだ。

(7)人材の確保
 ことに人材の重要性を強調しなければならない。高生産性サービス業は、高度の専門知識をもつ人材が最重要の生産要素だからだ。
 人材育成の機能を担うのは、基本的には教育だ。わけても、日本の場合には、これまで弱かった高度専門家教育を充実させることだ。それには時間がかかる。それを補うのは、海外からの人材である。
 米国のIT産業の成長において、海外からの人材が重要な役割をはたした。
 英国の高生産性サービス業である金融も、資本や人材の流入によって実現した。
 資本と人材の面で鎖国に近い状態の日本が、新しいサービス業で成長することは、きわめて難しい。21世紀の世界では当たり前となったこの事実をあらためて認識しなければ、成長戦略は宙に浮いたものとなる。

【参考】野口悠紀雄「成長戦略のポイントは高度サービス産業 ~「超」整理日記No.529~」(「週刊ダイヤモンド」2010年9月25日号所収)
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