語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】池上清彦の、原発即時停止という空論

2011年04月24日 | 震災・原発事故
 福島第一原発事故の後、すべての原発を即座に停止しろ、と主張する人がいる。
 確かに、原発は危険であることはよくわかった。しかし、今即座に原発を止めるとどうなるか。日本中が停電だらけになって、凍死する人や充分な医療を受けられずに亡くなる人がたくさん出てくるだろう。
 東電の原発依存度は約30%だが、関西電力、四国電力、九州電力えは40%を超える。
 原発即時停止を主張する人も、そうならないことがわかっているから、いくらでも強く主張できるわけだ。ほんとうに停止したら、けっこうオロオロすると思う。
 どんなに欠陥のあるシステムでも、このシステムに依存して生活している人がたくさんいるかぎり、新システムを立ち上げる前に欠陥システムをオシャカにすることはできない。

 他方、自動車より原発のほうが安全だ、と主張する人がいる。確かに、日本では原発事故で亡くなった人はJCO臨界事故(1999年)の2人だけだ。交通事故では毎年5,000人以上が亡くなっている。
 しかし、この議論は間違っている。交通事故死は、システムの中に組み入れられた死だ。交通事故死者数毎年5,000人という事実を知りながら、人々はこれを受容している。
 原発で事故が起きて、時々人が死に、周囲に放射性物質が拡散するのはある程度やむをえない、という前提を共有しないかぎり、「自動車より原発のほうが安全だ」という議論は成立しない。社会がこの前提を認めないのは、原発事故の後始末があまりにも大変なことと、原発がなくとも他のエネルギーがあれば生活に困らないことを知っているからだ。
 自動車に関しては、そうはいかない。今のところ、自動車に代わる道具はない。自動車を即時全廃したら、救急車1台すら動かない。毎年5,000人以上の死者が出るだろう。
 しかし、原発には選択肢が与えられている。総点検し、可能なかぎり安全にした上で運転を続けながら、早急に別のエネルギー源に徐々に切り替えて、もっとも危険度の高い原発から廃炉にするという選択が可能だ。

 そのために社会がなすべきことは、もっとも効率のよいエネルギー源を開発することだ。
 それは、太陽光でも風力でもない何かだ。太陽光も風力も、現状では効率が悪くて、とても主要なエネルギー源にはなり得ないからだ。

 以上、池上清彦(早稲田大学国際教養部教授)「最も効率のよいエネルギー源の開発を ~池上教授の机上放論51~」(「週刊朝日」2011年4月29日号)に拠る。

   *

 「社説:論調観測…『福島第1』事故後の原発政策」(ニート速報VIB)によれば、新聞大手4紙の原発に対する態度は、二つに割れているよし。

  毎日・朝日・・・・「原発依存から脱却すべき」
  産経・読売・・・・「一時の感情に流されるな。原発は電力供給で重要」

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【震災】電力を多用せずに豊かになる法

2011年04月24日 | ●野口悠紀雄
(1)脱工業化
 日本経済の条件は、東日本大震災によって一変した。最大の変化は、(a)電力不足による制約である。しかも、これが長期にわたって日本経済を束縛する。エネルギー価格の上昇は世界的な問題だが、電力制約は日本がもっとも厳しい。省電力型経済構造への転換が、焦眉の急だ。
 いま一つの大変化は、(b)為替レートの変動だ。欧米で金融緩和終結という見とおし→このところ円安進行→復興投資本格化→資金需要増大→金利上昇→円高・・・・の可能性が高い。すると、国内の輸出産業の利益は減少する。
 かかる事態に対処するには、製造業の海外移転を進める形で復興を行うのが合理的だ(日本の脱工業化)。

(2)貿易構造・産業構造と電力消費との密な関係
 電力消費は、貿易構造や産業構造と密接に関わる。製造業の比率が高く、輸出に依存する経済では、国内のエネルギー消費が多くなる。しかし、脱工業化が進んで輸入が増えれば、GDP当たりのエネルギー消費は減る。
 国際比較で確かめると、中国のエネルギー効率は著しく悪い。非農業部門で製造業の比率が高い(サービス産業の比率が低い)ことと、石炭など効率の悪いエネルギー源に頼っているためだ。韓国も、中国ほどではないが、効率が悪い。それに対して欧州諸国は、概して日本よりエネルギー効率がよい。
 わけても英国が注目される。GDP当たりの電力使用量は、日本の42%でしかない。他のエネルギー源依存度の高さもさりながら、総エネルギーで見てもGDP当たりで日本の9割しか使用していない。産業構造と貿易構造の違いが影響しているのだ。英国は、経済の中で付加価値サービス業(金融業が中心)の占める比率が著しく高い。そして、貿易収支は傾向的に赤字だ。かかる構造のために、少ない電力使用で経済活動が成り立っているのだ。
 米国の最終エネルギー総消費量は日本よりかなり高い。自動車に偏った交通体系のため、ガソリン使用量が極端に多いからだ。しかし、GDP当たりの電気消費量で見れば、米国は日本より少ない。製造業の比率が日本より低いからだ。また、貿易収支も英国と同じく傾向的に赤字だ。
 なお、独伊両国もGDP当たりの電気消費量は日本より低い。総エネルギー中の電力の比率が日本より低いためだ。
 仏国の電力に関する指数は日本の2倍という高い値だが、総エネルギー中の電力の比率が高いためだ。

(3)部品生産も海外移転
 復興が生産拠点を海外に移す形で行われる場合、部品生産も海外に移転すれば、TPPもFTAも不要になる。
 生産拠点の海外移転は、情緒的にとらえず、客観的な経済条件下における合理的な経済的選択としてとらえるべきものだ。
 これまでも経済条件は、日本がその方向をとるべきことを要求していた。しかし、内向き志向や外国語が不得意なためにバイアスがかかっていたのだ。日本の海外生産比率は、欧米諸国に比べてかなり低い。ところが、東日本大震災で生じた経済条件の変化は、こうしたバイアスを吹き飛ばしてしまうほど大きなものだった。

(4)対外資産の運用効率化
 生産拠点の海外移転→日本の輸出減少→国際収支悪化・・・・と懸念する人が多い。しかし、これは時代遅れの認識だ。すでに05年ごろから、経常収支黒字の半分以上は所得収支の黒字によって実現している。経済危機後は、その傾向がさらに強まった。
 外国からものを買えなくなる、と心配するなら、輸出増をめざすのではなく、対外資産の運用を効率化して利回りを高め、所得収支の黒字増加に努めるべきだ。日本は、頭を使って賢い資産運用を行うことでやっていける段階に達している。
 悪化する客観条件下で国内生産に固執すれば、日本はじり貧状態に陥る。海外の生産拠点で効率のよい生産を行い、そこで上げた利益を日本に送金することこそ、日本がめざすべき方向だ。
 海外移転によって生じる唯一の問題は、国内における雇用喪失だ。復興のための雇用は、いずれ終了する。したがって、国内に雇用を創出するために、サービス産業を成長させる必要性が高まる。これまでにもその必要性があったのだが、それが急務になった。
 産業構造の転換は、日本の生産性を上げるのみならず、GDP当たりの電力使用量を引き下げるだろう。

【参考】野口悠紀雄「電力を多用せずに豊かになる方法は? ~ニッポンの選択第61回~」(「週刊東洋経済」2011年4月23日号)
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