「文藝春秋」8月号の特集「習近平、見えてきた独裁者の正体」は、宮坂聡・ジャーナリストが、次の各分野の専門家と連続対談する(括弧内は対談者)。いずれも読み応えがある。
(1)外交(高原明生・東京大学教授)
(2)内政(阿古君子・東京大学准教授)
(3)軍事(小川和久・軍事アナリスト)
(4)経済(梶谷懐・神戸大学教授)
(1)において高原は、いま中国の外交姿勢が非常に強硬になっている背景として、国内政治の非常に厳しい状況を指摘する。
(a)2008年ぐらいから、共産党内に深刻な意見の不一致が出てきた。ヨーロッパで発展した近代的価値観を受け入れるのか、それとも中国固有の伝統的価値観を押し出していくのか。政治改革を断行するか否かという議論に繋がる大きな問題だ。ただし、「中国固有の伝統的価値観」とは何か、誰もはっきりとした答えを出してない。
(b)経済状況も政権にとって重い課題となっている。世界金融危機は何とか乗り越えて、成長軌道に戻ったが、人民の間には現状への不満や将来に対する不安が募っている。
以上(a)と(b)が胡錦濤体制後半から続いている。そこで外に闘争の対象を設定し、ナショナリズムによる国民統合をはかる戦略がとられやすくなる。
(2)において阿古は、中国社会における真の病巣は、社会の格差にある、と指摘する。
価値観を共有できないほど、社会が階層化、複雑化してしまっている。<例>日本に旅行に来る金持ちが農村の貧困について目を向けることはほとんどない。あまりにも自分たちの境遇とかけ離れている話で、現実感を持てないでいるようだ。
経済状況がさらに悪化すれば、不満を持つ勢力も増える。
これまで中国は建国以来、引き締めと緩和を交互に繰り出すことで延命した政権だ。再び緩和策を打ち出す可能性もある。ただ現在の習近平の言動からすると、それがいつになるのか、まだ見えてこない。
(3)において小川は、中国は南シナ海と東シナ海とを戦略的に差別化している、と指摘する。
東シナ海にも頻繁に中国の不審船などが侵入しているが、尖閣諸島付近には武装した中国政府の船は来てない。領海侵犯を繰り返しているのは、昨年6月まで海洋監視船と漁業監視船だった海警局の船だ。なかには第二次世界大戦型の旧式機関銃を積んだタイプもあるが、機関銃をキャンバスで包み、「非武装」をアピールしている。
東シナ海と南シナ海で対応を変えているのは、むろん米国の存在だ。中国側は、東シナ海で軍事衝突が起きれば、日本だけでなく、米国との戦争になることを十分に理解している。
日本国民の知らないことだが、米国にとっての日本の位置づけは他の同盟国とまったく違う。出撃基地の機能だけでなく、ロジスティックス(補給・兵站)、インテリジェンスの3つの機能が米本国レベルで揃っており、唯一無二の戦略的根拠地、いわば米国本土と同じ位置づけなのだ。
東シナ海で、中国が戦争を回避したいのは経済的な理由もある。中国が南シナ海でベトナムやフィリピンに対して一定の軍事行動をとっても、世界的な戦争に発展する可能性は低い。しかし、東シナ海での紛争は日本、米国との戦いになる恐れがある。そうなると、国際資本が一斉に中国から逃げ出す。それを中国は一番恐れている。
(4)において梶谷は、、と指摘する。
2000年代から現在まで、中国経済が過剰投資の状態にある。ただ、リーマンショック(2008年)を境に、その中身が変質している。現在の状況はよりバブルを生みやすい。
中国がWTOに加入し(2001年)、グローバル化に拍車がかかり、世界の投資が中国に集まるようになった。生産性は高まったが、労働分配率は伸びなかった。労働者の賃金は低く抑えられていた。なぜなら中国では労働者の移動が制限されていたからだ。企業は賃金を圧縮することによって余剰資金を投資に充てていた。
それがリーマンショック後、労働者のストライキや法整備などがあって、先進国に及ばないものの、労働分配率が上がった。その結果、企業家の取り分が減った。
問題は、それでもなお投資が大幅に伸び続けていることだ。中国政府が行った4兆元規模の景気対策のせいだ。その大半が地方政府に丸投げされ、インフラ整備やマンション建設に費やされた。不動産価格などが上昇することによって、さらなる投資の呼び水となっている。かつて日本で起きたような資産バブルが起きている。
現在の労働分配率は40%台前半で、日本のように60%以上まで上昇することは難しい。世界経済のグローバル化によって、労働者の国際競争が激化しているからだ。
外国企業は、少しでも安価な労働量があれば、すぐ移転してしまう。中国の国有企業でさえ、近年は、より賃金の低い東南アジアあるいは南アジアの国々へ拠点を移す動きがある。
特に労働コストや輸送の効率性を重視する輸出財の多国籍企業は、中国の内陸部よりベトナムやミャンマーなど、産業基盤の整備が進む東南アジアのメコン川流域諸国に活路を見出している。
□宮坂聡ほか「習近平、見えてきた独裁者の正体」(「文藝春秋」2014年8月号)
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(1)外交(高原明生・東京大学教授)
(2)内政(阿古君子・東京大学准教授)
(3)軍事(小川和久・軍事アナリスト)
(4)経済(梶谷懐・神戸大学教授)
(1)において高原は、いま中国の外交姿勢が非常に強硬になっている背景として、国内政治の非常に厳しい状況を指摘する。
(a)2008年ぐらいから、共産党内に深刻な意見の不一致が出てきた。ヨーロッパで発展した近代的価値観を受け入れるのか、それとも中国固有の伝統的価値観を押し出していくのか。政治改革を断行するか否かという議論に繋がる大きな問題だ。ただし、「中国固有の伝統的価値観」とは何か、誰もはっきりとした答えを出してない。
(b)経済状況も政権にとって重い課題となっている。世界金融危機は何とか乗り越えて、成長軌道に戻ったが、人民の間には現状への不満や将来に対する不安が募っている。
以上(a)と(b)が胡錦濤体制後半から続いている。そこで外に闘争の対象を設定し、ナショナリズムによる国民統合をはかる戦略がとられやすくなる。
(2)において阿古は、中国社会における真の病巣は、社会の格差にある、と指摘する。
価値観を共有できないほど、社会が階層化、複雑化してしまっている。<例>日本に旅行に来る金持ちが農村の貧困について目を向けることはほとんどない。あまりにも自分たちの境遇とかけ離れている話で、現実感を持てないでいるようだ。
経済状況がさらに悪化すれば、不満を持つ勢力も増える。
これまで中国は建国以来、引き締めと緩和を交互に繰り出すことで延命した政権だ。再び緩和策を打ち出す可能性もある。ただ現在の習近平の言動からすると、それがいつになるのか、まだ見えてこない。
(3)において小川は、中国は南シナ海と東シナ海とを戦略的に差別化している、と指摘する。
東シナ海にも頻繁に中国の不審船などが侵入しているが、尖閣諸島付近には武装した中国政府の船は来てない。領海侵犯を繰り返しているのは、昨年6月まで海洋監視船と漁業監視船だった海警局の船だ。なかには第二次世界大戦型の旧式機関銃を積んだタイプもあるが、機関銃をキャンバスで包み、「非武装」をアピールしている。
東シナ海と南シナ海で対応を変えているのは、むろん米国の存在だ。中国側は、東シナ海で軍事衝突が起きれば、日本だけでなく、米国との戦争になることを十分に理解している。
日本国民の知らないことだが、米国にとっての日本の位置づけは他の同盟国とまったく違う。出撃基地の機能だけでなく、ロジスティックス(補給・兵站)、インテリジェンスの3つの機能が米本国レベルで揃っており、唯一無二の戦略的根拠地、いわば米国本土と同じ位置づけなのだ。
東シナ海で、中国が戦争を回避したいのは経済的な理由もある。中国が南シナ海でベトナムやフィリピンに対して一定の軍事行動をとっても、世界的な戦争に発展する可能性は低い。しかし、東シナ海での紛争は日本、米国との戦いになる恐れがある。そうなると、国際資本が一斉に中国から逃げ出す。それを中国は一番恐れている。
(4)において梶谷は、、と指摘する。
2000年代から現在まで、中国経済が過剰投資の状態にある。ただ、リーマンショック(2008年)を境に、その中身が変質している。現在の状況はよりバブルを生みやすい。
中国がWTOに加入し(2001年)、グローバル化に拍車がかかり、世界の投資が中国に集まるようになった。生産性は高まったが、労働分配率は伸びなかった。労働者の賃金は低く抑えられていた。なぜなら中国では労働者の移動が制限されていたからだ。企業は賃金を圧縮することによって余剰資金を投資に充てていた。
それがリーマンショック後、労働者のストライキや法整備などがあって、先進国に及ばないものの、労働分配率が上がった。その結果、企業家の取り分が減った。
問題は、それでもなお投資が大幅に伸び続けていることだ。中国政府が行った4兆元規模の景気対策のせいだ。その大半が地方政府に丸投げされ、インフラ整備やマンション建設に費やされた。不動産価格などが上昇することによって、さらなる投資の呼び水となっている。かつて日本で起きたような資産バブルが起きている。
現在の労働分配率は40%台前半で、日本のように60%以上まで上昇することは難しい。世界経済のグローバル化によって、労働者の国際競争が激化しているからだ。
外国企業は、少しでも安価な労働量があれば、すぐ移転してしまう。中国の国有企業でさえ、近年は、より賃金の低い東南アジアあるいは南アジアの国々へ拠点を移す動きがある。
特に労働コストや輸送の効率性を重視する輸出財の多国籍企業は、中国の内陸部よりベトナムやミャンマーなど、産業基盤の整備が進む東南アジアのメコン川流域諸国に活路を見出している。
□宮坂聡ほか「習近平、見えてきた独裁者の正体」(「文藝春秋」2014年8月号)
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