語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】『人間素描』

2014年08月15日 | 批評・思想
 17世紀のフランスには文学上の一ジャンルに「ポルトレ」があった。文字をもってする肖像の意で、風貌、気質、行為まで描きだそうとするが、本格的な伝記でも人間研究でもない。
 そう桑原武夫は紹介し、「ポルトレ」を訳せば「人間素描」となる、という。
 本書は、30有余人の「人間素描」をおさめる。

 素描されるのは学者、それも錚々たる学者が多い。しかも、ジャンルを限定しない。中国文学者(内藤湖南や狩野直喜)からサル学者(今西錦司)まで。文法学者(『象は鼻が長い』の三上章)も登場する。
 学者のほか、詩人(三好達治)から作家(中野重治)、翻訳家(米川正夫)まで。特異な実践的技術家(西堀栄三郎)も登場する。京都一中・三高の名物校長、森外三郎もしっかりと「素描」されている。
 海外の人では、作家にして政治家の郭抹若、哲学者にして教育家のアラン、米国の社会主義者スコット・ニアリング夫妻の名が見える。
 じつに幅広い。
 交友圏が広いのである。単に顔が広いだけではなくて、専門分野以外の人ともあい渉る術を著者は心得ていたのだ。
 松田道雄は桑原武夫にふれた文章で、専門外の発言にどう切り込むかのテクニックを教わった、と書く。

 しかし、単に交際術・交渉術・論争術を身につけているだけでは、かくも多数の、ジャンルを超えた「人間素描」は生まれなかっただろう。人間に対する関心、ことに異能の人に対する強い関心が著者にあって、そこから個性を活写する「人間素描」が生まれた。
 健康な知性、達意の文章をあやつる桑原武夫自身、「人間素描」されていい人物だった。桑原は自分で自分を素描することはなかったが、代わりに同僚や弟子が素描した。「桑原武夫--その文学と未来構想」と題するシンポジウムの記録がそれで、樋口謹一、多田道太郎、河野健二、山田稔、杉本秀太郎、松田道雄、水上勉、鶴見俊輔、岩坪五郎、高橋千鶴子、梅棹忠夫、梅原猛、上山春平・・・・といった錚々たる京都学派の名が見える。

□桑原武夫『人間素描』(筑摩叢書、1976)
□杉本秀太郎・編『桑原武夫--その文学と未来構想』(淡交社、1996)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする