ビタリー・クリチコ、1971年7月19日生、43歳。
彼はウクライナ政治の混乱を象徴する人物だ。
ウクライナ現政権は、
政商ポロシェンコ大統領をはじめとする利権屋
ウクライナ民族至上主義者(国際基準ではネオナチに相当する)
の寄り合い世帯だ。行政の経験はろくになく、権力欲に取り憑かれた政治家が、当事者にとっては深刻だが、国民の安全や生活には関係のない権力闘争に明け暮れている。
いま、ウクライナ東部・南部のロシア語を常用する反政府勢力(いわゆる親ロシア派)と殺し合いをしているので、ウクライナ政府はさしあたり団結を保っているが、内戦が終われば政府は瓦解する。
既にその兆候は現れている。
<東部での親ロシア派武装勢力との戦闘やマレーシア機撃墜で揺れるウクライナで、近く議会が解散し、総選挙が行われる可能性が高くなった。今年2月に親ロシア路線の前政権が崩壊して以来、親欧州路線の3党が支えてきたヤツェニュク連立内閣から2党が離脱したからだ。国際社会を巻き込む危機の中で、国内の政争を危惧する声もある。
(中略)
連立離脱したのは政党「ウダル」と「自由」。予算案をめぐる対立が直接の原因だが、実際は総選挙を意識し、2月以降の国家的危機の中で欧州連合(EU)との関係構築に成果を出したヤツェニュク首相を揺さぶる狙いとみられる。>【注】
連立離脱した政党のうち、「ウダル」は「改革のためのウクライナ民主同盟」の略号、かつ、ウクライナ語で「一撃」の意。また、「自由」の原語はスボボダ。
予算案をめぐる対立が直接の原因だが、実際は総選挙を意識し、2月以降の国家的意識のうちにEUとの関係構築に成果を出したヤチェニュク首相を揺さぶる狙いらしい。
7月24日、ヤチェニュク首相は辞意を表明し、暫定首相を指名した。しかし、「ウダル」と「スボボダ」は承認の採決に応じず、政局は混乱を極めている。
「スボボダ」はネオナチ政党だ。
他方、「ウダル」はクリチコの個人政党で、クリチコを組長とする任侠団体のような政党だ。クリチコは、キックボクシングを経てプロのボクサーになった。世界ボクシング評議会(WBC)、世界ボクシング機構(WBO)の世界選手権でヘビー級王座を獲得したこともある。ロシア語圏のボクシング・ファンなら誰でも知っている。
「ウダル」は、クリチコ配下の「自警団」を擁しているので、該当での抗争に強く、他の政党から一目置かれている(欧米や日本では暴力組織として排除される)。
ポロシェンコ政権は、ウクライナ東部・南部を実効支配できてないとともに、首都キエフにおける影響力も限られている。なぜなら、キエフ市長選挙(今年5月25日)でクリチコが当選したからだ。
ウクライナの富と情報はキエフに集中している。だから、政治力と腕力のあるキエフ市長ならば、大統領や首相に対抗する力を内政的には十分に確保することができる。
ヤチェニュク首相の失脚で、「ウダル」と「スボボダ」が政権に与える影響が可視化された。
「スボボダ」は、イデオロギー的にはネオナチだが、党員の戦闘能力は弱い。他方、「ウダル」党員は、クリチコに服従するという掟以外に特段の思想はないが、腕力が強い。
ネオナチと任侠団体が政治に影響力を持つようなおかしな国とは、日本は極力関わるべきでない。
【注】記事「総選挙、大幅前倒しか ウクライナ」(朝日新聞デジタル、2014年7月27日)
□佐藤優「ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~佐藤優の人間観察 第77回~」(「週刊現代」2014年8月16・23日特大合併号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
彼はウクライナ政治の混乱を象徴する人物だ。
ウクライナ現政権は、
政商ポロシェンコ大統領をはじめとする利権屋
ウクライナ民族至上主義者(国際基準ではネオナチに相当する)
の寄り合い世帯だ。行政の経験はろくになく、権力欲に取り憑かれた政治家が、当事者にとっては深刻だが、国民の安全や生活には関係のない権力闘争に明け暮れている。
いま、ウクライナ東部・南部のロシア語を常用する反政府勢力(いわゆる親ロシア派)と殺し合いをしているので、ウクライナ政府はさしあたり団結を保っているが、内戦が終われば政府は瓦解する。
既にその兆候は現れている。
<東部での親ロシア派武装勢力との戦闘やマレーシア機撃墜で揺れるウクライナで、近く議会が解散し、総選挙が行われる可能性が高くなった。今年2月に親ロシア路線の前政権が崩壊して以来、親欧州路線の3党が支えてきたヤツェニュク連立内閣から2党が離脱したからだ。国際社会を巻き込む危機の中で、国内の政争を危惧する声もある。
(中略)
連立離脱したのは政党「ウダル」と「自由」。予算案をめぐる対立が直接の原因だが、実際は総選挙を意識し、2月以降の国家的危機の中で欧州連合(EU)との関係構築に成果を出したヤツェニュク首相を揺さぶる狙いとみられる。>【注】
連立離脱した政党のうち、「ウダル」は「改革のためのウクライナ民主同盟」の略号、かつ、ウクライナ語で「一撃」の意。また、「自由」の原語はスボボダ。
予算案をめぐる対立が直接の原因だが、実際は総選挙を意識し、2月以降の国家的意識のうちにEUとの関係構築に成果を出したヤチェニュク首相を揺さぶる狙いらしい。
7月24日、ヤチェニュク首相は辞意を表明し、暫定首相を指名した。しかし、「ウダル」と「スボボダ」は承認の採決に応じず、政局は混乱を極めている。
「スボボダ」はネオナチ政党だ。
他方、「ウダル」はクリチコの個人政党で、クリチコを組長とする任侠団体のような政党だ。クリチコは、キックボクシングを経てプロのボクサーになった。世界ボクシング評議会(WBC)、世界ボクシング機構(WBO)の世界選手権でヘビー級王座を獲得したこともある。ロシア語圏のボクシング・ファンなら誰でも知っている。
「ウダル」は、クリチコ配下の「自警団」を擁しているので、該当での抗争に強く、他の政党から一目置かれている(欧米や日本では暴力組織として排除される)。
ポロシェンコ政権は、ウクライナ東部・南部を実効支配できてないとともに、首都キエフにおける影響力も限られている。なぜなら、キエフ市長選挙(今年5月25日)でクリチコが当選したからだ。
ウクライナの富と情報はキエフに集中している。だから、政治力と腕力のあるキエフ市長ならば、大統領や首相に対抗する力を内政的には十分に確保することができる。
ヤチェニュク首相の失脚で、「ウダル」と「スボボダ」が政権に与える影響が可視化された。
「スボボダ」は、イデオロギー的にはネオナチだが、党員の戦闘能力は弱い。他方、「ウダル」党員は、クリチコに服従するという掟以外に特段の思想はないが、腕力が強い。
ネオナチと任侠団体が政治に影響力を持つようなおかしな国とは、日本は極力関わるべきでない。
【注】記事「総選挙、大幅前倒しか ウクライナ」(朝日新聞デジタル、2014年7月27日)
□佐藤優「ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~佐藤優の人間観察 第77回~」(「週刊現代」2014年8月16・23日特大合併号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
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「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
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「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」