ウクライナ危機で米露関係に注目が集まっている。
その陰に隠れてよく見えなくなっているが、米独関係がかつてなく緊張している。
米中央情報局(CIA)のドイツ政府職員に対するスパイ行為が摘発されたからだ。
7月2日に独連邦情報局(BND)職員が、同月9日に国防省職員が逮捕された。
<2日に逮捕された男は独連邦情報局(BND)に所属。過去2年間で200点以上の文書を米情報機関に提供し、約2万5千ユーロ(約350万円)の報酬を得ていた疑いが持たれている。/ロイター通信は米中央情報局(CIA)が、この男の活動に関与していたと報じた。メルケル首相は7日、「事実なら(米国との信頼関係に)明らかに反する」と懸念を表明した。/9日に家宅捜索が行われたスパイ疑惑について、独国防省は詳細を明らかにしていない。独メディアによると独軍関係者の男は国防省で働き、軍の情報収集機関の機密を米当局に漏らした疑いがあるという。現時点では、二つの疑惑に関連はないとみられている。>【注】
米国とドイツは、NATOに参加する同盟国だ。同盟国のインテリジェンス機関や軍に対するスパイ行為は禁じ手だ。
万が一、こういう事件が起きた場合、秘密裏に処理し、表に出さないのが普通だ。
しかし、独政権は7月10日、今回のスパイ事件に関連して、在ベルリン米国大使館のCIA機関長を国外追放処分にした、と発表した。メルケル政権の、米国に対する強い抗議の意思表示だ。
CIAは、これほどの無理をしてどんな秘密情報を集めていたのだろうか。
その謎を解く鍵は、BNDにある。第二次世界大戦中、ドイツ陸軍参謀本部にソ連を担当する東方外国軍課があって、この課長に優れた情報将校がいた。ラインハルト・ゲーレン(1902~1979)がそれだ。ゲーレンは、本来なら戦争責任を追及されるはずだった。ソ連に引き渡されたならば、死刑になる可能性があった。
米国は、ゲーレンを免責する代わりに、彼が持つソ連関係の情報と知識を活用した。冷戦期の反ソ活動を行う「ゲーレン機関」を創設したのだ。
ゲーレン機関は、ナチス・ドイツ時代の経験と人脈を利用し、ソ連、東欧のあちこちにネットワークを張り巡らした。
1995年、ゲーレン機関を基にBNDが創設され、ゲーレンは初代長官に就いた(引退する1968年まで就任)。
BNDの本部は、ミュンヘン郊外のプラッハにある。BNDは、総合力においてCIA、露対外諜報庁(SVR)、英秘密情報部(SIS/いわゆるMI6)に及ばないが、ロシア、ウクライナ、中東欧諸国の秘密情報収集と分析に関しては、CIAより優秀だ。
ウクライナ問題をめぐってドイツとロシアが裏で手を握る可能性があり、その場合、窓口となるのはBNDである・・・・と米オバマ政権は考えていたのだろう。だから、CIAが同盟国の仁義を破って、BNDに対するスパイ行為を展開したのだ。
米国の見立て自体は間違っていない。BNDとSVRは、緊密に連絡をとりながら、ウクライナ問題で両国の国益を極大化するシナリオを探っているのだろう。
【注】「米情報機関のスパイ疑惑、ドイツで相次ぐ 首相が懸念」
□佐藤優「水面下で進むアメリカvs.ドイツ「スパイ戦」 ~佐藤優の人間観察 第79回~」(「週刊現代」2014年9月6日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
その陰に隠れてよく見えなくなっているが、米独関係がかつてなく緊張している。
米中央情報局(CIA)のドイツ政府職員に対するスパイ行為が摘発されたからだ。
7月2日に独連邦情報局(BND)職員が、同月9日に国防省職員が逮捕された。
<2日に逮捕された男は独連邦情報局(BND)に所属。過去2年間で200点以上の文書を米情報機関に提供し、約2万5千ユーロ(約350万円)の報酬を得ていた疑いが持たれている。/ロイター通信は米中央情報局(CIA)が、この男の活動に関与していたと報じた。メルケル首相は7日、「事実なら(米国との信頼関係に)明らかに反する」と懸念を表明した。/9日に家宅捜索が行われたスパイ疑惑について、独国防省は詳細を明らかにしていない。独メディアによると独軍関係者の男は国防省で働き、軍の情報収集機関の機密を米当局に漏らした疑いがあるという。現時点では、二つの疑惑に関連はないとみられている。>【注】
米国とドイツは、NATOに参加する同盟国だ。同盟国のインテリジェンス機関や軍に対するスパイ行為は禁じ手だ。
万が一、こういう事件が起きた場合、秘密裏に処理し、表に出さないのが普通だ。
しかし、独政権は7月10日、今回のスパイ事件に関連して、在ベルリン米国大使館のCIA機関長を国外追放処分にした、と発表した。メルケル政権の、米国に対する強い抗議の意思表示だ。
CIAは、これほどの無理をしてどんな秘密情報を集めていたのだろうか。
その謎を解く鍵は、BNDにある。第二次世界大戦中、ドイツ陸軍参謀本部にソ連を担当する東方外国軍課があって、この課長に優れた情報将校がいた。ラインハルト・ゲーレン(1902~1979)がそれだ。ゲーレンは、本来なら戦争責任を追及されるはずだった。ソ連に引き渡されたならば、死刑になる可能性があった。
米国は、ゲーレンを免責する代わりに、彼が持つソ連関係の情報と知識を活用した。冷戦期の反ソ活動を行う「ゲーレン機関」を創設したのだ。
ゲーレン機関は、ナチス・ドイツ時代の経験と人脈を利用し、ソ連、東欧のあちこちにネットワークを張り巡らした。
1995年、ゲーレン機関を基にBNDが創設され、ゲーレンは初代長官に就いた(引退する1968年まで就任)。
BNDの本部は、ミュンヘン郊外のプラッハにある。BNDは、総合力においてCIA、露対外諜報庁(SVR)、英秘密情報部(SIS/いわゆるMI6)に及ばないが、ロシア、ウクライナ、中東欧諸国の秘密情報収集と分析に関しては、CIAより優秀だ。
ウクライナ問題をめぐってドイツとロシアが裏で手を握る可能性があり、その場合、窓口となるのはBNDである・・・・と米オバマ政権は考えていたのだろう。だから、CIAが同盟国の仁義を破って、BNDに対するスパイ行為を展開したのだ。
米国の見立て自体は間違っていない。BNDとSVRは、緊密に連絡をとりながら、ウクライナ問題で両国の国益を極大化するシナリオを探っているのだろう。
【注】「米情報機関のスパイ疑惑、ドイツで相次ぐ 首相が懸念」
□佐藤優「水面下で進むアメリカvs.ドイツ「スパイ戦」 ~佐藤優の人間観察 第79回~」(「週刊現代」2014年9月6日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
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「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
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「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
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「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」