(1)ブームの最上の定義は、すぐ過ぎ去ることだ。ピケティ現象もブームに過ぎなかったかのようだ。
しかし、なぜフランスの経済学者トマ・ピケティがこのような学術書を世に問うたのか。
『21世紀の資本』の中に、現在の経済学のありさまを辛辣に批判した箇所がある。
<19世紀の経済学者たちは、経済分析の核心に分配の問題を据え、長期トレンドを研究しようとした点で大いに賞賛されるべきだ。かれらの答えは必ずしも満足いくものではなかったが、少なくとも正しい質問はしていた。成長がバランスのとれたものになるなどと考えるべき本質的な理由などない。格差の問題を経済分析の核心に戻して、19世紀に提起された問題を考え始める時期はとうに来ているのだ。あまりに長きにわたり、経済学者たちは富の分配を無視してきた。>
(2)これだけ格差問題が叫ばれ、議論されているのに、経済学者という専門家集団内で「富の分配」に関心が向けられていないなんてことが、本当にあるのだろうか。
たぶん、本当にあるのだ。
<例>ノーベル経済学賞を受賞した高名なある経済学者は、ある時、「私の考えではもっとも有害なものは、分配の問題に焦点を当てることである」と断言した。
主流派の経済学のなかで「格差の問題を経済分析の核心に戻す」のはそう容易なことではない。
ピケティは主流派と呼べる経済学者ではない。
(3)経済学者は「正しい問い」を設定できていないのではないか・・・・というピケティの指摘は、単に専門家集団内の言い争いとして片付けられない問題を孕んでいる。
ジョン・メイナード・ケインズは、主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年刊)の中で、こう言う。
<経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。実際、世界を支配しているのはまずこれ以外のものではない。誰の知的影響も受けていないと信じている実務家さえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から[自分に見合った]狂気を描き出している。>
(4)ピケティが言うように、影響力のある経済学者の思想が「正しい問い」に目をつぶるようなものだとしたら、われわれもまた問題への核心へ迫るルートをあらかじめ塞がれている、ということになりかねない。
主流派の経済学者ではないピケティが、経済学界ひいては言論界に多少なりとも揺さぶりをかけたことは、やはり注目に値する。
彼が経済学に革新を起こせるか、どうか、ではない。
時代を支配していた経済思想が大きく揺らぎ、空白地帯が生まれていることが、“ピケティ現象”によって露わになった・・・・そのことが重要なのだ。
□佐々木実「「格差の問題」と経済学のゆくえ 思想の空白が生んだ“ピケティ現象” ~佐々木実の経済私考~」(「週刊金曜日」2015年3月27日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~」
「【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない」
「【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本」
「【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~」
「【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」」
「【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~」
「【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~」
「【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~」
「【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~」
「【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次」
「【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次」
「【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~」
「【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~」
「【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか」
「【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~」
「【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~」
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
「【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~」
「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」
しかし、なぜフランスの経済学者トマ・ピケティがこのような学術書を世に問うたのか。
『21世紀の資本』の中に、現在の経済学のありさまを辛辣に批判した箇所がある。
<19世紀の経済学者たちは、経済分析の核心に分配の問題を据え、長期トレンドを研究しようとした点で大いに賞賛されるべきだ。かれらの答えは必ずしも満足いくものではなかったが、少なくとも正しい質問はしていた。成長がバランスのとれたものになるなどと考えるべき本質的な理由などない。格差の問題を経済分析の核心に戻して、19世紀に提起された問題を考え始める時期はとうに来ているのだ。あまりに長きにわたり、経済学者たちは富の分配を無視してきた。>
(2)これだけ格差問題が叫ばれ、議論されているのに、経済学者という専門家集団内で「富の分配」に関心が向けられていないなんてことが、本当にあるのだろうか。
たぶん、本当にあるのだ。
<例>ノーベル経済学賞を受賞した高名なある経済学者は、ある時、「私の考えではもっとも有害なものは、分配の問題に焦点を当てることである」と断言した。
主流派の経済学のなかで「格差の問題を経済分析の核心に戻す」のはそう容易なことではない。
ピケティは主流派と呼べる経済学者ではない。
(3)経済学者は「正しい問い」を設定できていないのではないか・・・・というピケティの指摘は、単に専門家集団内の言い争いとして片付けられない問題を孕んでいる。
ジョン・メイナード・ケインズは、主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年刊)の中で、こう言う。
<経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。実際、世界を支配しているのはまずこれ以外のものではない。誰の知的影響も受けていないと信じている実務家さえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から[自分に見合った]狂気を描き出している。>
(4)ピケティが言うように、影響力のある経済学者の思想が「正しい問い」に目をつぶるようなものだとしたら、われわれもまた問題への核心へ迫るルートをあらかじめ塞がれている、ということになりかねない。
主流派の経済学者ではないピケティが、経済学界ひいては言論界に多少なりとも揺さぶりをかけたことは、やはり注目に値する。
彼が経済学に革新を起こせるか、どうか、ではない。
時代を支配していた経済思想が大きく揺らぎ、空白地帯が生まれていることが、“ピケティ現象”によって露わになった・・・・そのことが重要なのだ。
□佐々木実「「格差の問題」と経済学のゆくえ 思想の空白が生んだ“ピケティ現象” ~佐々木実の経済私考~」(「週刊金曜日」2015年3月27日号)
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【参考】
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~」
「【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本には手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【ピケティ】なぜ米国で大きな反響を呼んだか ~世襲財産制批判~」
「【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない」
「【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本」
「【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~」
「【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」」
「【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~」
「【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~」
「【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~」
「【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~」
「【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次」
「【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次」
「【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~」
「【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~」
「【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか」
「【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~」
「【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~」
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
「【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~」
「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」