(承前)
(10)「オリジナルTPP」が成立困難になった今、ゾンビTPPの合意をめざして昨年末から事務局会議、首席交渉官会議が開催されているが、日米間の合意は容易ではない。そして、日米間の完全合意の詳細が明らかにならないと、他の10か国は自分たちの交渉カードを切れない。
かといって、TPP経済圏の7割とされる日米が合意さえすれば他の諸国は「長いものに巻かれる」わけでもない。参加国のすべてが自国にセンシティブな問題を抱えている。
(a)農業・・・・カナダを筆頭に、オーストラリア、ニュージーランドなど米国の農業保護政策への反発は強い。逆に、10月の総選挙に直面し、抵抗するカナダをTPPから排除せよ、との米国側の主張も出てきた。
(b)国営企業・・・・マレーシア、ベトナムだけでなく、シンガポール、ニュージーランドも問題がある。むしろ米国こそが、経営破綻のGMまたフレディマックやファニーメイといったサブライム住宅ローン関連支援など多額の公的融資や政府管理をしている、と索制する声も強い。
(c)イスラム圏・・・・マレーシア、ブルネイなどは深刻な政治的緊張を抱えている。昨今の「イスラム国」情勢と空爆は、反米感情を高め、一方、ブルネイは厳格なイスラム刑法(シャリア法)を制定したため、同国をTPPから排除せよ、、との運動も米国では激しい。
(d)米国の独善・・・・「TPP協定は米国の国内法・制度に影響を与えない」というアメリカ合衆国通商代表部(USTR)の議会への約束は、参加国を唖然とさせた。これまでの国際協定も、例えばウルグアイ・ラウンド協定も37州しかその効力を認めていない。米国は空前の好景気のはずだが、雇用に不安を抱える各州はむしろバイアメリカン法(米国製品を優先購入)を強化しようとしている。米国市場、特に政府調達市場が開放されなければ、マレーシアやベトナムなどはTPP参加の意味がない。
(11)今春にTPP大枠合意が成立するかどうかは、議会が早期に貿易促進権限(TPA)をオバマ大統領に与えるか否かにかかっている。米大統領には貿易交渉権限がなく、便法として一時的に交渉権限を議会が大統領に付与するのがTPAだ。
中間選挙に勝利した共和党は、次期大統領を身内から出したい。共和党が早期にTPAを成立させて、オバマ大統領にTPP、TIP(EUとの経済連携協定)、TiSA(サービス貿易協定)・・・・の3メガ貿易協定締結という米国史上最大の権限と栄誉を与えるとしたら、椿事だ。
TPPには、大統領の与党民主党内に激しい抵抗がある。民主党の最大のサポーターである労働組合と環境保護団体が反対の急先鋒だ。TPPの前の、まずTPA成立に、そうした背景のある議員は反対する。今年の年頭議会演説で、オバマ大統領はついにTPPを口にしなかった。
今、米国社会では、TPPの内容が次第に伝えられ、各地でTPP反対の嵐が巻き起こっている。
・FTAによる雇用喪失を忘れない労働組合
・環境劣化を恐れる環境保護団体
・遺伝子組み換え作物(GMO)反対の消費者運動
・国家主権に抵触するISDS条項や、州や地域の独自性を否定する国際協定に対する反発・・・・共和党では躍進著しいティーパーティ系が強く批判している。
(12)これまでも通貨操作、特に円安誘導が日米間の貿易不均衡を生んだ、という批判は米国産業界には強かった。特にアベノミクスによる円安誘導が宣伝され、公式に日本政府が通貨操作を認めたことになり、今や米国自動車業界には日米自動車ギャップを通貨面で是正しようという気運が満ちている。
米国が通貨操作条項をTPA付与の条件とし、TPP協定に盛り込もうとしていることを、日本側交渉団は日本国内にはひた隠しにしてきた。アベノミクスとTPPとの根本的矛盾が明らかになるからだ。しかし、ついに昨年10月のシドニー閣僚会合の際、ステイクホルダー・ブリーフィングで初めて日本の関係者が公式に認めた。
通貨操作禁止は諸刃の剣で、日本の円安誘導を非難するなら、米国のQE2などの量的緩和も同じだ。また、それは貿易問題ではなく、財務省とG20の場で討議すべきというのが正論だ。
しかし、米国議会は、通貨操作の証拠として継続的な貿易黒字や多額の外貨準備蓄積をあげている。どう定義すれば、米国に跳ね返らない形で日本の円安操作を批判できるか、シンクタンクやロビイストが理論化を進めている。
通貨操作イシューは、さらに広がり先鋭化し、全米的・全産業的話題になりつつある。2月に入って、上下院でつぎつぎと通貨条項強制法案が超党派で提出された。
(13)TPP交渉の実態把握が難しいのは、複数の関係者の証言がそれぞれ違うからだ。皆、ウソを言っているのではなく、そのようにUSTRと日本の交渉官から少しずつ違う話を伝えられているんどあ。
USTRが①米国産業界と②議会、日本側が③官邸と④与党自民党と⑤産業界に、少しずつニュアンスの異なる話をしたり、一方にだけ情報を出し、そこで得た反応を次に伝えるなどして、全体を誘導している気配だ。
(14)最大の問題は「承認」問題だ。
TPAの下、12か国がTPP協定に署名しても、現実にその協定義務が履行され、その成果が明らか(<例>日本で米国車爆発的に売れる)でなければ、議会はその国の参加を認めず、その国への協定上の特別待遇を停止する。
対象国が、障害となっている法律・制度・慣行を反省して改め、それを米国議会が「承認(certification)」して初めてTPPの利益を享受できることになる。
TPPに関してISDS条項が憲法に抵触するとよく言われるが、この「承認」は明白に主権の侵害だ。
オーストラリアは、すでにそれを迫られている。さらに、ラテン・アメリカ諸国では、米国に影響が出る法改正は法務大臣がワシントンに出向いて米国司法長官の承認を得、拒否されれば、再度本国の議会で修正案を出す、という。
この「承認」問題を個別部会で米国側が持ち出してきていることは、昨年10月のシドニー会合で日本側交渉官から初めて言及があった。彼は、次のように言い添えた。「アメリカは必ずこの問題を閣僚会議でも主張してくる。しかし、それは協定交渉の出口、最終段階の問題だ。幸い、今はまだ入口で激しく議論していて、その段階ではない」
□首藤信彦(前衆議院議員)「ゾンビ化するTPPの脅威」(「世界」2015年4月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【TPP】というゾンビに食い荒らされる日本」
「【TPP】というドラキュラの死とTPPのゾンビ化」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~」
「【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~」
「【TPP】持続可能な農業を ~いま必要な政策~」
「【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知」
「【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~」
「【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~」
「【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~」
「【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~」
「【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加」
「【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~」
【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~
【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
【経済】中野剛志『TPP亡国論』
【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
【震災】復興利権を狙う米国
【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~
【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~
(10)「オリジナルTPP」が成立困難になった今、ゾンビTPPの合意をめざして昨年末から事務局会議、首席交渉官会議が開催されているが、日米間の合意は容易ではない。そして、日米間の完全合意の詳細が明らかにならないと、他の10か国は自分たちの交渉カードを切れない。
かといって、TPP経済圏の7割とされる日米が合意さえすれば他の諸国は「長いものに巻かれる」わけでもない。参加国のすべてが自国にセンシティブな問題を抱えている。
(a)農業・・・・カナダを筆頭に、オーストラリア、ニュージーランドなど米国の農業保護政策への反発は強い。逆に、10月の総選挙に直面し、抵抗するカナダをTPPから排除せよ、との米国側の主張も出てきた。
(b)国営企業・・・・マレーシア、ベトナムだけでなく、シンガポール、ニュージーランドも問題がある。むしろ米国こそが、経営破綻のGMまたフレディマックやファニーメイといったサブライム住宅ローン関連支援など多額の公的融資や政府管理をしている、と索制する声も強い。
(c)イスラム圏・・・・マレーシア、ブルネイなどは深刻な政治的緊張を抱えている。昨今の「イスラム国」情勢と空爆は、反米感情を高め、一方、ブルネイは厳格なイスラム刑法(シャリア法)を制定したため、同国をTPPから排除せよ、、との運動も米国では激しい。
(d)米国の独善・・・・「TPP協定は米国の国内法・制度に影響を与えない」というアメリカ合衆国通商代表部(USTR)の議会への約束は、参加国を唖然とさせた。これまでの国際協定も、例えばウルグアイ・ラウンド協定も37州しかその効力を認めていない。米国は空前の好景気のはずだが、雇用に不安を抱える各州はむしろバイアメリカン法(米国製品を優先購入)を強化しようとしている。米国市場、特に政府調達市場が開放されなければ、マレーシアやベトナムなどはTPP参加の意味がない。
(11)今春にTPP大枠合意が成立するかどうかは、議会が早期に貿易促進権限(TPA)をオバマ大統領に与えるか否かにかかっている。米大統領には貿易交渉権限がなく、便法として一時的に交渉権限を議会が大統領に付与するのがTPAだ。
中間選挙に勝利した共和党は、次期大統領を身内から出したい。共和党が早期にTPAを成立させて、オバマ大統領にTPP、TIP(EUとの経済連携協定)、TiSA(サービス貿易協定)・・・・の3メガ貿易協定締結という米国史上最大の権限と栄誉を与えるとしたら、椿事だ。
TPPには、大統領の与党民主党内に激しい抵抗がある。民主党の最大のサポーターである労働組合と環境保護団体が反対の急先鋒だ。TPPの前の、まずTPA成立に、そうした背景のある議員は反対する。今年の年頭議会演説で、オバマ大統領はついにTPPを口にしなかった。
今、米国社会では、TPPの内容が次第に伝えられ、各地でTPP反対の嵐が巻き起こっている。
・FTAによる雇用喪失を忘れない労働組合
・環境劣化を恐れる環境保護団体
・遺伝子組み換え作物(GMO)反対の消費者運動
・国家主権に抵触するISDS条項や、州や地域の独自性を否定する国際協定に対する反発・・・・共和党では躍進著しいティーパーティ系が強く批判している。
(12)これまでも通貨操作、特に円安誘導が日米間の貿易不均衡を生んだ、という批判は米国産業界には強かった。特にアベノミクスによる円安誘導が宣伝され、公式に日本政府が通貨操作を認めたことになり、今や米国自動車業界には日米自動車ギャップを通貨面で是正しようという気運が満ちている。
米国が通貨操作条項をTPA付与の条件とし、TPP協定に盛り込もうとしていることを、日本側交渉団は日本国内にはひた隠しにしてきた。アベノミクスとTPPとの根本的矛盾が明らかになるからだ。しかし、ついに昨年10月のシドニー閣僚会合の際、ステイクホルダー・ブリーフィングで初めて日本の関係者が公式に認めた。
通貨操作禁止は諸刃の剣で、日本の円安誘導を非難するなら、米国のQE2などの量的緩和も同じだ。また、それは貿易問題ではなく、財務省とG20の場で討議すべきというのが正論だ。
しかし、米国議会は、通貨操作の証拠として継続的な貿易黒字や多額の外貨準備蓄積をあげている。どう定義すれば、米国に跳ね返らない形で日本の円安操作を批判できるか、シンクタンクやロビイストが理論化を進めている。
通貨操作イシューは、さらに広がり先鋭化し、全米的・全産業的話題になりつつある。2月に入って、上下院でつぎつぎと通貨条項強制法案が超党派で提出された。
(13)TPP交渉の実態把握が難しいのは、複数の関係者の証言がそれぞれ違うからだ。皆、ウソを言っているのではなく、そのようにUSTRと日本の交渉官から少しずつ違う話を伝えられているんどあ。
USTRが①米国産業界と②議会、日本側が③官邸と④与党自民党と⑤産業界に、少しずつニュアンスの異なる話をしたり、一方にだけ情報を出し、そこで得た反応を次に伝えるなどして、全体を誘導している気配だ。
(14)最大の問題は「承認」問題だ。
TPAの下、12か国がTPP協定に署名しても、現実にその協定義務が履行され、その成果が明らか(<例>日本で米国車爆発的に売れる)でなければ、議会はその国の参加を認めず、その国への協定上の特別待遇を停止する。
対象国が、障害となっている法律・制度・慣行を反省して改め、それを米国議会が「承認(certification)」して初めてTPPの利益を享受できることになる。
TPPに関してISDS条項が憲法に抵触するとよく言われるが、この「承認」は明白に主権の侵害だ。
オーストラリアは、すでにそれを迫られている。さらに、ラテン・アメリカ諸国では、米国に影響が出る法改正は法務大臣がワシントンに出向いて米国司法長官の承認を得、拒否されれば、再度本国の議会で修正案を出す、という。
この「承認」問題を個別部会で米国側が持ち出してきていることは、昨年10月のシドニー会合で日本側交渉官から初めて言及があった。彼は、次のように言い添えた。「アメリカは必ずこの問題を閣僚会議でも主張してくる。しかし、それは協定交渉の出口、最終段階の問題だ。幸い、今はまだ入口で激しく議論していて、その段階ではない」
□首藤信彦(前衆議院議員)「ゾンビ化するTPPの脅威」(「世界」2015年4月号)
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【参考】
「【TPP】というゾンビに食い荒らされる日本」
「【TPP】というドラキュラの死とTPPのゾンビ化」
「【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~」
「【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~」
「【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~」
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「【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知」
「【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~」
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「【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~」
「【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加」
「【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~」
【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~
【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
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【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
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【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
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