パンチ DE ラリー 各駅の鋏痕 ~その④

 

前回に引き続き、各駅の鋏痕を観察してみましょう。


⑦ 西国分寺駅

昭和48年4月に開業した、今回のエリアの中で一番新しい駅です。

   

国分寺駅のものと良く似ていますが、国分寺駅のものが“m”形なのにたいし、“山”の部分が尖った形をしています。

残念ながら、パンチが現役当時の乗車券類が見つけられませんでしたので、ラリーに使用された形が当時使用されていた鋏痕なのか不明です。


⑧ 国立駅

国立駅の鋏痕です。

  

以前、国立駅の由来は、分寺と川の間にあるからだということを聞いたことがあります。

  

パンチ現役当時の鋏痕は右下がりの台形で、当時のものと同じ鋏痕であると言えます。


⑨ 立川駅

立川駅の鋏痕です。

  

「家」のような五角形です。

  

国鉄末期、立川駅では硬券の発売はされていませんでしたが、立川競艇開催日には、硬券による金額式券の発売がありました。
その時の鋏痕を見ますと、今回のラリーのものと同様です。


⑩ 日野駅

日野駅の鋏痕です。

  

上が丸いドーム型の鋏痕で、かつて名古屋鉄道の各駅で見られたような鋏痕です。

残念ながら、パンチが現役当時の乗車券類が見つけられませんでしたので、ラリーに使用された形が当時使用されていた鋏痕なのか不明です。


⑪ 豊田駅

豊田電車区(現・豊田車両センター)のある電車関連の街で、駅周辺にはJR官舎が立ち並んでいます。

  

残念ながら、パンチが現役当時の乗車券類が見つけられませんでしたので、ラリーに使用された形が当時使用されていた鋏痕なのか不明です。


⑫ 八王子駅

ラストは今回のラリーの主催支社のある八王子駅の鋏痕です。

  

“M”字型ですが、左側が大きく、右側が小さい形になっています。

  

昭和53年当時、八王子駅で使用されていた鋏痕です。

ラリーのものとは違い、左側の山が小さく、右側の山が張り出すように大きい、独特な形状です。

八王子支社のお膝元なのではありますが、今回のラリーで一番現役当時の鋏痕と似ても似つかぬ形です。


以上数回に亘り、各駅の実際に使用されていた鋏痕と、今回のラリーで使用されていた鋏痕を比較してみました。
こうしてみますと、新たにパンチを製作するにあたって何らかの問題が生じたのでしょうか、当時のものと形状の異なる駅が見受けられることがわかります。

 

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来年もよい一年をお迎えください。

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