産経新聞2023/10/14 13:00

男の粋。羽織の裏地「額裏」を描いた片岡鶴太郎さん(右)と、銀座もとじの泉二啓太社長=東京都中央区(重松明子撮影)
着物といえば、華やかな女性の和装を思いがちだが、着付けや着心地などは男性の方が断然ラク。だから、男こそ着物を! そんな活動が実を結んできた。東京都中央区の呉服店「銀座もとじ」社長、泉二(もとじ)啓太さん(39)は多彩な活動と発信で、現代の価値観に合う「一生もののワードローブ」として着物ファンを増やしてきた。今回、片岡鶴太郎さん(68)が初めて手掛けた羽織の裏地「額裏」の個展を開き、男の粋を伝えている。根底にあるのは、日本の養蚕や染色、織物を守りたいという思いだ。
形見の大島紬「不思議と力を与えてくれた」
「着物の良さ。やっぱりねぇ、特に男の場合はね。着たときに人格、品格、色気、すべて出る気がするんです。その方の人生の酸いも甘いも、洒落(しゃれ)っ気も」
鶴太郎さんの江戸っ子口調に膝を打った。和装には〝男の顔〟と同じく、人生を映す深みがある。では初心者、若者の和装を、どんな風に見ていますか?
「夏場にゆかたから入ってさ、ガールフレンドなんかと着てる姿を見ると、あんな風になじんでいただいて、秋冬から着物はおってみたいな。なんて入ってくれたらいいですね」
いわずと知れた人気芸人であり俳優。30年前の冬に、道端で見かけた赤い椿を描きたいと自己流で墨彩画と書を始め、産経国際書展・産経新聞社賞(平成19年)、手島右卿(ゆうけい)賞(同27年)を受賞するなど、揺るぎない評価を得てきた。
今回初めて羽織の額裏を手掛けた「男の粋は羽織の裏」展が、本店併設ギャラリー「和染」で18日まで開かれている(入場無料)。
十数年前。江戸文化を紹介するテレビ番組の司会を務めていた際、「貸し出した着物を気に入り、ご来店くださったのが最初のご縁」と啓太さん。「昨年、私が社長を継ぐにあたり、額裏をやろうよと、新境地に取り組んでいただいた」
会場には、来年の干支の龍、不動明王、鯛やふく(フグ)、天狗(てんぐ)、大相撲など15点が展示されている。
「羽織る男の背中を押してくれる縁起のいいもの、エネルギーが湧くものを描いた。宴席なんかで脱いだときに裏をちらっと見せて、洒落て楽しんでもらえたら」と鶴太郎さん。
時代劇の日本刀や箸は右手で持つが、本来は左利きで、緻密な線描は左手、刷毛(はけ)のような職人仕事は右手と、巧みに両手を使って描く。今春、東京友禅作家の生駒暉夫さん(69)のアトリエを借りて、一気に書き上げた。「絹の直描きに失敗は許されない。集中力で一発本番。私、スリリングな仕事が好きなんですよね」。展示初日の12日時点で6点が売れる人気だ。
「第2、3弾もやります。ニューヨークでも展示したい」とうずうず。マルチな鶴太郎芸術に、また新たなジャンルが加わった。
◇
銀座三越新館の裏手にある銀座もとじは月2回ペースで展覧会を開き、誰もが着物文化に触れられる空間を提供。重鎮の作品展示はもとより、染色や織に取り組むデビュー前の若手作家支援の場ともしている。
啓太さんの父で現会長の弘明さん(73)が、鹿児島県奄美大島から上京し昭和54年に創業。平成14年には、業界初の男性着物専門店を本店近くに開いた。
「苦しかったとき、高校1年の時に亡くした父の形見の大島紬(つむぎ)を身に着けると、不思議と力を与えてくれた」と弘明さん。思いは啓太さんに引き継がれた。
「着物の良さを知って、好きになってほしい」
それは着る人の喜びだけでなく、後継者不足などの問題を抱える着物産地を支えることでもある。現在、北海道アイヌのアットゥシ、沖縄県の与那国織まで全国30カ所の産地を扱い、オリジナルの生地や帯を発注して、買い取っている。
街路樹整備で刈られる銀座の柳を使った地元小学校での柳染めの課外授業。細く丈夫な糸を吐く雄の蚕をえりすぐった高付加価値の養蚕「プラチナボーイ」…。次回「下」では、エコで魅力的な日本文化として、若者や外国人にも共感を広げる取り組みと、男性着物の今を紹介する。(重松明子)
https://www.sankei.com/article/20231014-NW6C73SORFJFZEAME5RFKL3FOM/