提出から27年、女性優先議席法案 ついに可決
日本経済研究センター2023/10/23
国会下院と州議会で女性に議席の3分の1を留保する「女性エンパワーメント法案」(女性優先議席法案)が9月下旬にインド国会で可決され、大統領の署名を得て正式に成立した。最初の法案提出から実に27年もかかって法制化にこぎつけたことになる。実施には国勢調査に基づいた選挙区の区割り作業が必要となるため、来年の総選挙には間に合わないが、同法の適用によって現在(国会下院の場合)約15%となっている女性議員の比率が一気に倍増、あるいはそれ以上に増える。女性の政治参加が拡大することで、福祉や教育、ヘルスケア、児童問題などの分野で政策の充実と民生の向上が期待される。
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遅れていた女性の政治進出
エンパワーメント法案では、女性しか立候補できない選挙区を指定する。この「女性限定」選挙区は選挙ごとにローテーションで回していく。インドではすでにカースト最下層の不可触民(ダリット)である「指定カースト」と、先住民族からなる「指定部族」に計20%強の議席を割り当てているが、こうした優先枠の中にもさらに女性枠をつくることになり、定数543議席の国会下院で181議席(指定カースト向け28議席、指定部族向け16議席を含む)が女性に割り当てられる。法律は15年の時限立法だが、国会審議を経て延長が可能となっている。
もちろん、主要閣僚経験者など著名女性政治家の多くはもともとの地盤である「一般選挙区」から立候補するだろうから、実際の女性議員の数はもっと増えて国会下院定数の半分に迫る可能性もある。
列国議会同盟(IPU)によると、9月1日時点で定数543議席のインド連邦下院で女性議員は82人、比率は15.2%と世界では141位(世界平均約26%)にランクされている。それでも1952年の第1回総選挙で誕生したインド下院での女性議員の比率はわずか5%程度だったので、着実に増加してきたとはいえる。なお、各州の議会では女これが約9%にとどまっている。
こうした状況が影響して、世界経済フォーラム(WEF)の「グローバル・ジェンダーギャップ・レポート」2023年版での「女性の政治エンパワーメント指数」は前年の48位から59位にランクダウンしている。なお米国でも女性議員の比率は28.8%と思ったより高くない印象。我が国に至っては衆議院で約10%。インドよりも女性議員の比率が少ない。
このようにインドにおいて女性の政治参加拡大は長年の課題だった。インドの女性政治家といえば通算16年近くにわたって首相を務めたインディラ・ガンディー元首相が有名だが、現在のドラウパディ・ムルム大統領は女性として2人目の大統領。州首相(CM、県知事に相当)は現在西ベンガル州を率いるママタ・バナジー氏(地域政党・草の根会議派党首)や、人気女優出身の故J・ジャヤラリタ・タミルナドゥ州首相など過去に15人を輩出している。現在のモディ政権でも、大臣77人のうち国防相から横滑りしたニルマラ・シタラマン財務相や女優出身のスムリティ・イラニ女性・児童開発省など10人が女性だが、女性政治家の多くは有力政治家ファミリーや学者、名門家庭の出身者が多い。
法案はモディ政権の選挙対策か
インド女性の政治進出拡大は経済や社会に大きなメリットをもたらすと期待されている。インドに限ったことではないが、高校や大学では概して女子の方が優秀。初等教育(1~8年生)の総就学率も2011年度に女子が男子を逆転。高等教育では2020年度、女子の就学率が27.9%と男子よりも1.2ポイント高かった。企業経営者や研究者にも女性が増えており、インド連邦公務委員会(UPSC)によると2022年度、難関のインド行政職(IAS)やインド警察職(IPS)などキャリア官僚の採用者933人のうち女性は320人で過去最多となった。インド空軍では現在17人の女性戦闘機パイロットが活躍している。
法案成立までに27年もかかったのは、自分たちの議席が減ることを心配した男性議員の反対が根強かったことが最大の理由。インドでは農村を中心に伝統的に「男性優位」の考え方が浸透しているという背景もあった。1996年に最初に議会に提出された女性優先議席法案はこれまでに6回も時間切れで廃案になっている。
ここ数年で、法案に反対していたムラヤム・シン・ヤダブ元ウッタルプラデシュ州首相ら保守派のベテラン政治家が相次ぎ引退したり死亡したりしたことも影響しているが、最近「報道の自由」や「信教の自由」をめぐる批判にさらされ、やや旗色が悪くなってきたモディ政権が来春の総選挙をにらみ女性有権者へのアピールを試みた結果、とみる向きも多い。
野党は女性優先枠について来春総選挙からの即時適用を求めているが、残念ながらその前に国勢調査に基づいた区割りによる「女性限定選挙区」を決める必要がある。2021年に実施するはずだった国勢調査はコロナ禍で延期されたまま。国勢調査の実施と集計には1年近くかかる。アルジュン・ラーム・メガワル法相は9月下旬、「法案を実際の選挙に適用するのは早くても2026年以降」とする見通しを明らかにしている。最初は同年に予定している南部タミルナドゥ州、東部の西ベンガル州などの地方選挙が対象、ということになりそうだ。
村議会などで存在感見せる女性議員
女性の議員が増えることによって、彼女たちの関心が高いこどもの問題や社会福祉、環境衛生、教育などの分野での立法や政策が充実しそうだ。相対的にクリーンな人物が多いので汚職も減ると思われる。インドでは1993年からパンチャヤット・ラージと呼ばれる村の議会など、市町村レベルの議会で女性に33%の留保を義務づけているが、実際には28州中22州で議席の50%を女性に割り当てている。
こうした女性議員の増加によって、人々の生活が向上したとする研究・調査結果もある。インドでは男性が酒に酔って仕事をさぼったり妻に暴力を振るったりする事件が多く、社会問題となってきた。北東部ビハール州では人気政治家ニティシュ・クマール州首相の主導で2016年に禁酒法が制定され、女性の喝さいを浴びたという経緯もある。ある村では女性議員が中心となって酒の販売規制を定めた条例を施行。また、同様に女性議員の発案で村独自の「環境税」を導入し、貧困家庭の女性を清掃作業に雇用して村の美化に取り組む事業がスタートした例もある。
一方で、女性が配偶者や親族の言いなりで立候補するようなケースもあるほか、当選した女性議員が男性住民の協力を得られなかったり、保守的な集団から脅迫されるといった困難に見舞われることもあるが、概して地域住民のために頑張っているという評価だ。ただ、「女性限定選挙区」をローテ―ションで変えていくため、「地元選挙区のために努力するというモチベーションが高まらない」「やる気のある女性議員の再選が困難になる」といった批判も出ている。
インドでは、国立大学の一部や公務員の採用で被差別カーストや先住民族向けの優先枠があるが、一部の州では公務員の採用で女性の優先枠をつくる試みも始まっている。また、政治的配慮も相まって、指定カーストから見れば階層ピラミッドの一つ上に当たる「その他後進カースト(OBC)」に対しても同様の留保枠を求める動きもある。こうした留保枠の設定は「安易な結果平等を追求するもの」という指摘もある。そもそも優先枠をつくるだけでは女性の社会進出を後押しすることはできない。やはり教育などの環境整備や「男尊女卑」が根強い人々の意識改革も必要ではないだろうか。
※本レポートは、10月5日放送のテレビ東京「Newsモーニングサテライト 日経朝特急プラス」コーナーでのニュース解説をもとに再構成しました。
*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら
実施がまだ先、ということもあってかニュースとしてはやや地味でしたが、国会と州議会で女性優先枠をつくるというのはインド政治史における画期的な試みといえるでしょう。選挙区のローテーションなど、制度設計はまだ不完全といえますが、「とりあえずやってみるインド」を評価したいと思います。男性政治家や経営者、官僚などの失言や怠慢はスルーされるのに、常軌を逸した女性議員の言動に対しては「だから女は」といった議論が出てくるのはインドでも似たような状況です。女性議員の皆さんにはまず、既存の政治をひっくり返してもらいたいと思います。
(主任研究員 山田剛)
https://www.jcer.or.jp/j-column/column-yamada/20231023-4.html