美術展ナビ2023.10.12
藤戸康平《ぐるぐるモレウ》2023年 作家蔵
愛知県の一宮市三岸節子記念美術館では、9月16日より特別展アイヌ工芸品展「AINU ART―モレウのうた」が開催されています。アイヌ工芸の伝統を受け継ぎ、今に生きる現代作家11人を紹介する展覧会です。「モレウ」とはアイヌ文様の特徴のひとつで、ゆるやかに渦を巻く形をしています。本展では「モレウ」をキーワードにしつつ、アイヌアートの多様性とデザイン性に富んだ造形力に注目し、同時に先人たちの手による木工芸や染織の優品を展示することで、伝統的デザインがどのように継承・発展されているかを見て取れるようになっています。
先人たちのモレウ
展示のパートⅠでは、「先人たちのモレウ」として、衣服やマキリ(小刀)、イクパスイ(祭祀の道具)、ニンカリ(耳飾り)、タマサイ(首飾り)など、伝統的なアイヌの工芸が紹介されています。
現代に引き継がれるアイヌ文様
パートⅡでは、「11人のモレウ」と題して、11人の現代作家を紹介しています。伝統的な木彫作品や、モレウをモチーフにした版画、ミクストメディアまで、幅広い分野にわたる作品が展示されています。
木彫の作家たち
《アイデンティティ》は、木彫なのに布のような質感でひときわ目を引く作品です。さらに裏側に回ると見事な模様に息を呑みます。
「この作品は現代の日本人として生きるアイヌである、私自身です。ファスナーを上げれば日本人。でも、中はアイヌ。それでタイトルを《アイデンティティ》としたのですが、作品の解釈もまた、見た人個々の感性で自由に感じて意味づけしてもらえると、作者としてとても嬉しいですね。」(貝澤徹氏の言葉より)
また、貝澤氏の実弟、貝澤幸司氏の魚をモチーフとした木彫作品も展示されており、ユーモラスな姿がたまりません。
非常に緻密で美しい模様のマキリは藤戸幸夫氏の作品です。実は、北海道を舞台にした大人気漫画『ゴールデンカムイ』の作者、野田サトル氏が藤戸氏の作品をコレクションしており、本展ではその中より3点が出展されています。『ゴールデンカムイ』の中にインカラマッという女性が登場しますが、彼女のメノコマキリは、藤戸幸夫氏の作品を元に描かれています。
トピック展示・尾張徳川家と北海道八雲町
木彫で北海道といえば、木彫りの熊。これには意外なようですが尾張徳川家が大いに関わっています。トピック展示コーナーでは、尾張徳川家がどのように八雲町と関わりを持ったのか、そしてなぜ木彫りの熊が作られるようになったのかについて、貴重な資料とともに解説されています。ちなみに、八雲町の木彫りの熊は鮭をくわえていないそうです。
布・刺繍の作家たち
樺太アイヌにルーツを持つ楢木貴美子氏の作品は華やかな色目の刺繍が目を引きます。2着のテタラペの後ろに、北海道アイヌの着物が見えますが、基本的な作りは似ているものの、かなり印象が違うことがわかります。樺太アイヌの刺繍は木綿糸ではなく絹糸を使い、また鮮やかな色目が多いとのこと。
もう一人、刺繍作家として西田香代子氏が紹介されています。西田氏は古い着物の複製も手掛けており、その際は必ず複製する作品を見に行って挨拶をするといいます。一枚一枚手をかけて作られた着物には、作る人が着る人のことを思うエネルギーが込められているからです。印象的なエピソードでした。
こちらは布アート作家川村則子氏の作品です。一番手前にある《Spirit of the Ainu》は、川村氏の代表作。大胆な図柄や色使い、大きさも相まって、見ていると深い魂の世界まで引き込まれそうです。
金工・版画・デザインなど多方面で活動する作家たち
金工作家・下倉洋之氏によるおしゃれでワイルドな雰囲気のアクセサリーです。「彫金は独学」という下倉氏は、藤戸竹喜氏や貝澤徹氏などの工芸家から刺激を受け、学びながら制作に励んでいるそうです。
この木版画は結城幸司氏の作品です。《yuk まなざし》はシカの体に施された渦巻き模様が印象的です。「アイヌは神話の民だ」と考える結城氏は、短編アニメーション『七五郎沢の狐』の原作及び版画も担当しており、この作品は美術館のロビーで上映されています。アイヌ語のナレーションに日本語と英語の字幕つきで、アイヌ語の響きを堪能することができます。
こちらは関根真紀氏によるグッズのデザインのスケッチや、実際に商品化された品々の展示コーナー。(中央手前の缶バッジの「オソマ」や「ヒンナヒンナ」という言葉に聞き覚えはないでしょうか?) 関根氏はモレウをはじめとするアイヌ文様を、パスケースやハンカチ、ネクタイなどにデザインしており、その一部は美術館のショップで手に入るそうです。
また、プロダクトデザインといえば、冒頭の《ぐるぐるモレウ》の作者、藤戸康平氏も時計やサングラスなどに魅力的な木彫デザインを施しています。
最後に、イラストレーターとして活動する小笠原小夜氏の作品を紹介します。北海道の大地に生きる動物や植物とアイヌ文様を組み合わせた美しいカレンダーは、アイヌ民族文化財団が毎年発行しているもの。小笠原氏はそのデザインを担当しているほか、アイヌに関連する書籍のイラストも手掛けています。
世代を超え環境に合わせて変化しながら受け継がれていくアイヌアート。本展を機に、その奥深い世界に触れてみてはいかがでしょうか。(ライター・岩田なおみ)
特別展アイヌ工芸品展「AINU ART―モレウのうた」
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会場:一宮市三岸節子記念美術館
(愛知県一宮市小信中島字郷南3147-1)
TEL:0586-63-2892 FAX:0586-63-2893
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会期:2023年9月16日(土)~11月19日(日)
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開館時間 :午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
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観覧料:一般1,000円、高大生:500円、中学生以下:無料
※コレクション展(常設展)観覧料を含む
※開館記念日(11/3)無料観覧デー
11月3日(金・祝)は開館記念日のため、無料で鑑賞できます
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休館日:毎週月曜日
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アクセス:JR東海道本線(名古屋駅⑤⑥番)にて「尾張一宮駅」下車、
または名鉄名古屋本線 にて、「名鉄一宮駅」下車(JR新快速・名鉄特急で10~15分)、
一宮駅西口の名鉄バスターミナル②番のりばから「起(おこし)」行きで約15分、
「起工高・三岸美術 館前」バス停下車、徒歩1分。[バスは1時間に約3本運行]
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主催:一宮市三岸節子記念美術館、公益財団法人アイヌ民族文化財団
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後援:国土交通省、北海道教育委員会、公益社団法人北海道アイヌ協会
【文化庁・北海道補助事業】
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詳細は館の公式ホームページ
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巡回情報:北海道立近代美術館 2024年1月13日(土) ~3月10日(日)
詳しくは北海道立近代美術館のホームページ(https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/)を確認ください。
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https://artexhibition.jp/topics/news/20231011-AEJ1630075/