エレミニスト2023.10.26
東京・六本木の森美術館が開館20周年を記念した展示イベント「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」を開催している。この記念展では、国内外のアーティスト34名による歴史的な作品から新作まで多様な表現約100点を、4つの章に分けて紹介する。
森美術館の20周年を記念し国内外アーティストの作品が集結

Photo by Martha Atienza
Martha Atienza Adlaw sa mga Mananagat 2022 (Fisherfolks Day 2022) (※1)
森美術館は、開館20周年を記念して2023年10月18日(水)から2024年3月31日(日)まで記念展「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」を開催している。
産業革命以降、とくに20世紀後半に人類が地球に与えた影響は、それ以前の数万年単位の地質学的変化に匹敵すると言われる。
この地球規模の環境危機は、諸工業先進国それぞれに特有かつ無数の事象や状況に端を発しているのではないか。この記念展はその問いから構想された。
この記念展では、国内外のアーティスト34名による歴史的な作品から新作まで多様な表現約100点を、4つの章で紹介する。
第1章「全ては繋がっている」では、環境や生態系と人間の活動が複雑に絡み合う現実に言及する。
第2章「土に還る」では、1950~80年代の高度経済成長の裏で、環境汚染が問題となった日本で制作・発表されたアートを再検証し、環境問題を日本という立ち位置から見つめ直す。
第3章「大いなる加速」では、人類による過度な地球資源の開発の影響を明らかにすると同時に、ある種の「希望」も提示する作品を紹介する。
最終章である第4章「未来は私たちの中にある」では、アクティビズム、先住民の叡智、フェミニズム、AIや集合知(CI)、精神性(スピリチュアリティ)などさまざまな表現にみられる、最先端のテクノロジーと古来の技術の双方の考察をとおして、未来の可能性を描く。
タイトル「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」は、私たちとは誰か、地球環境は誰のものなのか、という問いかけ。人間中心主義的な視点のみならず、地球という惑星を大局的な視点から見渡せば、地球上にはいくつもの多様な生態系が存在することにあらためて気付く。
今回は、環境問題をはじめとするさまざまな課題について多様な視点で考えることを提案する。
また輸送を最小限にし、可能な限り資源を再生利用するなどサステナブルな展覧会制作を通じて、現代アートやアーティストたちがどのように環境危機に関わり、また関わり得るのかについて思考を促し、美術館を対話が生まれる場とする。
※1 Martha Atienza
Adlaw sa mga Mananagat 2022 (Fisherfolks Day 2022) 2022 Video, silent 45 min. 44 sec. (loop) Production support: Han Nefkens Foundation, Mondriaan Fund, and Shane Akeroyd Commission: The 17th Istanbul Biennial Courtesy: Silverlens, Manila/New York
「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」5つのポイント
1. 環境危機に対して、現代アートができること
世界共通の喫緊の課題である環境危機に対し、現代アートがどのように向き合い、私たちの問題としていかに意識が喚起されるのか。世界16カ国、34人のアーティストが作品に込めたコンセプトや隠喩、素材、制作プロセスなどを読み解き、ともに未来の可能性を考える。
2. 日本の社会や現代美術史をエコロジーの観点から読み解く
ゲスト・キュレーターのバート・ウィンザー=タマキによる「第2章:土に還る 1950年代から1980年代の日本におけるアートとエコロジー」では、1950年代から1980年代に日本のアーティストが、当時社会問題となっていた公害や放射能汚染問題にどのように向き合ってきたかを紹介する。
昨今、世界各地で環境問題に関する展覧会が開催されているが、なかでもこの章では、同展を日本の文脈から特徴づけるユニークな試みとなっている。
3. モノよりネットワーク:世界が注目する国際的なアーティストの新作多数
できる限り作品というモノ自体の輸送を減らし、作家本人が来日し、新作を制作してもらうことを計画。アーティストを文化の媒介者と捉え、モノの移動よりも、人的なネットワークやつながりを構築することにエコロジカルな価値を見出す。日本でのリサーチに基づいて制作された新作群は、展示室のスペースの半分以上を占める。
4. 日常を再利用する
同展では、身近な環境にあるものを素材として再利用した作品が多く出展される。森美術館の1キロメートル四方に生えている植物を調査・採取して押し花にするジェフ・ゲイスの作品、六本木から銀座への道すがら発見したものを組み込んだケイト・ニュービーのインスタレーション、インドのアランで解体された日本籍のケミカル・タンカーの計器を用いて、海洋環境について、2つの場所と視点から考えるダニエル・ターナーの新作、ごみを高温で溶解させたスラグと大理石を並置する保良雄のインスタレーション、貝殻を観客が踏みしめる感覚と音を体験できるニナ・カネルの作品などさまざまだ。
なお、カネルの観客によって粉砕された貝殻は、展覧会終了後、セメントの原料としてさらに再利用される予定となっている。
5. 環境に配慮した展示デザイン
前の展覧会の展示壁および壁パネルを一部再利用し、塗装仕上げを省くことで、環境に配慮した展示デザインとなっている。また、世界初の100%リサイクル可能な石膏ボードを採用するほか、再生素材を活用した建材の使用、資材の再利用による廃棄物の削減など省資源化に取り組む。
多彩な作品 約100点を4つの章で紹介
第1章 全ては繋がっている
同展が定義する「エコロジー」は、「環境」だけに留まらない。この地球上の生物、非生物を含む森羅万象は、何らかの循環の一部であり、その循環をとおしてこの地球に存在するすべてのモノ、コトはつながっている。
最初の章では、そのような循環やつながりのプロセスをさまざまな形で表現する現代アーティストたちの作品を紹介する。
ハンス・ハーケの、社会や経済のシステムと、動物や植物などの生態系とをつなぐ視点で撮影された記録写真の展示や、貝殻という有機物がセメントなどの建材に変換されるプロセスを来場者自身に追体験させる、ニナ・カネルの大規模なインスタレーションは、私たちが広大で複雑に絡み合う循環(エコロジー)のなかにあることを想起させてくれる。
※2 Hans Haacke Monument to Beach Pollution (detail from Untitled, 1968-1972/2019) 1970 Digital C-print 33.7 x 50.8 cm Courtesy: Paula Cooper Gallery, New York© Hans Haacke / Artists Rights Society (ARS), New York
※3 Nina Canell Muscle Memory (7 Tons) 2022 Hardscaping material from marine mollusc shells Dimensions variable Installation view: Tectonic Tender, Berlinische Galerie Museum of Modern Art, Berlin Photo: Nick Ash * Referential image
第2章 土に還る 1950年代から1980年代の日本におけるアートとエコロジー
日本は戦後の高度経済成長期において、自然災害や工業汚染、放射能汚染などに起因する深刻な環境問題に見舞われた。
この章では、日本の社会や現代美術史をエコロジーの観点から読み解くべく、1950年代以降の日本人アーティストの作品や活動に注目。
彼らが環境問題に対してどのように向き合ってきたかを、50年代、60年代、70年代、80年代と時系列に考察しながら、各時代の代表的な表現方法の変遷を辿る。
ビキニ環礁で第五福竜丸が被爆した事件を扱った、桂ゆきの絵画作品《人と魚》(1954年)や、日用品を卵型のアクリル樹脂に詰め込んだ、中西夏之の《コンパクト・オブジェ》(1966/1968年)。
また、土を素材に原爆や反原発を主題とする作品を制作した鯉江良二の《土に還る》(1971年)では、作家自身の顔が崩れ土に還る姿が表現され、谷口雅邦は1980年代に制作した自然と人間との関係性を表現した生け花を再現展示する。
※4 Koie Ryoji Return to Earth (1) 1971 Shard 32 x 50 x 50 cm Collection: Tokoname City (Aichi, Japan) Photo: Ito Tetsuo
※5 Katsura Yuki Man and Fish 1954 Oil on canvas 116.0 x 90.8 cm Collection: Aichi Prefectural Museum of Art
第3章 大いなる加速
人類は、地球上のあらゆる資源を利用して文明を発展させ、工業化、近代化、グローバル化を押し進めてきた。
しかしながら産業革命以降、加速度的に発展した科学技術や産業社会は「人新世」という地質学上の区分が議論されているように、短い期間で地球環境を変化させた。
この章では、こうした人類にとって喫緊の課題を批判的な視点で分析しつつ、現状を取り巻く文化的、歴史的背景を題材とする作品を通じて、より広い視点から地球資源と人間の関係を再考する。
モニラ・アルカディリの養殖真珠を主題とした新作には、自然の生態系に深く介入する人間の欲望と夢が表現されている。
保良雄の展示では、何億年もかけて自然に形成された大理石とごみを高温で溶解したスラグとを並置することで、異なる時間軸を表現してみせる。
この他にも古代の神話から個人的な経験、社会問題、環境危機まで、それぞれの作品が、地球資源と人類との多様な関わり合いを示唆する。
※6 Yasura Takeshi fruiting body 2022 Installation Installation view: Reborn-Art Festival 2021-22: Altruism and Fluidity [Second Term] Photo: Saito Taichi * Referential image
第4章 未来は私たちの中にある
環境危機は私たち自身の「選択」が招いた結果。現状を打破するには、私たち人間があり方を改めることが必要であろう。
未来にはどんな選択肢が残されているのか。同章では、非西洋的な世界観を讃える作品、モダニズムの進歩と終わりのない成長原理への疑問、アクティビズム、先住民やフェミニズムの視点、精神性(スピリチュアリティ)、デジタル・イノベーションがもたらす可能性とリスクなど、私たちが頼みとすべき、さまざまな叡智を顧みながら、地球の未来を再考する。
アグネス・デネスは、1982年にニューヨークのマンハッタンに麦畑を出現させることで、開発主義へ疑問を呈した。
ジェフ・ゲイスの六本木ヒルズのコミュニティと協働するプロジェクトでは、雑草を癒しをもたらすものとして再認識させ、西條茜の複数の人間で共有し演奏する楽器のような陶器は、新しい共生の可能性を示唆する。
イアン・チェンの作品では、AIシミュレーションの亀「サウザンド」が生き残るためのさまざまな条件を満たすために動き回り、変化に対応することで進化する。
※7 Saijo Akane Orchard 2022 Ceramic130 x 82 x 82 cmInstallation view: Phantom Body, ARTCOURT Gallery, Osaka, 2022 Photo: Koroda Takeru
※8 Ian Cheng Thousand Lives 2023 Live simulation, soundInfinite Duration Courtesy: Pilar Corrias, London; Gladstone Gallery, New York Installation View: Ian Cheng: THOUSAND LIVES, Pilar Corrias, London, 2023 Photo: Andrea Rossetti
展覧会関連プログラム
シンポジウム「私たちのエコロジー」
喫緊の課題である環境危機に対する意識は国際的なアートシーンでも高まりを見せ、とくにこの数年はフェミニズムやクィアネスの視点、デジタル・イノベーションがもたらす可能性やリスクなど、社会的な視点から気候変動やエコロジー問題にアプローチする展覧会が開催されている。
それらの展覧会を企画したキュレーターは人類共通であるこの課題とどのように向き合い、現代アートを通して何を伝えようとしているのか。
「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」の開催にあたり、世界各地で活躍する3名のキュレーターたちを迎え、環境危機に対する現代アートからの応答をどのように捉え展覧会を企画したのか、また現代アートはどのように環境危機に関わることができるのか、その可能性について対話する。
出演:
ニコラ・ブリオー(第15回光州ビエンナーレ・アーティスティック・ディレクター)※オンライン出演
長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長)
チュス・マルティネス(キュレーター、美術史家、バーゼル芸術デザイン・アカデミー・ディレクター)
マーティン・ゲルマン(本展キュレーター/森美術館アジャンクト・キュレーター)
椿 玲子(本展キュレーター/森美術館キュレーター)
日時:11月3日(金・祝)17:00~19:00(開場:16:45)
会場:アカデミーヒルズ(森タワー49階)
定員:150名(要予約)
料金:500円
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