東洋経済 2024/12/26岡田 広行
液化天然ガス(LNG)の増産投資が続くアメリカで、地域住民が大規模プロジェクトへの反対の姿勢を強めている。2024年10月、環境や健康、生活や歴史遺産への悪影響を懸念する先住民や環境・人権団体の幹部らが来日し、LNG基地建設への融資に名を連ねるメガバンクや保険引き受けに関与する大手損害保険会社に支援の中止を求めた。
“Drill baby drill”(化石燃料を掘って掘って掘りまくれ)は、次期アメリカ大統領に就任するドナルド・トランプ氏のスローガンだ。しかし現在のバイデン政権の下でも、アメリカでは史上空前の天然ガスの増産が続いている。
【写真】三菱UFJフィナンシャル・グループにリオ・グランデLNG基地事業への融資の中止を求める現地住民と支援者
ロシアによるウクライナ侵攻を機に、ロシア産ガスへの依存度引き下げを迫られたヨーロッパ各国がアメリカ産ガスの買い付けに殺到。テキサス州やルイジアナ州などアメリカ南部のメキシコ湾岸一体では、LNG基地の新増設計画が目白押しだ。
すべてのLNG基地が稼働すれば空前の規模に
アメリカでは現在、すでに年産約1億トン超の生産能力を有するLNG基地が稼働している。加えてアメリカ連邦エネルギー規制委員会(FERC)などによる許可済み(着工済みおよび未着工)のものとして約3億トンものプロジェクトが存在する。これらがすべて稼働するとアメリカは世界最大のLNG輸出国になる。とりわけメキシコ湾岸にはLNGプロジェクトの大半が立地し、海岸部を埋め尽くしつつある。
一方で反対する住民の声も高まっている。
天然ガスの生産や輸送などの過程では主成分であるメタンの一部が大気中に漏洩し、環境汚染や地域社会への悪影響が深刻な問題となっている。
ベンゼンなどの有害大気汚染物質の放出事故も後を絶たず、近隣地域では健康被害が多く報告されている。
また、LNG基地は黒人やメキシコ系などのマイノリティや先住民が多く暮らす地域に建設されることが多く、住民は爆発事故の危険と隣り合わせの生活を余儀なくされている。
そうした中、来日した環境・人権団体の関係者は、メキシコとの国境近くで計画されているリオ・グランデLNG基地およびテキサスLNG基地、リオ・ブラボー・パイプラインという3つの事業を挙げ、日本のメガバンクおよび大手損保会社による支援の中止や関与しないことを求めた。
3人の住民は、アメリカの環境NGOレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)の関係者らとともに、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、SOMPOホールディングスの3社を訪問した。これらメガバンク2社およびSOMPOHDは、リオ・グランデLNG基地の建設への融資または保険引き受けで名前が挙がっている。
リオ・グランデLNG事業では、合計5基のLNG液化供給設備が完成した際には年間で約2700万トンのLNG供給能力が生まれる。テキサス州では最大規模の施設となる。環境NGOのRANなどの調べによれば、同プロジェクトにはみずほや三菱UFJが、JPモルガン・チェースやHSBCなどと並んでそれぞれ10億8000万ドルの融資を行うことになっている。また、SOMPOHDはアメリカの保険子会社を通じて賠償責任保険を提供する。
みずほ、三菱UFJやSOMPOHDの対応は?
東洋経済の融資額に関する質問に対し、みずほ、三菱UFJともに個別の取引については「回答を差し控える」とし、SOMPOHDも「個別プロジェクトおよび個別企業との取引状況については開示できない」している。
そのうえで、みずほは一般論として、大規模な開発や建設を伴うプロジェクトに参加する場合には「エクエーター(赤道)原則を適用している」と回答。環境・社会に対する負の影響の発生が想定される石油・ガスセクターに属する企業・案件への投融資については「『環境・社会に配慮した投融資の取り組み方針』を制定・運用している」という。
赤道原則とは、金融機関が大規模な開発や建設に関するプロジェクトに融資する場合に、環境や地域社会に与える影響に十分に配慮して実施することを確認する枠組みだ。世界銀行などの公的金融機関や世界の大手民間銀行が採択している。
なお、三菱UFJはリオ・グランデLNG事業への融資について、「赤道原則に則って環境・社会配慮確認を行い、その結果も踏まえて与信判断を実施している」と東洋経済に答えている。
また、一般論として融資を検討する際には、「MUFG環境・社会ポリシーフレームワーク」などに則った対応もしているという。同ポリシーフレームワークでは、「ファイナンスに際して特に留意する事業」として、「先住民族の地域社会へ負の影響を与える事業」などを例として挙げている。
SOMPOHDは一般論として、東洋経済の取材に次のように答えている。
「環境・社会に負の影響を与える可能性のある保険引き受け案件に関しては、ユネスコ世界遺産保護条約やラムサール条約で保護対象となる自然や文化遺産を破壊するとされる事業などを対象となる事業として特定し、環境や社会に及ぼす悪影響を評価している」
「必要に応じてサステナビリティ部門が、営業部門、アンダーライティング部門とESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から対応事項等について協議を行うなど、慎重に対応している」
しかし今回、来日した関係者は、赤道原則や環境・社会ポリシーフレームワークなどの社内の投融資、保険引き受け方針に照らした場合、先住民や環境などへの配慮がきちんとなされておらず、メガバンクの融資や大手損保会社の保険引き受けそのものに問題があると指摘している。
先住民にとって、LNG基地周辺は聖地
今回、先住民の代表として来日したフアン・マンスィアス氏はテキサス州のカリゾ・コメクルド族の両親の元に生まれ、現在、カリゾ・コメクルド族のチェアマン(長)を務める。
マンスィアス氏によれば、リオ・グランデLNG事業予定地に隣接するボカチカと呼ばれる地域はリオ・グランデ川の河口周辺に拡がるデルタ地帯で、「私たち民族創生の物語の中で、最初に女性が誕生した聖地だ」という。
カリゾ・コメクルド族は白人が入植する以前からアメリカとメキシコの国境を成すリオ・グランデ川に沿って移住生活を営み、LNG事業予定地の一帯では先祖の遺骨や埋葬品も発見されているという。
そうした聖なる土地を、地元自治体が先住民の了解なしにLNG事業会社にリースしたことで、カリゾ・コメクルド族の人たちは民族の存続が危機に瀕していると主張している。
先住民カリゾ・コメクルド族のフアン・マンスィアス氏。リオ・グランデLNG基地の予定地やその周辺は、カリゾ・コメクルド族の聖地だと語る(撮影:筆者)
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先住民族の地域は2つのLNGプロジェクトおよびパイプラインによって寸断され、生活にも支障が生じかねないという。マンスィアス氏は、「メガバンクや保険会社の関係者には先住民族の歴史や権利を理解したうえで、責任ある行動をしてほしい」と語っている。
マンスィアス氏とともに来日した、南テキサス人権センターのディナ・ヌニェス氏は、「LNG基地の操業は住民の健康を悪化させ、エビ漁などの地域の漁業や、エコツーリズムなどの地域産業にもマイナスの影響を与える」と指摘する。
LNG基地の建設予定地の約半分は湿地であり、国立野生動物保護区の対岸に位置しているためだ。そこはオセロット(ネコ科の動物)など絶滅危惧種の生息地であり、LNG基地建設による悪影響が危惧されている。
同じく来日したベッカ・ヒノホサ氏(南テキサス環境正義ネットワーク共同創立者)は、両LNGプロジェクトおよびガスパイプラインプロジェクトが「この地域で暮らす人たちや先住民族にとって最大の脅威になっている」とし、FERCによる許認可取り消し訴訟を提起した。
訴訟は数年にわたったが、2024年8月にワシントンD.C.巡回区控訴裁判所は適切な環境評価が実施されていないとして許可取り消しの判決を出した。しかし、すでに始まった工事は現在も続き、ヒノホサ氏は「法手続きの抜け穴」の存在を問題視している。
化石燃料への投融資でメガバンクは世界上位
RANなどの環境NGOは「化石燃料ファイナンス報告書2024年版」を発表。それによると、2016年に気候変動に関するパリ協定が発効して以降、石油や天然ガス、石炭などの化石燃料の開発・生産などに資金提供した金融機関のランキング(融資・債券などの引き受け金額ベース)で、三菱UFJは第4位、みずほは第6位となっている。
現地住民とともに来日したRAN気候変動・エネルギー担当シニアキャンペイナーのルース・ブリーチ氏は、「メキシコ湾岸のLNGプロジェクトでは日本のメガバンクが重要な資金供給源となっている」と指摘した。
天然ガスは日本では大気汚染物質が少なく低炭素の「クリーン燃料」のイメージが強いが、アメリカではその開発は国論を二分する問題となっている。メタンの環境中への漏洩や、液化に伴う膨大な化石エネルギの大量使用など、持続可能性も問題視されている。
アメリカの先住民などマイノリティの人たちの声にも耳を傾け、エネルギー生産や使用のあり方を考え直す必要がある。