日本の棚田

日本の棚田・長野県の棚田の写真を載せてあります。
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春を求めて(大阪府・富田林市・甘南備)

2012年04月06日 07時32分08秒 | 大阪府の棚田
春を求めて大和国から河内国(かわちのくに)にきました。
富田林市・甘南備です。
 
 
甘南備の棚田」です。
甘南備と書いて「かんなび」と読む。
他に「神南備」とか「神無火」とかも書くが「甘南備」と書くのが多い。 
甘南備とは「神様が鎮座する場所」という意味である。
 

すり鉢状の地形に沿って幾重の畦筋が緩やかな弧を描いています。
「下赤坂の棚田」の近くです。
 
 
 
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春を求めて(大阪府・千早赤阪村・森屋)

2012年04月05日 07時40分02秒 | 大阪府の棚田
春を求めて大和国から河内国(かわちのくに)にきました。
下赤阪村です。
 
 
史跡赤阪城(大阪府千早赤阪村)の東斜面の棚田です。

『太平記』には史跡赤阪城について、「彼赤坂ノ城ト申ハ、東一方コソ山田ノ畔重々ニ高シテ、少シ難所ノ様ナレ、」とある。
現在でも、東斜面は、曲線を持った狭い棚田が幾重にも連なり非常に古様を示し、『太平記』の叙述そのままに存在している。
斜面上の水田について「棚田」という表現は南北朝期まで遡れるが、それ以前は「山田」という表現に包括されていた。
楠木正成が最初に軍事拠点として鎌倉幕府軍と戦った赤坂城の東側面は累々とした棚田だったのである。
城郭発達史の上でも貴重な景観である。
(早稲田大学文学学術院 海老澤衷研究室HPより引用)
 
 
 
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春を求めて(大阪府・千早赤阪村・森屋)

2012年04月04日 07時34分51秒 | 大阪府の棚田
春を求めて大和国から河内国(かわちのくに)にきました。
下赤阪村です。
 
 
「大楠公」楠木正成出生の地、千早赤阪村は、大阪府下唯一の「村」です。
 
 
 
下赤坂城址とされる千早赤阪中学校の背後の谷には、
日本の棚田百選に選ばれている「下赤坂の棚田」の長閑な田園風景が広がり、
安らぎと癒しを与えてくれます。 成
赤坂城は正成が挙兵の城です。
時を経て、赤阪城址の周りはよく棚田が発達しています。
懸崖の棚田です。尾根の背から谷底に至ります。
 
 春と出会いました。
「下赤阪の棚田」をバックに桜の木が数本並んでいました。
 
 
 
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ちょい寄り秋の棚田巡り(大阪府富田林市甘南備)

2011年11月18日 07時40分48秒 | 大阪府の棚田
ここは大阪府・富田林市・甘南備です。
 
大和路・奈良県の秋の棚田巡りの後に
「ちょい寄り秋の棚田巡り」をしました。
 
 
「甘南備(かんなび)の棚田」です。
「下赤坂の棚田」の近くには多くの棚田があります。
その一つが甘南備の棚田です。
 
 
 
すり鉢状の地形に沿って幾重の畦筋が緩やかな弧を描いています。
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ちょい寄り秋の棚田巡り(大阪府千早赤阪村森屋)

2011年11月17日 07時49分05秒 | 大阪府の棚田
ここは大阪府千早赤阪村森屋です。
 
大和路・奈良県の秋の棚田巡りの後に
「ちょい寄り秋の棚田巡り」をしました。
 
 
千早赤阪村(ちはやあかさかむら)は、大阪府でただ一つの村です。
下赤阪の棚田の隣にある棚田です。
「森屋の棚田」と命名しました。
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ちょい寄り秋の棚田巡り(大阪府千早赤阪村森屋)

2011年11月16日 07時40分15秒 | 大阪府の棚田

ここは大阪府千早赤阪村森屋です。

大和路・奈良県の秋の棚田巡りの後に
「ちょい寄り秋の棚田巡り」をしました。
 
 
「下赤阪の棚田」です。
棚田百選の一つです。
 
 
ここでも彼岸花を見つけました。
寝転んで撮りました。
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桜と棚田(大阪府・千早赤阪村・森屋)

2011年04月14日 08時01分58秒 | 大阪府の棚田
 
ここは大阪府・千早赤阪村・森屋です。
日本列島を南から北へ桜前線は北上しています。
九州から東北へと「桜と棚田」をご案内します。
下赤阪の棚田」の隣にある棚田です。
稲が2~3列しか植えられない細長い急勾配な棚田です。
この地は楠木正成が築城した下赤阪城跡です。

下赤阪城は、丘陵の自然地形を利用して築かれた山城です。
下赤阪城の城郭は、棚田だった様に思われます。
山桜が満開の棚田でした。
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桜と棚田(大阪府・千早赤阪村・森屋)

2011年04月13日 08時14分07秒 | 大阪府の棚田
 
ここは大阪府・千早赤阪村・森屋です。
日本列島を南から北へ桜前線は北上しています。
九州から東北へと「桜と棚田」をご案内します。
 
 
「下赤阪の棚田」です。棚田百選の一つです。
 千早赤阪村(ちはやあかさかむら)は、大阪府でただ一つの村です。
「下赤阪の棚田」をバックに桜の木が数本並んでいました。
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