日本の棚田

日本の棚田・長野県の棚田の写真を載せてあります。
見てください

フイリッピンの棚田巡り(ヌエヴァ・エシハ州・カランラン)

2023年03月12日 00時00分09秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

ヌエヴァ・ヴィスカヤ州のサンフォセに来ました。 平野部です。

広い田が実りの秋を迎えました。 お米の収穫が始まりました。

広い、広い田の収穫は全て手刈りです。

気が遠くなるような稲刈りをしています。

収穫用の機械を一切使いません。

フイリッピンでは代かき、田植えから稲刈りまで見る事が出来ました。

マニラに戻り、久しぶりの日本食です。

海老フライ、刺身、焼き肉、卵焼き、煮物・・・・味噌汁・・・ 明日は日本に帰ります。 

 

フイリッピンの棚田巡りでした。 ありがとうございました。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(ヌエヴァ・エシハ州・カランランの棚田)

2023年03月10日 00時00分04秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

ヌエヴァ・エシハ州のカランランに来ました。

「カランランの棚田」と名付けました。

上の棚田は緑色です。日本では夏の棚田です。

下の棚田は黄色です。日本では実りの棚田です。

下の棚田では収穫が始まりました。

道路では収穫したお米を天日干しです。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(ヌエヴァ・エシハ州・バレテ峠)

2023年03月08日 00時00分05秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

ヌエヴァ・エシハ州の「バレテ峠」に来ました。 日本の慰霊碑群です。

ここバレテを巡る山野は1945年1月から半年に亘り、日本軍と米比軍が壮絶な死闘を続け阿修羅の鮮血で染められた天地慟哭の戦跡である。

この決戦は北部ルソンの命運をかけ祖国のため1万7100名の両軍の戦士が砲火の中に散った。

ここにその遺烈を偲び鎮魂の祈りを捧げ人類永遠の平和を願ってこの碑を建てました。

 手前に見えるのが日本の慰霊碑群。

正面の山を中心に第10師団(鉄兵団)主力が防禦陣地を構築して、

昭和20年2月から5月まで血みどろの死闘を演じましたが、

5月23日に米軍に突破されてしまいました。

眼を北部に移すと、山々です。

この山には今でも遺骨が残っています。

静かに眠って下さい。 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・山下大将降伏資料館)

2023年03月06日 00時00分09秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

イフガオ州の「キアンガンの棚田」を通り抜けキアンガン中央小学校にきました。

フィリピンの戦勝記念日は1945年9月2日です。

フィリピンの日本軍は8月15日以降も米軍と戦っていた。 

1945年9月2日、フィリピン北部で米軍、フィリピン軍と戦闘を繰り広げていた

山下奉文陸軍大将は、キアンガン中央小学校において降伏を申し出た。

山下大将降伏資料館です。

キアンガン中央小学校の少し離れ たところにあります。

館内には降伏した証拠の品々が展示されている

~ 今では日比友好がすすんで仲の良い両国民ですが、

過去の歴史も忘れてはいけないと思います。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・キアンガンの棚田)

2023年03月04日 00時00分02秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

最初の寄り道地は山岳地帯を降りてきました。

キアンガンの街中を通り抜けて再び山中に入ってきました。

イフガオ州の「キアンガンの棚田」です。

更に山の中を進みます。

棚田を覗くとご婦人が田の中で作業をしています。 草取りでしょう。

田植えのあとの大切な作業は、水不足をおこさないための灌漑、草取りです。

特に稲の成長をさまたげる稗(ひえ)などの雑草がはえてくるので、草取りは大切な作業です。

水田に足を取られ、稲の間を前後しながら進みます。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・キアンガンの棚田)

2023年03月02日 00時00分09秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

最初の寄り道は山岳地帯を降りてきました。

キアンガンの街中を通り抜けて再び山中に入ってきました。

イフガオ州の「キアンガンの棚田」です。

「フィリピン‐コルディレラの棚田群」の中の棚田です。

緑色の棚田と青い空が一杯広がっています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・バナウエ・ホテル)

2023年02月28日 00時00分06秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

宿泊地バナウエ・ホテルでの朝食です。

ご飯にビーフン、卵料理のゴチャゴチャです。

レストランで「カシャ」、カフェで「カシャ」、定食屋でも「カシャ」。

カメラで料理やデザートを撮る人が多くなっています。

明らかなマナー違反にあたるという声も。

ナウエ・ホテルで写真を撮るのは日本人の僕だけです。

バナウエ・ホテルともサヨウナラです。

テレビもなく、本を読むには照明が暗い。

クーラーはなく扇風機のみですが、窓から見える景色で自然を十分に楽しみました。

これから寄り道をしながらマニラに戻ります。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・バナウエ・ホテル)

2023年02月26日 00時00分06秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

バナウェの棚田から宿泊地バナウエ・ホテルに戻って来ました。

バナウエ・ホテルでの夕食です。ユックリと味わいました。

夕食は、一日で最も質・量ともに充実した食事になることが多いです。

また、夕食は一日の食事の中では最も時間的なゆとりがある食事である。

ホテルの売店で見つけました。

イフガオの棚田米「WONDER」です。

世界遺産でもあるイフガオの棚田でブランド米と呼ばれるのが、「WONDER」の米。

赤米で、粒が日本のジャポニカ米と似てどちらかといえば丸い。

値段は1k100ペソです。

マニラのマーケットでは米は1k35ペソ~40ペソなので、ざっと3倍くらいの値段だ。

この米をアメリカのNGOなどが買い付けてイフガオの棚田耕作者の支援に動いているという。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・タムアン村)

2023年02月24日 00時00分07秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

バナウェの棚田から宿泊地バナウエ・ホテルに戻って来ました。

バナウエ・ホテルの脇を通り、階段を下ったところにある、

人口約1000人のイフガオ族のタムアン村があります。

高床式の住居にすみ、人々は昔ながらの伝統的なライフスタイルを守り続けているとか でも、今日も歩き疲れました。

階段を下り、また登るのには足がすくんでしまいました。

タムアン村が見えるところで写真撮影。

お疲れ様でした。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フイリッピンの棚田巡り(イフガオ州・バナウェの棚田のサイドビューポイント)

2023年02月22日 00時00分09秒 | フィリッピン

また、コロナが蔓延してきた。

年寄りは静かに暮らすしかない。どこへも行けない。

2015年4月に「フイリッピンの棚田巡り」を行った。その報告です。

「マリコンの棚田」を後にしてバナウェの棚田に戻ってきました。

バナウェの棚田の最上部にあるビューポイント・サイドビューポイントです。

3回目の立ち寄り地です。バナウェの棚田の見納めです。 イ

フガオ族は5人ぐらいは子供を生み、そのうちの四人は町へ出て働きます。 

長男は棚田を受け継ぎ、その他の子供は町へ出て現金収入を得る。

長男が黙って農業を継ぐのでしょうか。

いずれにしても、近い将来バナウェは大きく変わることだろう。

今よりもずっと多くの観光客が訪れ、悪路に悩まされることなく、

容易に棚田を見学できるようになるに違いない。

イフガオ族にとって大切なもの「歴史的な存在意義のようなもの」が 永遠に失われることを祈ります。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする