恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

記憶のない帰路

2006年10月01日 | 恐懼とか
文化祭二日目。昨日よりも営業時間が長いので、
来客数も多く、校内は多くのお客でにぎわうことになりました。
今日もうどん屋で手伝いをやっていましたが、
こちらも来客数に合わせて繁盛し、忙しい中、3時間ぶっ続けで営業。
いやー、えらい疲れた。
うどん屋勤務の時間以外では他のアトラクションも色々と周らせていただき、
楽しませてもらいました。みんな工夫してすごいなぁ、と素直に感心。

文化祭自体は夕方で終了し、その後は片付けに入ります。
片付け自体も夜7時ごろには概ね終わり、生徒は下校。
その後で教員たちは反省会と称して酒を飲みに参ります。
なんでも若手が幹事を勤めるのが恒例なんだそうで、今回は私が拝命。
近場の居酒屋に狙いを定めて約16名で繰り出していきます。

しかしまぁ、ここで調子に乗ってしまったのが運の尽きでした。
途中までははっきりと記憶があるのですが、
それ以外のところの記憶が飛び飛びで、どうやって帰宅したのかも微妙。
どうやって会計したのか、どうやって駅までいったのか記憶がないんです。
覚えてるのは途中の乗換駅で嘔吐したことぐらい。
その後、乗り過ごしてしまい、終点に到着したのがたぶん深夜1時ぐらい。
飲み屋で解散したのは11時ぐらいらしいので普通に計算すると、
この乗車時間もおかしなことになってくるのですが、
とにかく終電がなくなってしまったという記憶はあり、
タクシーを拾ったことはなんとか覚えています。

ただし、タクシーに乗った後の記憶がなく、
自宅をどうやって指定したのかもよくわかりませんが、
朝起きて確認したら財布から5000円ぐらいなくなっていたので、
何とか無事に帰ってこれたんでしょう。
というか普通に気がついたら布団で寝ていたんだから当たり前ですが。
しかしまぁ相当ボロボロで帰ってきたものの、
寝る前にはちゃっかりコンタクトをはずしていたのは自分でもビックリ。
習慣ってやつでしょうかね。

とにもかくにもいろんな人に迷惑をかけてしまいました。
飲み屋での後半部分の自分がどうなっていたのか、
明後日、職場で聞かされるのがこわい・・・。

恐懼再拝。
コメント (2)
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