ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

額井岳(GPSトラック)

2008-11-14 16:39:35 | Weblog


GPSのトラックをカシミールで処理したものです。
十八神社からのルートは、国土地図や一部ガイドブックの表示とはかなり違っています。
要所に親切なくらい道標が完備されていますので迷うことは無いでしょうが、ご参考までに…

額井岳から戒場山へ(11月13日)

2008-11-14 15:33:52 | 山日記
【コースタイム】十八神社09:30…都祁への分岐10:05…額井岳10:20~10:25…電波反射板11:05…赤人墓への分岐11:30…戒場山11:50~12:30…稜線を離れる13:25~13:00…戒長寺13:15~13:30…山辺赤人墓13:55~14:05…十八神社14:15



快晴の空の下を大和富士・額井岳へ向う。十八神社横に駐車させて貰い、鳥居下から神社に手を合わせて山道に入る。

薄暗い杉林の中でヤマカガシの出迎えを受けてぎょっとする。林道に出て20m 程行き、別の林道脇から道標に従ってゴロゴロの歩き難い道を登る。


昨日までの寒さが和らぎ、暖かな日差しにすぐ汗が滲んでくる。

ジグザグの登りは香酔峠への分岐で大きく右に折れ、頭上の青空目指して急登して額井岳山頂に着く。


東屋の横に大きな山名板と四等三角点がある。

南側に張り出した展望台からの展望は正面に大台、大峯の山々、その左に三郎ヶ岳。右の竜門岳から音羽三山の方は惜しくも木の間越しの眺めである。
伊那佐山はすぐ目の前で、烏塒屋山の姿が美しい。眼下に榛原の市街地、


西に色とりどりの錦の衣を纏い、どっしりした山容の貝ヶ平山。

香酔山はこじんまりと可愛い感じである。
ゆっくり景色を眺めてコーヒータイムを楽しんだ後、やっと腰を上げる。
戒場山への稜線歩きは、滑り落ちそうな急坂の下りで始まる。ところどころ虎ロープが張ってあるので、それほど危険な感じはしない。
いったん下りきって登り返し、しばらくはなだらかな道になる。青みがかった岩が並ぶ間を通り、林が途切れると電波反射板が立つ見晴らしのきくところに来た。


正面に紅葉や黄葉の美しい戒場山が高く見える。

ここからまた下ると、右へ山辺赤人墓への道を分けて林の中の登りになる。次第に厳しくなる道に、たまらず立ち止まって息を入れる。


傾斜が弱まると間もなく三等三角点の埋まる戒場山山頂に着いた。薄暗い林の中で、展望はまったく効かない。

しばらく歩き回って思わぬ時間を費やした。
稜線を離れる場所からの下りは、じめじめした谷間に苔むした石が転がっていて歩き難い。それでも距離は短くすぐに戒長寺に下りつく。

鐘楼脇に「落葉の時期にはイチョウの葉をむやみに踏まないよう」という意味の注意書きがあった。
しかし境内の落葉はまばらで、7年前の黄色の絨毯を敷き詰めたような光景は夢のよう。「まだ時期が早いのかな」と言っていると、現れた大黒さんが「ここ二、三年は気候のせいかお葉付銀杏を見つけるのが難しくなりました。今年はギンナンもこれだけ…」と笊に入ったわずか二、三個の実を見せてくださった。
ここにも地球温暖化の影響が及んでいるのだろうか。


長い石段を下って東海自然歩道にでて、山麓の道を歩く。
前には何軒も出ていた農作物の無人販売所も一軒だけで、それも台の上は空っぽだった。自然歩道とはいえずっと舗装路で、けっこう長く感じる。


それでも正面に紅葉の額井岳、

左手に広がる曽爾の山々や三郎ヶ岳などを眺めながら退屈せずに歩く。山辺赤人墓を過ぎると駐車場所の十八神社までは近かった。
この時期、近場で紅葉が見られる山は駐車にも苦労するところが多いが、この山を選んだのは正解で、とうとう一日中、一人のハイカーにも出会わなかった。天候も展望も申し分のない山歩きだった。

額井岳から戒場山へ(11月13日)

2008-11-13 18:07:14 | 山日記
素晴らしい青空に誘われて、大和富士の額井岳から戒場山を縦走しました。


額井岳頂上(四等三角点・812.6m)です。
正面に台高、大峰の山々…近くは紅葉の貝ヶ平山や香酔山など素晴らしい展望でした。



1時間の尾根歩きのあと戒場山に着きました。
こちらは三等三角点(737.6m)ですが、林の中で無展望でした。

詳しくは後ほどレポートします。

高円山に登る(11月11日)

2008-11-12 17:32:01 | 山日記
 先週、芳山に登るときに見て気になっていた、滝坂道に入ってすぐの手作りの道標から高円山に登る。


道標に導かれて疎らに木が立つ広場に入ると、落ち葉に覆われた道はすぐに判りにくくなる。
目印らしいテープと頭に赤いペンキを塗った石標がある方に向かうと、自然林の中に急に細くなった踏み跡が途切れがちに続いている。


ヤマナシの実がたくさん落ちているところで踏み跡は消えたので、かなり急斜面の広葉樹林帯を植生が疎らなのを幸い遮二無二登る。

30分ほどで山腹のはっきりした道に出会う。例の石標があるのでほっとして地図を見ていると、上から降りてきた人が「どこへ登るのですか」と声を掛けてきた。
高円へはこれでいいか訊ねると、他の道も含めて詳しく教えてくださった。
週に二、三回はここを登って整備されている池田さんで、滝坂からの道も道標もこの方たちの仲間で付けられたそうだ。別れ際に「いい山ですからまた登りに来てください」と言われた。
すぐ先で正しい分岐点に出た。どうも登山口を入ってすぐの林で右(東側)に寄りすぎたらしい。


山肌の紅葉が美しい春日山を見ながら登って行くと、右から白豪寺から登ってくる道が合わさった。
2002年6月に千日山歩渉会の仲間たちと登って来た見覚えのある道である。



短い急坂を登り切ると大文字の火床が連なる草原にでた。
高曇りながら、前回は見えなかった生駒山はおろか、遠く六甲、北摂の山まで見通せる。
金剛、葛城は雲の上に頭を出し、近くは若草山の下に南都の市街地が箱庭のように広がる胸のすくような大展望である。帰りにもう一度、ゆっくりすることにして先を急ぐ。


再び短い登りで灌木帯に入り、しばらく右の山腹を捲くように歩くと三角点への標識が右手の高みを示している。


林に囲まれて点名・白豪寺432mの二等三角点と何枚かの山名板があるが、展望は全くない。

山腹道に帰り東に向かうとススキに囲まれた広い草地を通る。間もなく正面に高円山ホテルの立つドライブウェイに飛び出す。
大伴家持の万葉碑と並んで、大きな展望台と戸を閉めた売店がある。
高円山最高点461mはホテル敷地内にあるようで立ち入る勇気はないので、もう一度景色を眺めて引き返した。
ススキの広場で弁当を食べて、大文字火床に下り、


もう一度ゆっくり景色を眺めながらコーヒータイムを楽しんだ。火床から見下ろす寺院や学校などの建物を「あれは何処、これは何」と当てっこして遊ぶ。和子は双眼鏡を持ってこなかったことを悔やんだ。

 名残り惜しい展望を後に元の道を分岐に下る。白豪寺への新しい道にも興味があったが、登りで失った道を確認しようと「奈良県」の石標が点々と続く支尾根に入る。
ところどころコシアブラ、ヨツデ、シナギリ、ソヨゴなど道標と同じ字で名前を記した札が下げた樹木に出会う。
道はやや不明瞭な個所もあるが特に難しいところもなく、林を抜けて登山口近くの広場に出た。


迷った地点で振り返ると、落葉のない季節なら何ということはないところだ。
今出てきた林の入口に目印があれば一層分りやすいだろう。
<左の木の間へ進むのが正しいルートです>

一か月足らずの間に三度目になる春日山周辺の低山巡りは、その間に紅葉も進み美しい眺めだった。終日、雲は高いもののほとんど青空が見えない天候ではあったが、いつも眺めているのと逆に、東の山から矢田丘陵を見るのも一興だった。

高畑丸山駐車場09:45…滝坂道登山口10:10…山腹道に出る10:45…大文字火床11:00~11:10…高円山三角点(二等、点名・白豪寺)11:25…高円ホテル11:40~11:45…昼食11:50~12:10…火床(コーヒータイム)12:25~12:40…分岐12:50…滝坂道登山口13:05

滝坂の道から芳山へ (11月5日)

2008-11-07 09:02:44 | 山日記
**記事を当日の行動時間順に並べています。**

2週間前、JACの人たちと滝坂の道を歩いたが、予想より早く雨が降り出したので芳山には登れなかった。
すでに18年前に登っているので、リベンジと言うほどでもないが秋の好天に誘われて出かける。


今朝の駐車場にはすでに何台もの車が入っていて、奈良の秋のシーズンもいよいよたけなわを思わせ、春日山へ向う車道両側の並木も紅葉が進んでいる。


滝坂の道に入り石畳の道を歩くうちに、じっとりと汗ばんでくる。


寝仏


夕日観音は、以前は下から拝めたお顔を茂った木が隠してしまっている。今日は待って貰う気兼ねもないので、すぐ足もとまで登っていい写真が撮れた。


朝日観音


首切地蔵



首切地蔵前の休憩舎で少し休んでコーヒーを飲む。

滝坂の道から芳山へ(2)

2008-11-07 09:02:09 | 山日記
池の横を通って東へ歩き、少し登って高円山ドライブウェイを渡る。


地獄谷石窟仏までの道はよく整備されていて、美しい線刻の石仏を守る覆屋も新しくなっていた。
今日はここまで何人ものハイカーに出会ったが、この先はまったく人に出会わなくなった。
静かな植林帯を少し登って、しばらく右手の川沿いに曲折した道を行く。次に心配になるほど下って、今度は緑に苔むした断崖沿いを捲くように登る。ここには真新しい鎖が取り付けてあった。
急坂の登りが二度ほどあって、やっと車道に飛び出す。ここが石切峠で道標があり、「石窟仏まで0.5km」とあったが、ここまでかなり長く感じた。時間的には30分しかかかっていないので、そんなものかも知れない。


車道を歩くと「0.2km」の峠茶屋まで、あっという間だった。
茶屋には芳山への略図が置いてあるという。最初は草餅でも食べていこうかと思っていたが、外の縁台にも中の土間にも、屋根の上にまでも、和子の大嫌いなネコが少なくても5匹はいる。


当然、大好きな草餅は見送って先へ…。すぐに上誓多林に入り、左の高台に神社の赤い鳥居が見えた。
右手には新しいトイレができている。神社の横から左の細い道に入る。道標などはなく、地図上の道の記入もないので、昔歩いた記憶と最近読んだBLOGの記事が頼りである。


竹藪を抜けて山合の野菜畑に出た。青いリンドウが咲いている。


小さい茶畑が終わるところにシシ除けの金網があり、「芳山」と小さな標識のついた重い扉を開けて入る。

下り道になり、左手に沢が出てくる。しばらく行くと右手はきれいに枝打ちされた見事な杉植林になり、やがてササ原の急な登りに変わる。
ずっと一本道だが時々現れる赤テープに励まされていくと、字の消えかけた小さな標識があり右に芳山石仏を示している。
直進してT字路にでる。左に折れると雑木林の登りになり、すぐにしっかりした道が通る稜線に出た。テープ標識が右は鶯滝へ行くことを示している。


左へ緩く登って行くと、下りになる手前の木の幹にテープ標識があり、右に踏み跡が伸びている。


笹原の中、少し開けたところに四等三角点が埋まり、横に大きな石が横たわっていた。
どこの山にもある山名板もテープも見当たらず、本当に自然そのままなのが嬉しい18年目の山頂だった。

滝坂の道から芳山へ(3)

2008-11-07 09:00:33 | 山日記
帰り際に見ると枯れた大木の幹に「芳山」と書いてあった。
T字路に帰り、まっすぐ行くと静かな林の中の広場があり、石垣に囲まれた美しい二面の石仏が立っていた。


こんな山の中にいつ誰が彫ったのかと思う素朴なお顔だ。


手前の盛り土の下に大きな倒木があったので、ここに座って弁当を使わせて貰う。盛り土の上からお顔だけが見守っていて下さるようだった。手を合わせてお別れし、元の道を下る。

 八王子神社に参拝し、今度は大きな犬が表にいる峠の茶屋の前を通って車道を下る。高円山ドライブウェイに出て右へ、


しばらくは来ないだろうと春日山石窟仏(穴仏)へも寄ってから首切地蔵へ帰る。小憩後、春日山遊歩道を下る。紅葉が美しい道と聞いていたが、今年はまだまだその時期ではないようだ。
くねくねと続く道をうんざりしながら歩き、妙見宮を過ぎて「五色の紅葉」の標識に来たが、五色どころかグリーン一色だった。交番があるところの大杉から春日神社神域になる。


遊歩道出口の滝坂道分岐あたりが一番きれいな紅葉だった。一日ゆっくり遊んだ春日山に別れを告げて、かわいい子鹿にカメラを向けたりしながら駐車場に帰った。

私の「登山の日」

2008-11-03 09:15:46 | 山日記
「10月3日を登山の日として休日に」いう提案があるそうですが、私にとっての「登山の日」は一か月遅い11月2日です。

ちょうど50年前の1958年11月2日、大学同級生6人で伯耆大山に登りました。
9時、正面登山口から登り始めました。
前の日に遭難した人の遺体を降ろすため自衛隊が出動していました。



六合目で濃霧になり、正午、頂上に立ったときは凄い風雪とガスで、縦走はあきらめて元谷を下りました。

頂上での写真を見ると、揃いの黒いベレー帽を被っています。左側から二人目が変愚院。

これが私の初めての山らしい山でした。
あれから丁度半世紀が過ぎたと思うと実に感無量です。
もう冬山も岩登りもできませんが、これからも歩ける限りは身尺にあった山歩きを続けていきたいと念願しています。