里山悠々録

里山の家と暮らし、田んぼや畑、そして水墨画のことなどを記録していきます

水墨画「山寺」 芭蕉の名句あり

2022年12月05日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

隣県の山形には各地に紅葉の名所がありますが、昨年の11月初めに10年ぶりくらいに訪ねたのが山寺。
険しい岩山にお堂が散在し、松の木と広葉樹がマッチングして絵になります。
正に山寺の名に相応しい。錦秋の秋はとりわけ見事な風景です。
山寺は慈覚大師の開山による天台宗の寺院で、正式名称は宝珠山立石寺(りっしゃくじ)。
登山口から奥の院まで1000段余りの石段があります。
訪れたときは足の調子が悪く自信はありませんでしたが、何とか登り通し、達成感を味わいました。
岩壁に建つ五大堂の舞台から望む景色も素晴らしい。
かの松尾芭蕉はみちのくの旅すがら人に勧められて尾花沢からとって返しわざわざ山寺を訪ねたと言います。
芭蕉は真夏にあの姿で奥の院まで登ったのだろうか、いや江戸から歩いてきたわけだから平気の平左で登ったのだろう、などと馬鹿なことを思ったことでした。
松島では一句も詠まなかった芭蕉は、当地では名句を残しました。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」はあまりにも有名で、像や石碑も建てられています。
閑かさや蝉の声では我が家も負けていません。そこで小生も一句。
「古家に降り注いでや蝉時雨」(汗)


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2 コメント

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心に沁みる (アナザン・スター)
2022-12-05 10:39:52
俳句の妙に、思わず頷きました。

神さまって、イエスではないと個人的には思うのは、こういった自然への畏怖があるからです。
神=イエス、ではなく。

森羅万象・宇宙があってのことゆえと。
信心とはあらゆることへの祈りと感謝で、己の願いを頼み叶えて貰うことでもないと考えていますが・・・

命は、地球での月や様々な現象がもたらせて産まれて来るもので、母体を介するとも思うのです。

イエスを信じてでないと、生きて逝く上で障りがあるようにも思えません。
とある方からの言葉に、何だか違和感を感じてしまって。
何だか、墨絵を観させて貰いながら、そんな気持ちに至りました。
もし、失礼があれば削除して下さいませ。
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Unknown (kaz)
2022-12-05 12:39:12
アナザン・スターさんへ。
コメントありがとうございます。
芭蕉の句は小生にも感じところがあるような気がしますね。
小生の句は蛇足でした。
示唆に富むお話し、勉強になります。
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