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日本は教育格差社会か

2019-08-01 10:43:24 | 時事
最近日本が生まれた環境による、学力差を解消できない教育格差社会であるという記事を読みました。

私は確かに生まれた環境によって、教育格差が出るものの、義務教育制度が存在しているというのは、格差が生まれないようにする良い制度だと思っていました。

ここでは「社会経済的地位(SES)」と出身地域により明らかな格差が生じるとしています。このSESというのは、世帯収入、親の学歴、文化的所有物や行動、職業的地位などを含み、学力偏差値のように連続した数値になるもののようです。

SESの高い家族は大都市に住む傾向があるので、SESと地域は穏やかに重なっています。つまり似たようなSESの個人が集まることで、地域間格差が形成されているそうです。

そこで教育格差が生じるわけですが、これは小学校に入る前から始まっています。大都市に住む大卒の親の場合大部分は幼稚園に通いますが、その「お友達」の親の多くが大卒であるとしてもこれは偶然ではありません。

これが公立小学校にも続きますが、2015年の小学4年生を対象とした調査を分析すると、両親ともに大卒である児童の割合は、0~90%と学校間で大きく異なっています。つまり両親が大卒である児童が全くいない0%の学校と、大部分が(90%)大卒である小学校があるという事になります。

これで学校の平均学力や、大学進学に期待する割合その他が大きく変わってくるようです。こういった両親大卒割合で代理的に示される学校SESによって、学校ごとに「普通の小学校生活」のイメージが大きく異なっていることを意味します。

つまり児童や親が「ふつう」と思ったとしても、それが日本全体の平均であるとは限らないわけです。これは中学校でも同じことで、公立校に限定しても、SESによって学力や通塾率など様々な学校間格差が確認できます。

こういったことから日本の義務教育制度では「生まれ」による学力格差を縮小できない構造になっているわけです。そしてそのまま高校受験という教育選抜が行われます。この高校からは教育格差は明らかに存在しています。

高校からは似たような学力の生徒が集まりますが、ここでいうSESも似ているといってよいのかもしれません。

私の住んでいるところは農村地帯が私の世代で住宅地に変化したところですので、様々なSESの集合体となっていました。ですからここにあるような学校の格差は無かったと思いますが、他の学校を知りませんので何とも言えません。

この教育格差が本当にあるとしても、自然発生的なものですので解決法はおそらくないと思われます。



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