八兵衛のセカンドライフ

46歳で脳幹(橋)出血、現在72歳の車イス男性。ブログはFact is factで(事実だものしょーがねぇべ)

介助バーの思い出

2014年12月01日 08時42分27秒 | リハビリ・ADL
ご主人と闘うリハビリをされてるきぼうさんのブログを読み、私の東北大病院入院時代を懐かしく思い出した。

仙台に転院する前の私は、決してオーバーじゃないくらい全身が突っ張った電信柱みたいだった。
ベッドから車イスに移乗するのも、
 ①ベッド上に80数kgの私の上半身を引っ張り起こし、
 ②私がベッドから転げ落ちないように支えながら、ベッドサイドに端座させて、両足に靴を履かせる。
 ③私が倒れないように支えながら、コンクリのように重い私の尻を浮かせて立ち上がらせる。
 ④同上、電信柱のような私を約180度回転させて、車イスに座らせる。
 ⑤車イスから私がズリ落ないように、腰ひもなどで固定させる。
ベッドから車イスに座らせるだけでも、女房や看護婦さんはこれだけのチカラ技が必要だった。

しかし、さすがは東北大病院。
医者は遺跡のような古典的脳医学の権威でダメだったけど、看護婦さん達は天下一品、大変素晴らしかった。
転院した2週間後には私のベッドサイドに介助バーを据え付けて、
一人で車イスに移乗できるように手とり足とり指導し、OT作業療法士以上に実戦的なリハビリ&看護をしてくれた。
東北大病院には3ヶ月間入院していたけど、お陰さまで車イストイレを一人で利用できるまでにしてくれた。
私のやる気を萎えさせようとした主治医とは衝突したけど、看護婦さん達にはいくら感謝しても足りないくらいだ。
コメント
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