フルール・ダンテルディ

管理人の日常から萌えまで、風の吹くまま気の向くまま

『遠い伝言―message―』 13

2008年11月02日 | BL小説「遠い伝言―message―」
やっと、ようやく、BLらしいラブシーンがございます。まだたいしたことはありませんが、それなりの単語が出てまいりますので、苦手な方はご遠慮くださいませ

  * * * * * * * * * * * * * *

 静かな夕食のあと、テスは早々に入浴を済ませてまた部屋に引き取ってしまった。「明日はいつも通り馬の練習をするからな」と言うことは忘れずに。ここに滞在し始めてからは、ネルヴァ族の村へ行く旅に備え、午前と夕方をもっぱらエドの乗馬の練習にあてていたのだ。
 エドは自分まで部屋に閉じこもる気にならず、居間で読書をした。本は、テスが選んでくれたこども向けの歴史書だった。読書というより辞書を引きながらの翻訳といった方がよかった。ただし、フランス語の本を訳すのにフランス語の国語辞典を使うようなものなので、四苦八苦しながらだったが。
 ふと人声に気づいて、彼は本から顔を上げた。廊下から洩れ聞こえてくる、言い争うような声。一方はコルネリの、もう一方は屋敷の使用人ではなく、無論ルキスでもファビウスでもない知らない男の声だった。それがだんだんと近づいてくる。
「……おやめください、殿下!たとえ殿下といえどここはモスカーティ家の私邸、そのようなお振舞いは許されることではございません!」
「だから、客人に目通り願いたいだけだと申している…!」
「ですから、お取次ぎいたしますまでお待ちください!」
 殿下、という呼びかけにエドは驚いて立ち上がり、その拍子に椅子が倒れて大きな音をたてた。
「レジオン殿下!」
 コルネリの叫びと同時に、彼らの部屋の扉は乱暴に開け放たれた。
 エドと青年の目が合う。青年のまとった激しい気に、エドは息を呑んだ。
 青年は、ここの住人としては珍しくエドよりも背が高く、鍛えられた堂々とした体格の持ち主だった。齢はエドと同じか少し上くらいだろうか。短く刈り込まれた黒髪は無造作にはね、きかん気そうに結ばれた口元にまだ少年の面影を残している。目鼻立ちは父親に似ているのに、あまり似ていない印象を受けるのは、切れ長だが少し目尻の下がった灰色の瞳に滲み出る、生来の優しい性格のためだろう。
 正装の上に軽いマントを羽織った彼は、立ち竦むエドを眉をひそめて見つめた。
「殿下、こちらは当家の客人、エドワード・ジョハンセン様です。エドワード様、こちらにおいでになりますのは…」
 彼らの間に割って入ったコルネリをレジオンは手を上げて制し、
「もう1人いると聞いている。奥か?」
「…もうお休みのご様子です。どうかこれ以上は……」
 レジオンは歩を踏み出した。とっさにその前に立ち塞がろうとしたエドの目の端に、テスの部屋のドアが開くのが映った。
 レジオンは足を止めた。
 ドアはゆっくりと、だがためらいなく開かれた。
 寝巻きと、裾からのぞいた裸足に室内履きという姿のテスは、後ろ手にドアを閉めながら言った。
「…コルネリ殿、席をはずしていただきたい」
「しかし…」
「殿下は私に会いにおいでくださったのだ」
 コルネリは困惑したまま一礼して出て行った。
 レジオンの凝視を、テスは黙って受け止め続けた。その冷静な表情とは裏腹に、彼の指先は小刻みに震えていた。
 エドは、レジオンの怒りや口惜しさや期待や怯えが入り混じった気が、急速に弱まっていくのを感じた。
「……兄上……?」
 テスの仮面が剥がれ、苦悶の表情が一瞬だけのぞいた。
「……ああ。久しぶりだな、レジオン……。立派になって……見違えるほどだ……」
「……」
 茫然としていたレジオンの顔が、次第に歪んでいく。こどものように泣き出してしまうのではないかと、エドは自分まで胸が痛むのを感じた。それはレジオンの味わっている痛みだった。なんという激しい、かつオープンな心の持ち主だろう。この世界へ来て他人の気をある程度感じとれるようになったとはいえ、これほどはっきりとわかるのはテス以外では初めてだった。こんな相手に愛されたなら、彼よりもはるかに鋭敏なテスが影響されずに済むわけがない。
「……兄上は、私をお疑いになったのですね……」
 王太子であり、摂政でもある一人前の男の顔が、純粋で傷つきやすい、真っ直ぐな心の少年の顔に戻っていく。
「私の心は本物ではないと……私ではだめなのだと、お思いになったのですね……」
「…それは違う、レジー!」
 テスの目に必死な色が浮かぶ。
「お前のせいだと思ったなら、逃げたりしない!わたしは…自分の心を疑ったんだ…!お前を愛しているつもりになっていただけで、わたしの心はお前を裏切っていたのだと思って、それをお前に知られるのが怖かった……。お前を守り、導くべき兄であるわたしが、無力で幼いただのこどもになっていく惨めなさまを、見られたくなかったんだ!」
 彼はうつむいて、自分の体を抱きしめた。
「……今だって、こんな姿をお前の前にさらして……情けなくて恥ずかしくて、怖くてたまらない……。今のわたしは、お前の知っている……お前が愛してくれたわたしとは違いすぎる……。わたしにはもう……お前の許しと心を請う資格などない……」
「……」
 立ち尽くしていたレジオンが、突然膝を折った。テスは、自分の目線より下となった彼のうなだれた頭を驚いて見つめる。
「…兄上が望むなら、見はしません。……兄上がいなくなって、私はようやく気づきました。兄上を追いつめたのは自分だったと。弟という弱い立場と、王太子という強い立場を利用して、あなたが拒めないことを知っていたのに私は……強引にあなたを我がものとした。どれほどあなたが私を愛そうとしてくださっても、私の卑怯な心が応えることができなかったのは当然です。兄上のご自分を責められた言葉は、そのまま私に向けられるべきものです」
 ちがう、という声にならないテスの唇の動きに、レジオンは気づくことはできなかった。
「ですが……もしお許しいただけるのならば、もう一度……あなたの心を得るための努力をする時間をください。私は今も変わらずあなたを…愛しています」
 テスは、唇を噛んでレジオンを見つめていた。彼はゆっくりと腕をおろし、背筋を伸ばした。
「立ちなさい、レジオン」
 立ち上がっても、テスを見ないように足元を見ている彼に、
「顔を上げて。…目をそらす必要はない」
「……」
 レジオンはもう落ちついて、しかし食い入るような目つきで少し背をかがめて、テスと視線を合わせた。
「……わたしは一生、このままかもしれない。今お前に言えることは、それだけだ。……王宮へ、戻りなさい」
「…お返事は、くださらないのですか」
「お前こそ、よく考えなさい。……王太子妃となる女性はもう内定していると聞いた。その方を愛する努力をするのが先ではないのか」
「──!」
 レジオンが振り下ろした手はテスの頬で高く鳴り、彼をよろめかせた。かっとして駆け寄ろうとしたエドは、かろうじて自分を抑えた。自分が出て行く幕ではなかったし、それに、テスは予期していたのにあえて避けようとしなかった。
「あっ…」
 自分の行為に青褪めたレジオンが床に両膝をついた。
「兄上、申しわけ…」
「謝るな」
 彼は手の甲で頬をこすった。
「わたしも、謝らない」
「……それは、私に応えてくださるつもりはないという意味ですか」
「応えるもなにも……」
 テスは、痛みを隠した苦い笑みを浮かべた。
「ネルヴァ族のことは知らないわけではないだろう?…お前は、以前と同じ気持ちを抱けるのか?このわたしに?」
「それは……」
 口ごもり、レジオンはテスのほっそりとした、どこから剣を振るう筋力が出てくるのかわからない、幼い肢体を上から下まで何度も眺め、結局目をそらした。
「まだ、私も混乱しておりますし、そのお姿にも慣れておりません。それに……そのようなお体の兄上に、そんな無体な……」
「ならば、よいではないか。わたしがお前を兄として愛し、第一の臣下としてこの命を捧げていることに昔も今も変わりはない。わたしは誰よりも……レジー、お前を大切に、愛しく思っている」
「………」
 レジオンは立ち上がった。唇を強く引き結んで、
「今夜は、帰ります。ですが、兄上のおっしゃることに納得したわけではありません。私は兄上ほど賢くはありませんので、どう反論すればよいのかわかりませんが、私は…弟として、王太子として兄上に愛されたいわけではありません……!」
 来たときと同じ強い気を発散させ、彼はマントを翻すと恭しくテスに礼をし、思い出したようにエドにも会釈して出て行った。
 邸内の人声や物音が完全に聞こえなくなると、テスは疲れ切った動作でソファに身を投げた。伏せた目蓋の下の目はぼんやりと、何も見てはいなかった。
「……テス」
 エドは、そっと声をかけた。
「俺が邪魔なら部屋に戻るけど、もし…迷惑でなければ、君の側にいたいんだけど、だめだろうか?」
「……なぜ?」
 テスは、力なく呟き返した。
「君は、彼を傷つけるよりも、自分自身を傷つけていたから、君を慰めたいんだ」
「…だったら、自業自得だろう」
「君が傷ついている事実に変わりはないよ。それに、俺が、そんな君を放っておけないんだ」
「……」
 返事をしないのは拒まない、という意味だった。エドは彼の横に座った。体を投げ出してソファに沈み込んでいるテスを、エドは見つめる。
「……彼と、やり直したかったんじゃなかったの?…国王陛下もそうしろとおっしゃっていたのに、どうしてあんなことを……?」
「……父は、その方がローディアの利益にかなうとのお考えなのだろう。もちろん、わたしのことも心配した上でだが。王や王子が愛妾を持つことは、政治と無関係ではいられない。王にそのつもりがなくとも、周囲が愛妾やその実家に権威を認めるようになる。子が生まれれば、後継争いを引き起こす可能性もある。だがレジオンがわたしをそばに置けば、余計な争いの種を作らずに済む。他に寵愛する相手ができたとしても、わたしが兄として唯一王を諌めることができる立場で、彼をうまく御することを王は期待しているのだ」
「……そんな、自分を貶めるような考え方は、よくないよ」
「貶めているつもりはない。事実を言ったまでだ。そんなことは、レジオンに求愛されたときからいずれそうなるだろうとわかっていた。わかっていて受け入れたのだから、今更反発したり不満に思ったりはしない」
 反論するテスの目に光が戻ったのを見て、エドは安堵した。あんな傷ついた目をした彼を見るより、怒っていてもこの方がよほどいい。
「だけど、君自身の気持ちは?……3年間、夜も眠れないほど苦しみ続けたのは、彼を今でも好きだからじゃないのか?」
「……どうしてお前がそれを言うんだ…っ!」
 床を踏み鳴らして立ち上がったテスに、エドはただ驚いた。怒りと口惜しさでうるんだ瞳が、射るように激しい光を放って彼を睨みつける。
「おれが他の男を好きだなどと、どの口でお前は言えるんだ……!!」
 怒りのあまり息を切らし、こぶしを震わせるテスの体から、初めて抑制のはずれた感情がエドに向かって迸った。真珠のような虹色の突風が、体を突き抜けたような気がした。
 それは、怒りよりもむしろ哀切な想いだった。とまどい、おそれ、罪悪感、愛しさ、陶酔、哀しみ、あきらめ……それは、まぎれもなくテスの、エドへの恋心だった。
 エドの心を駆け抜けた風は彼の中で新たな風を起こし、彼自身の意識さえ攫うほどに激しく渦を巻き、加速した。
 何もかもがスローモーションに見えた。
 目を見開いたテスの腕を摑み、ソファに押し倒す。自分の下で、テスの口がエド、と動いた。声は聞こえなかった。
 彼を抱きしめた。髪から耳、頬を唇でたどり、探し当てた小さな唇に唇を重ね、歯をこじ開け、舌をからめ、吸い上げる。情熱的に応えてくる唇と、自分を抱きしめ返す手の熱を背中に感じた。
 重なり合った胸が、1つの胸腔を共有していた。肺の代わりに空があった。それは黙々とふたりで歩いた草原の上に広がる青空であり、夕立のあとの灰色と黄金色の入り混じった空であり、眠りに落ちるまで語り合いながら眺めた星空だった。ふたりはその空を渡る風を感じていた。
 ひときわ強い風が彼らの間を走り抜け、そのまま意識を吹き飛ばした。高く舞い上がり、ゆっくりと落ち始める。耳元で風が鳴っていた。それが次第に耳障りなほどうるさくなり、息が苦しくなる。
 風だと思ったのは自分の荒い呼吸音だった。エドは、完全に自分の下敷きにしてしまっているテスに気づいて慌てて身を起こし、同じように荒い息をついているテスを茫然と見つめた。
 上気した頬、目尻にたまった涙、赤く腫れた唇……それが自分のせいだと知って、彼の体の奥がずきんと疼いた。その刺激で、とんでもないことに気がついた。
「ご、ごめん、テス!」
 彼はソファから飛び降りた。薄く目を開けたテスが、のろのろと起き上がる。
「ちょっと、そのまま待ってくれ。ちゃんと謝るから、その前に、その、着替えさせてくれ」
 返事も聞かずに大急ぎで部屋に戻り、下穿きを脱いだ。わかってはいたが、実際にテスを腕に抱きしめて達してしまった証拠を目にすると、彼を思いながら自慰をしたときよりもひどい罪悪感に襲われた。しかも、熱に浮かされていたようによく覚えていないというのがますます情けなかった。
 これ以上ないくらい落ち込んで、どう謝ろうかと出て行くと、ソファの上で膝を抱え込み、丸くなっているテスがいた。
「テス……ごめんよ」
 泣いているのではないかとうろたえながら、ソファの手前で立ち止まる。
「君に触れるなと言われていたのに、こんなことをしてしまって、本当にすまない。どうか、許してほしい。君の気の済むようにしてくれ。もし俺がそばにいるのがいやなら……ここを出て、町の宿に移るから……」
「……そんな必要はない」
 顔を伏せたまま、テスが答えた。
「ここにいろ……いてくれ」
 ゆっくりと顔を上げたテスは、泣いていた。ただその紅潮した頬は、羞恥と苦い後悔だけでなく、抑え切れない甘い幸福感に照り映えていた。
「テス……」
 エドの胸に、安堵と愛しさがこみ上げる。
「許してくれるの?」
「……悪いのはおれだ。こんなことになるなんて、知らなかったんだ……。自分たちの能力を全然把握していないくせにかっとしてしまって……」
「こんなことって……」
 訊きかけ、エドは口ごもった。敏いテスには、自分がキスだけで射精してしまったことを知られているかもしれないと思い、恥ずかしくなる。
「君はその……体は、大丈夫?なんともない……?」
 テスは耳にまで血を昇らせた。あまりにも明白な答えだった。
 お互いがエクスタシーを感じるような体験をしたというのに、よく覚えていないなんて、もったいなくてたまらなかった。表現しようがないほどの昂揚感、充足感だったことは覚えているのに、具体的にどんな感覚だったかまるで思い出せない。2度目の口づけだったのに、その感触さえガラス1枚で隔てられているようで、悔しくてたまらない。せっかく初めてテスが応えてくれたキスだったのに。
「……隣に座ってもいい?」
 テスは小さく頷いた。彼は脚を引き寄せた姿勢を解こうとはせず、その姿はこんな出来事のあとだというのに──あとだからこそなのか、幼く見えた。いままではその姿であっても大人の雰囲気を隠しきれなかったのに、今は逆に、その本当の年齢を知っているのに、外見よりも頼りなく、いとけなく見える。
「……ごめん。慰めたいだなんて言っておいて、かえって君を追いつめるようなことをして」
 エドは、テスを見ないように話した。
「ただ……俺が言いたかったのは、君は自分がどうすべきかとか周りの期待とかを考えすぎて、自分自身の気持ちを見失っているんじゃないかってことなんだ。君が何を望んでいるかが大事であって、それ以外のことは考えなくていいと思う」
「………」
「君が自分の立場や相手のためを考えないではいられないことは、みんな……王様だってわかってる。だからこそ、王様は王としては君が言ったようなことを望んでいるかもしれないけど、父親としてはどんな道を選んでもいいと言ってくれたんだろう?君が自分の本当の気持ちを見極めた上で決めたことなら、どんな結論でも許してくれると思うよ。……君の弟もね」
 視線を頬に感じて、エドは目を上げた。
 訴えるような、切ないまなざしに、再び体温が上昇するのを感じる。
「テス……訊いてもいい?」
「何だ?」
「……まだ、君に触れることは許してもらえないのか?」
 テスは赤い目元を膝に押し当てて隠した。
「言ったはずだ。お互い何の結論も出ていないのに、そんなことをすべきじゃない。おれよりも……お前の方が、そのことに縛られてしまうだろうから……」
「…俺に触られるのが嫌なわけじゃないよね」
「…当たり前だ…!」
「ごめん、最初のキスのとき、君が迷惑そうだったから……」
「最初…?」
 不審そうな表情を向けたテスは、
「山越えのとき、野盗に襲われたあと……」
「……あれか」
 思い出したらしく顔をしかめ、
「あのときおれは、返り血を浴びていた。顔にもついていたから、お前がうっかり舐めてしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。血で感染する病気だってあるんだ。だからとにかく動かないようにして、早く離れてくれとばかり考えていたし、それにあのときはまだ……」
 テスは口をつぐんだ。
「まだ……なに?」
「……どういう意味なのか、半信半疑だったんだ。おれを心配したあまりの衝動的なものなのか、こんな…こどものおれに、本当にそんな欲望を感じているのか……」
「……ずっと前から、感じていたよ。…気づいていたんじゃないの?」
「……」
 テスは首を振った。それは、エドの問いに答えての仕種ではなかった。
「……この話はやめよう」
 彼はソファから降りた。
「おれは寝る」
「……うん。おやすみ、テス」
 気のせいか、エドの視線を避けるように自分の部屋に向かう彼の後ろ姿に、声をかける。それに対し背を向けたままテスは、
「……今日はありがとう。迷惑をかけてすまなかった。おやすみ」
 と、ドアを閉めた。
 沈んだ声音に、また彼を傷つけてしまったのかもしれないと、自責する。自分がテスに抱いている肉体的な欲求が、彼の重荷になっていることは確かな気がした。さっきの出来事も、テスの意思を無視して──自分の意思もあったとは言い難いが──肉体的な接触はほとんどなかったものの、精神的にはセックスしたも同然だった。実際は23歳のテスには、第二次性徴前だろう少年の体であの快感を味わうことは却ってつらかったかもしれない。たとえ心が「好き」だと、同じように「したい」と思っていても、欲望を向けられることも欲望を感じることも、負担でしかないだろう。
 頭を冷やそう、と彼は庭へ出た。テスの気持ちを確認できたことで浮ついてしまっていた。それ以外にも国王との対面、レジオンの来訪によって、考えなくてはならないことは十分すぎるほどあるというのに。
(彼の弟は……俺みたいにふらふらしてなくて、彼を愛することに迷いはなかった。テスを兄としてとても尊敬しているし、今度はテスを大事にしよう、守ろうとしていて、今の彼に手を出すなんてとんでもないという感じだった。テスが……彼のもとに帰るのがいちばん自然で、テスのためだって、わかってはいるんだ)
 レジオンにはかなわないという思いは、彼と会ってますます強くなった。何一つかなわない、だけど……だからといってあきらめられるほど軽い想いではないし、自分から彼のもとへ送り出してやれるほど大人でもない。かといって恋のためにすべてを捨てられるほど、盲目にもなれない。
「だから……誰も好きになってはいけないと思っていたのにな……」
 クィでの祭りの夜、テスに告げた言葉が甦る。あのときすでに、嘘になりそうな予感はしていた。本当に恋をしたことがなかったから、自分の心を禁じることができると思っていた。
 早く決着をつけてしまいたい。ネルヴァ族の村へ行く目的はもう、帰る方法を探すことではない。この恋に結論を出すことだ。
 降るような星空を見上げ、彼は一日でも早く終着地に着くことを、願った。

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